第9話
「けっきょく、一昨日のデーと、あー、おー、うっへん、おっへん」
文園がおっさんみたいな咳払いをしていた。放課後の俺たちは生物室にいる。
「あのラーメン屋さんは、なんだったのよ」
「俺に言われても知らないよ。とにかくラーメンは食えたからよかったじゃないか。しかも、先生のおごりだから助かったよ」
この前の土曜日、チンピラどもに絡まれたのだけど、真由美先生とそのお仲間に助けられた。警察が到着する前に現場を離れて、前に行ったラーメン屋でチャーシュー麺やら餃子やらご飯大盛りなどを食べた。担任が気前よくおごってくれたので、結果的に、財布にはやさしいデートとなった。ただし参加人数は多かった。俺もそうだけど、文園も不満に思うことがあるらしい。頬を少しふくらませてプリプリしている。
「やっほー、お待たせ―」
金城さんが入ってきた。文園と準備室で二人っきりにならなかったのは、彼女を待っていたからだ。
「金城さん、ここで何かやるのか」
「優奈でいいよ、両玖君」
「じゃあ、ゆう、」
そう言われたので、流れで言いかけてしまってから、文園がドブ川に浮かんだ死んだ魚の目で見つめていることに気づいた。
「いや、金城さんと呼ぶのがいい。そのう、金城さん」
ぽちゃ女子の目尻が下がって、なにか言いたげな顔で俺を見るんだ。おもわず、視線を逸らしてしまう。
「それで、なんなの。まさか優奈の恋バナとか」
一昨日の集団行動から、文園と金城さんは、お互いを下の名前で呼ぶようになった。
「私の恋愛相談に男子は呼ばないよ。とくに両玖君は」
「まあ、津吉ほど役に立たない男はいないからね」
「水をかけられそうだし」
「あれって、けっこう冷たいんだよ。生臭いし」
俺の評価が低いのが泣ける。過去の罪をほじくられるのも、いたたまれない気分になる。穴があったら入りたい気分だ。
「じつはね~」
もったいぶった顔で俺たちを見る。これより重要な話が始まるのかと、背筋が伸びた。
「ヒマなんでーーーす」って、金城さんが言い放ったんだ。
予想外の{なんでもなさ}にあきれてしまい、どういうリアクションをとっていいのかわからず、文園と顔を見合わせた。
「ええーっと、どういうことなの」
「綾香ちゃんも両玖君も部活とかはしていないでしょう。私もなのよ。ということは、ヒマ人ってことになりますね」
ヒマ人と言われてしまうと、あながち否定はできない。少し忙しくなったのは最近のことだ。
「だから私たちの部活を立ち上げようと思うの。運動部はたくさんあるし、お金がかかるし疲れるから、文化的なノリでやるのはどうでしょう」
一緒に部活を作ろうという提案だった。アニメでよくある話だよな。う~んと考えてみる。
「文化的な部活って、たとえば文芸部みたいな感じかなあ」
「文芸部は、うちの高校にもあるよ」
「あの人たちって、文芸を標榜しているわりにはホラーばかり読んでいるよね。新入生への部活紹介の時なんか、全員が横一列になって、ラブクラフトを朗読してた」
「そんなこともあったよな。あれはホラーだった。体育館が凍りついたもんな」
「シーンとなってね」
文園がその時のマネをする。ホラーの本ではなく、そのへんの板っきれを手にしていた。なにをしても様になる女だよ。
「あとは茶道部とか、放送部とか、天文部とかあるよな」
「そういう既存の部活じゃなくて、なんか、こう、いままでにないようなアバンギャルドでエクストリームなものにしたいのよ」
「金城さん、文園みたいなことを言うよな。なんだよ、アバンギャルドとエクストリームって。意味わからん」
「あー、なんか、わたしがバカにされたみたいなんだけど」
