1-4
×××
二人は迷宮エリアへと逃げ込み、姿を暗ませた。
舐めていたとはいえ、あっさりと攻撃を躱され、あまつさえ二人を逃がしてしまったこと。自らの失態もあったとはいえ、鉄旋の怒りは次代に向けられた。
〝弱い奴はおとなしくやられてりゃいいんだよ〟
次代たちを追い、迷宮エリアに入った鉄旋は怒りに吠え、鋼鉄の拳を壁に叩きつける。壁は強烈な衝撃に耐えきれずボロボロと崩れ、鉄旋の拳が離れると同時に一部が大きく瓦解した。
怒りに身を任せ、何度も拳を打ち付けた跡が鉄旋の通り道には多く残っている。
込み上げてくる怒りを抑えられない。感情のままに壁を殴ったとて、怒りは鎮まるどころか気を紛らわすにも至らない。この怒りを鎮めるには、次代を倒す以外の方法がない。一刻も早くズタズタにしてやりたいという衝動に駆られていた。
×××
次代は周囲を見回し、安全確認を行う。近くに鉄旋の姿は見えない。問題ないと判断すると壁に背中をもたれさせて一息ついた。
「ひとまずは撒けたみたいだな」
「……だね」
徐々に未来の顔色はよくなっていた。しかし、次代と向き合う表情はぎこちない。それは次代も同じことだ。初対面同士、それもエグザルフによって間を取り持たれたパートナー関係。二人には何の繋がりもない。すぐに親睦を深め、打ち解けるのは難しいことだった。
鉄旋を撒くため、二人はステージ4の迷宮エリアに逃げ込んだ。
迷宮エリアは高い壁に覆われ、入り組んだ構造になっている。あたりを見渡すことができない環境は身を隠すにはうってつけだった。
「助けてくれてありがと。私は
「双葉……、次代だ」
愛想のよい未来の挨拶に対して、次代のそれはぎこちなさを孕ませている。というのも、記憶喪失の影響で名前を名乗ることに違和感を覚えていたからだ。無論、次代がやや口下手だというところも要因の一つではある。
「ジダイ……、珍しい名前だね」
未来は聞き慣れない名前に関心を示す。
「そうか?」
「うん。少なくともジダイなんて名前聞いたの私は初めてだよ」
「へぇ……」
相手がそういうのならそうなのだろうと次代は疑うことをしなかった。
次代には記憶がなく、それを確かめる術がないからだ。
「じゃあ、私はジダイって呼ぶね。私のことは未来でいいから」
「異論はない」
「よぉし、改めてよろしくね、ジダイ」
未来が発するジダイのイントネーションは、縄文、古墳時代のそれとは違い、『未来』のものに近い。もっと言うのであれば、どこぞのジェダイのそれと同じだ。
自己紹介を終えると未来はリンクスを取り出す。
「うん。ジダイがパートナーで間違いないみたいだね」
未来はものの数秒、画面を操作すると手にしていたリンクスの画面を次代に見せて言った。画面には次代のプロフィールが表示されている。パートナー同士であるならお互いのプロフィールを確認できるようだ。閲覧できるのは名前、性別、年齢、そして顔と得られる情報自体は少ない。
試しに次代もまたリンクスで未来のプロフィールを確認したところ、閲覧できるのはその限りだった。本人のプロフィールには経歴や生い立ち、死因など書かれているようだ。パートナーの境遇を知ったところでいい気分はしない。知らない方が心穏やかでいられる。生き返りを賭けて戦うだけの秩序も何もない場所だと次代は勝手に考えていたが、最低限の配慮はあるようだった。
「それで、これからどうする?」
「え?」
互いの素性がわかったところで、議題を次に進めようとする次代に、未来は驚き戸惑う。予想していた反応とはかけ離れていた。
〝そんなに驚くことか?〟
内心、未来が驚いたことに違和感を覚えるもそれを読み解ける情報は次代になかった。如何せん未来と顔を合わせてから十分と経っていない。知っているのはそれこそ名前くらいのものだ。何を考えているかなんて知るわけがない。
「生き返るためには最後まで勝ち残る必要があるよな」