エクストリームな女子が俺の前で腕を組んで、ちょっと斜に構えて見下げるいつものポーズをした。それから制服のポケットをごそごそやって、丸いものを差し出された。
「これ、あげる」
飴玉だった。しかも塩飴だ。金城さんにも渡されたので、三人同時に舐めてみる。
「塩飴って、しょっぱいんじゃなくて甘いんだね。私、初めて食べた」
「まあ塩味はあるけど、基本は飴だからな。ババくさいんだけど、これって軍隊のレーションにあるやつだよな」
「正解ね。でも、今度ババくさいと言ったら、アソコを蹴りあげてやるんだから」
そう言って、じっさいに蹴る仕草をした。意外にキレがあって、股間のあたりが瞬間的に冷えた。ただしスカートがめくれてしまい、下着の色がもう少しでわかりそうなのが、もどかしいぞ。あと一センチがんばるんだ、文園。
「ババくさくない部活を、じつはもう考えてあるんだよ」
ぽちゃ女子が、キリリと引き締まった顔になった。決定的なことを言う前に口の中を整えたいのか塩飴を噛み砕いた。
「ガリンコガリンコ」と急いでいるが、のどに詰まらせてしまって「ゲッホゲホ」とむせていた。「ゴホンゲホン、かーっ、ぺっ」と痰を吐き捨て、介抱していた文園が「おっさんかっ」とツッコミを入れたところで宣言する。
「スーパーナチュラル部。です」
ギュッとこぶしを握り締めて、生物室のどこか一点を凝視していた。霊感鋭いネコが良くやる仕草で、そばにいる者は不安をおぼえてしまう。
「スーパー、え、なんだって」聞き間違えたか。いや、たしかにスーパーナチュラルって言ったよな。
「だから、スーパーナチュラル部、なんですよ」
両手のこぶしをぶんぶんと上下させて、力強く言う金城さんの顔の圧が重い。
「お肌にいい部活ってことね。それならわたしも大賛成」
能天気というか、意外と英単語不得手な文園に、俺は指摘してやらなければならない。
「ナチュラル素肌とかじゃなくて、金城さんはスーパーナチュラルと言ったんだよ」
「だから、お肌にいいってことでしょ。コスメ的な部活動じゃないの」
「スーパーナチュラルは、超常現象的なことだよ」
「ん」とした表情だ。勘違いしていることを噛みしめている時でも、腕を組んで偉そうな態度をする。頭の中のアーカイブに資料がないのか、文園の熟考が続くんだ。
「神秘的なことや超自然的なこととか、まあ、ひらたく言うと超常現象よね。英語の教科書には出てこないから、綾香ちゃんが知らないのも仕方ないよね」
かなり気を使った言い方だ。金城さんはやさしいな。文園、ハッとしてこっちを見ている。気づくのが、ちょっと遅かった。
「し、知ってるって、なに言っちゃってんのさ。いまのはジョークよ。文園流ジョークなの。ちょっとツッコミが欲しい的な」
頬を赤くして必死に苦しい言い訳をする文園は、なかなか萌えるぞ。金城さんがクスクス笑いだ。けしてバカにしているわけではないけど、俺もつられてしまう。
「痛っ」
太ももに鋭い激痛が走った。文園が知らん顔しているが、真犯人はこいつしかいない。
「だから、そのちっとも安全じゃない安全ピン攻撃は止めろよな。夢に出てきそうで安眠できないぞ」
「悪夢の女を思い知るがいいわ。寝かせないんだから」
めちゃ可愛いのだけど恐ろしい女子でもある。俺の安眠が約束されないのがつらい。
「はいはい、お二人さん。おふざけしないで私に注目せよ。刮目するんだ」
金城さんが命令口調なんだ。ぽちゃボデーに似合わない雰囲気なので、こっちも真剣にならざるをえない。背筋を伸ばして椅子に座った文園が俺の隣にいる。ナイトメアガールなのだが、いい匂いが漂ってくるのが難点だ。
「世の中には摩訶不思議なことがあるでしょう。未確認生物だったり、霊現象だったり、UFOや超能力なんかもそう。授業中に突然水をぶっかける男子とか」
最後は超常現象じゃなくて、俺の停学理由ではないか。
「私たちの身近に潜んでいる超自然現象を調べてみましょう、って感じの部活。どこにもないでしょう」
ぽちゃ女子がウインクしてきた。ドキリとはしないが、尻になにかが刺さるのではないかと気になる。
「めずらしい部活だけど、学校が許可してくれるわけないよ。ふざけているのか、って怒られそうだ。そもそも俺がいたら絶対ムリだ。女子にぶっかける前科者だからな」
自嘲気味に言ってみた。文園は俺には無反応な態度を見せ、金城さんに言う。
「たしか部活動って、最低五人は必要じゃなかった。わたしたちは三人しかいないし、顧問の先生もいない」
この話は、お流れだな。
金城さん、土曜日のゴタゴタで、なんかテンションが上がっちゃったんだと思う。気持ちがバグった時って行動的になったりするからな。それに、文園は興味なしだろう。
「おもしろそうじゃないの。幽霊とか未確認生物とか、スーパーナチュラルは興味深いわ」
さっきまでスーパーナチュラルの意味を知らなかった女子が言う。おいおい、ムダに焚きつけるなよな。その気になったら、ぜったい面倒くさいことになるんだって。
「なんか猛烈に眠くなってきたんだけど」
「拒絶反応がわざとらしいわ」
直感として、この展開はロクでもないことになりそうな気がする。俺は帰宅部を貫きたい。
「可愛い女の子に水をぶっかけるヒマがあるなら、なんでもいいから部活動をしなさいよ」
それをあなたが言いますか、というセリフがここでは言えない。それをわかっていて、文園はしたり顔なんだよ。
「そもそも、五人いないからムリだよ。顧問がいたとしても部活として公認されない」
この事実には抗えないはずだ。文園自身が指摘していたことだからな。
「まだいるよ。そろそろ来ると思うんだけど」
スマホの画面を見ていた金城さんがそう言って、顔をあげると同時に男が入ってきた。
「遅くなりました。クラスの女子と話をしていたら、なかなか解放してくれなくて」
奥屋敷だった。もし金城さんが人数を集めるのなら、この人選は想定内だ。
「ウソ」
「すいません。嘘です」
奥屋敷のやつ、文園の鋭すぎる指摘にあっさりと降参した。しょうもない見栄をはるのは想定外だった。
「ええーっと、この集まりはなんでしょうか。この前のデジャブを感じますけど」
「じつは部活を立ち上げるんだけど、人数が足りないんだ」
だからあなたが召喚されたのだと、金城さんの目線が強く訴えていた。
「ちなみに、どんな部活をするのですか」
「幽霊とか狼男を探すのよ。吸血鬼に血を吸われるかもしれないし、口裂け女の口臭を嗅がされるのかもしれないし、いろいろね」
説明しているのは文園なんだけど、ロクでもないことばっかりを並べるんだ。
「ええーっと、僕はそういう方面にはくわしくないのでお役に立てそうもありません。かなり遠くから生暖かく見守ることにします」
怪しげな部活に近づきたくないようで、一年生男子は早々に防御線を張った。
「そんなことを言っていいの。奥屋敷君の人生において。すんごい損失になるのかもよ」
「金城先輩の言っている意味がわからないのですか」
俺もわからん。怪しげな部活に入る方が、どう考えても人生の損になると思う。
「そう、これでも?」金城さんが文園の後ろに回った。
「ん?」と見ていたら、突然、パーッ、と文園のスカートをめくりあげたんだよ。まさか同性からそんなことされるとは夢にも思っていなかったようで、まったくの無防備だった。きれいにめくられてしまい、すっかりハッキリと露わになった。