「うん。それはエグザルフから聞いてる」
その返しで未来も次代と同様にチュートリアルを受けていることがわかる。半ば強引に説明しようとしてきたエグザルフが特定の誰かにだけ伝える情報を限定しているとも考えられなかった。
「だったら、勝ち残るためにどう立ち回るかを考える必要があるだろ」
「……それなんだけどさ」
未来は恐る恐る前振りをする。突然の前置きに次代はどんな爆弾発言をされても驚かない心構えをした。
「どうした?」
「戦わないとダメなのかな……」
「それは逃げ回って最後に美味しいところを持っていこうって作戦か?」
「ううん。自分が生き返るために誰かを犠牲にするのっておかしい。殺し合いなんてするべきじゃない」
重々しい物言いでこの戦い自体に問題があると未来は訴える。
未来から聞かされた内容に次代は一瞬固まった。その返しは次代の中でも想定外なものだったからだ。
次代が言葉を失ったことで、未来は失言だったと気づく。
「……ごめん。こんなのパートナーの前で言うことじゃなかったよね。今のは聞かなかったことにして」
自分の言っていることが身勝手だと感じた未来は慌てて訂正する。次代にとっては未来が風呂敷を広げ、自分で畳もうとすることのほうが自分勝手に思えた。
「その考えを否定するつもりはないが、俺がどうこうできる問題じゃないな」
「だから、忘れてよ。ちゃんと戦うから。ジダイだって生き返りたいもんね」
未来は次代のためと言って戦う決意を示す。それが次代のために心を偽るのか、次代をダシにして自分を騙しているのか、本当のところはわからない。何よりも生き返りたいという思いがない次代からすると、その言葉は気に入らなかった。
「そんな言葉を聞かされて、『はいそうですか』とはならないだろ」
「でも……」
「俺が聞きたいのは、未来が生き返りたいかどうかだ」
恩着せがましい言い訳が聞きたいわけじゃない。次代が聞きたいのは未来の本音だ。
未来は次代の問いに、喉元まで上がってきている言葉を出すべきかと葛藤する。
「……生き返りたい」
自身の欲望に負けたことを恥じた未来は、バツが悪そうに言った。しかし、それがきっかけで開き直ったのか、蓋をしていた気持ちが一挙に溢れ出す。
「美味しいもの食べたいし、カラオケだって行きたい。歌いたい曲がたくさんある。それに欲しいものだってある。それに、みんなとまだお別れしてない。このまま死ねないよ」
並べられる願いは何の変哲もないものばかりだ。まさしく等身大の女の子。けれど、それを話す未来の切ない表情はかけがえのないものだ。
世のため人のために生きることは美しいことだ。しかし、そこに自分の幸せがなければ意味はない。
「でも、それは誰かを殺していい理由にならないから」
未来が抱える葛藤は優しい言葉で解消できるものではなかった。
重症どころか、正常すぎるが故にどうすることもできない。
生き返りたい。生き返るためには自分以外を犠牲にしなければならない。
一方で自分のために誰かを犠牲にすることをあってはならないことだと否定する自分自身がいる。
この際、未来が自分可愛さか、他者を思ってのことか、それは関係ない。
二つの願いが二者択一であることが問題なのだ。
生き返ることを放棄すれば、誰かを傷つけずに済む。しかし、自分の命はここで終わる。また生き返ることを望めば、誰かを傷つけることになる。生き返った先、人を犠牲にして成り立っている自分の命に未来自身、圧し潰されてしまうかもしれない。
示されているのはどちらも茨の道だ。
きっと未来は殺しを次代に任せて自身の手を汚すことなく生き返ったとしても、心を痛めることに変わりはない。
故に次代は未来にかけるべき言葉が見つからなかった。
「――ようやく見つけたぜ」
瞬間、覚えのある低い声が聞こえた。
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