今日のパンツは淡いピンク色である。顔の可愛さと合わさって、すんごく萌えた。ビン、ときてしまった。
「きゃっ」
黄色い悲鳴をあげて、とっさにスカートを押さえてしゃがみ込む文園だった。その後ろで仁王立ちしている金城さんが、俺たちに向かって親指を立てた。
「むおおおおおーーー」奥屋敷の目ん玉がとび出さんばかりだ。
「おおおおおおーーー」それは俺も同じであって、しっかりと脳裏に焼きつけるために、旧世代のプロセッサーがフル回転だ。
「優奈、っもう、なんてことするのよ」
「だって、私がしても反応しないから」てへ、と悪びれる様子はない。
「入部させてください。ちょうど摩訶不思議なものに興味があったんです。おばあちゃんが霊感あります」
奥屋敷のやる気スイッチがウザい。少女漫画のように目がキラキラしていた。
「一年生の入部確定ね。さ~て、両玖君はどうするのかなあ」
「男だったら決めちゃいなさいよ。っもう、ぐずなんだから」
文園が口うるさい。ただし表情は柔らかいから、からかい半分なのだろうな。
正式な部活と認められなくても、金城さんや文園は奥屋敷を巻きこんで活動する気だ。超常現象には触れたくないが、一年生のナンパ野郎が文園にまとわりつくのを阻まなければならない。
「わかった。俺、やるよ。今日からスーパーナチュラル部だ」
「ナイスよ、津吉。グズなわりにはグッドだわ」
「褒めてないだろう。でも、まだ四人だぜ。部活動としては認められないじゃないか」
「とりあえず、同好会ということにしておく。だから、生徒会から予算はおりないからな。おまえらの自腹で活動するんだ」
そう言ったのは真由美先生だった。
「うわっ、びっくらした。な、なんで」
いきなり入ってきて、椅子にドカッと座り足を組んでいる。女にしておくのがもったいないくらいのアウトロースタイルなんだ。
「どうして先生がいるの」文園の疑問は当然だ。
「それは、私がおまえたちの顧問だからだよ。スーパーナチュラル部とか言ってたな。まあ、そういうことだ」
そういうことが、どういうことだかわからない。事情を知っているのは、もちろん張本人だ。
「じつは先生から部活の立ち上げを勧められたんだ。大学の推薦に役立つからって」
真由美先生と金城さんの間でディールが成立していたみたいだ。金城さんの動機はわかるが、真由美先生が顧問になるというのがわからない。忙しくなるだけで、メリットがないように思える。この人、面倒くさいのは嫌いなはずなんだけどな。
「そういえば、うちの高校って部活動の顧問に特別手当が出るとかなんとか聞いたことがあります。とくに新設の部活動には、けっこう出るとか」
真由美先生は、「チッ」と舌打ちして一年生男子を睨んだ。
「おまえらのラーメン代その他で、ふところが厳しいんだ。これは私のためではなくて、可愛い教え子たちにいろんな経験を積ませてやりたいとの、すんごくありがたい親心なんだ。エロ心千里を走るというだろう」
「謎のことわざがまったく関係ないんですけど」
「教師のくせしてエロ心とか言うなよなあ」
文園と俺に文句を言われて、真由美先生は口をへの字に曲げている。
「うるさい。とにかく部活を軌道にのせろ。これはおまえたちへの課題だからな。一昨日のことの清算だと思えばいい。なに事にもタダはないんだ。とにかく、形だけでも進まないと手当てが出ないんだよ、頼むよ」最後は懇願された。
たしかに、助けられてご飯もおごってもらって、真由美先生には感謝している。部活をやる決心はついているので、顧問になってもらえるのはかえって好都合なんだ。
「四人では部活にならないので、とりあえず同好会にしましょう。最初はクラブ的なノリでもいいと思う」
金城さんは言い出しっぺだから、なんとか軌道に乗せたいんだな。
「おまえら、さっさと人事を決めろよ。そういうことも大事なんだからな」
組閣をせよとの、顧問からのお達しだ。
「部長は優奈でいいと思う。みんなはどう?」
文園が金城さんを推薦した。俺と奥屋敷に異議はない。スーパーナチュラル部の部長は金城さんで決まった。本人もやる気であって、とりあえず軽くガッツポーズをキメて遠くを見ていた。ぽちゃった体に哀愁が漂っているな。あたたかな拍手で迎えられた。
「津吉は副部長をやりなさいよ」なぜか文園が仕切っているんだ。
「えー、俺かよ。まあ、いいか」
「ちょっと待ったー」
べつにやってもいいのだが、異議が出されてしまった。
「二年生がすべての役職をやると、後輩が育たないと思います」と後輩が言うんだ。俺への対抗心なのがわかる。
「そうだな。俺は一年生のやる気を尊重するよ」
部長と絡めるのでなかなか魅力的な役職だが、俺は副部長というガラではないし、絡む女子には他に心当たりがあるんだ。
「じゃあ、奥屋敷君が副部長で決まりね。部長の金城優奈が任命します」
拍手はなかったが、奥屋敷は得意顔である。俺に勝ったと思っているらしい。
「それじゃあ、津吉とわたしは書記をやるわね。あまった役職はそれしかないから」
こういう展開になるのはわかっていたんだ。文園が二人に見えないようにウインクする。ただし、すぐにツンとした顔になった。
「うわー、それは卑怯ですよ。なんですか、二人そろって書記というのは」
「なにがよ」
「いや、なにがって、それは、そのう、なんていうか」
文園の冷ややかな視線を受けて、奥屋敷は言葉をウロつかせる。
「書記は綾香ちゃんと両玖君で決まりね。ついでに会計もお願いします」
「がんばりましょう、優奈部長」
部長と書記・会計担当がかたい握手をする。俺も文園の手を握りろうとしたが、ツンとした態度で拒否されてしまう。ツンデレは嫌いじゃないけどモヤモヤするな。差し出した手が宙に浮いて、手持無沙汰だ。
「じゃあ、はい」
かわりに金城部長が握手してくれた。ちっちゃいくせに柔らかくて温かくて、これはこれでいい。奥屋敷もにぎってもらってホクホク顔だ。
「ようし、あらかた決まったな。それじゃあ、スーパーナチュラル部に最初の課題をやろう」
椅子に座って静かにしていた真由美先生が宣言したんだ。
「えー、いきなりですか。早すぎるって」
話の展開が急すぎるだろう。
「思い立ったら金魚の糞というじゃないか。初めての活動で両玖ががんばったら、三メートルの接近禁止を解除してやるぞ」
いま現在、俺は文園の三メートル以内にいる。注意事項をすっかりと忘れていた。一瞬目が合うと、知らん顔をしながら一歩二歩と離れてゆく彼女が小憎たらしい。
「先輩、がんばらなくいいですよ。僕がかわりに一生懸命やりますから、椅子に座って日向ぼっこをしていてください」
「俺はジジイじゃないぞ」
俺の加齢しきった姿を想像してか、文園がクククと笑っている。ウケてくれたことがうれしいのか奥屋敷が得意顔だ。
「先生、最初の課題ってなんですか」
「いい質問だな、ヘンタイ仮面、両玖君」
ヘンタイ仮面じゃねえし。
「じつは私の実家のお墓がけっこう寂しい場所の寺にあってだな、この前久しぶりに墓参りに行ったんだ。その時に住職と話をしてたら、オカルトなことで困っているって相談されたんだよ」
「住職さんがオカルトって言ったんですか」
「欧米か」
文園がツッコミをいれてくれたんだけど、その場がシラ~となった。「欧米に近い気がします」と、その古いギャグを知らない奥屋敷がマジメに言っているのには笑えた。
「もう一度訊きますけど、オカルトってどういうことなんですか」
「お寺のお墓だから、幽霊が出るってことじゃないの。なんらかの霊現象が発生しているのだと思う。これは事件ね」
「さすが部長、感がいいな。じつはその通りだ。まあ、かいつまんで話すとな」
そのお寺のお墓で、夜な夜な原因不明の騒動があるらしい。
「具体的には、墓石が倒されたりお供え物が食い散らかされたり、謎の発光現象が多発したり、ヘンな叫び声が聞こえたりしているそうだ」
「それって暴走族とか不良とかDQNじゃないの。だって、ああいう人たちって廃墟とかお墓とか好きでしょう。あとトイレも」
文園の指摘が正解だと思う。あと肝試しに来た大学生とかも考えられるな。
「それは私の情報網で確認済みだ。どこの族もDQNもチンピラも該当なしだ。だいいち、そこは私有地で、しっかりと門が閉じてあるからな。最新の警備システムだから、侵入者はすぐにわかるんだ」
街のワル連中を知り尽くしている高校教師って、公務員としてどうなんだと思う。
「墓地のオカルトって、どうやって調べたらいいんだよ」
「カメラを置いて録画するとかいいんじゃないの」
「いまはネット経由で視れますから」
「うん、その線で行きましょう」
部長のOKが出た。そのオカルトな墓場にカメラを設置しておいて、録画したものを後で視るという作戦だ。ライブでできるそうだが、夜中まで起きているのはしんどいし、さすがにみんなが集まれない。放課後にでも確認すればいいんだ。
「おまえら、なに未成年みたいな青臭い寝言をほざいているんだ。人生はそんなに甘くない」
真由美先生が立ち上がった。イヤな予感がしてきたぞ。
「ええーっと、だったらどうするんですか、先生」
奥屋敷、余計なことを言うんじゃない。ここは即座に解散して、顧問が決定的なことを言いだす前に帰宅するんだ。
「現地に行って、おまえたちの曇りなき眼で確認するんだよ。カメラで覗こうなんて、盗撮魔みたいなことはゆるさないからな」
それが青春の部活動というものだろう、とも付け加えた。
「先生、イモ太郎の眼が曇り過ぎてツラいです」と文園。
「両玖の眼が、どういう具合に曇っているんだ」
「エロいです」
「ふむ」
いやいや、突然なにを言い出すんだよ。どちらかというと俺よりも奥屋敷のほうだろうが。ていうか、そんな兆候を見せたことなんてないだろう。その前に、イモ太郎とは誰だ。勝手に俺と決めつけるな、担任教師、それと文園。
「だが、それでいい。男子高校生としては健全だ。エロくない男子は、かえって要注意だぞ。サイコパスかロリコンかもしれない。なかよし公園で小動物に危害をくわえているパターンだな」
「とりあえず先輩がロリコンじゃなくてよかったですよ。それと、ハトをイジメないでください」
「おまえは黙ってろよ」
奥屋敷のほうが、俺よりサイコパスっぽいだろう。
「へえ、両玖君はそんな曇りきった眼で綾香ちゃんを見ていたんだ」
「そうなのよ。けがれた目でジロジロみてくるんだから、イカ太郎のくせに」
「ちょっと待ってくれよ。それは誤解だ。テキトーなこと言うなよ、文園。それとイモ太郎じゃなかったのかよ」
「三メートル以内立ち入り禁止」
おしゃべりが過ぎる女子に近づこうとしたら、手の平を突き出されて停止させられてしまった。
「ハイハイハ~い。おまえら、集団でイチャついている場合じゃねえんだぞ。さっそく今日から合宿だからな。スーパーナチュラル部の活動開始だ」
ほうら、唐突にロクでもない指令がきたぞ。さっさと帰宅部すればよかったんだ。
「先生、合宿とはどういうことでしょうか」
「おい一年生、合宿を知らないのか」
「いえ、合宿は知っていますけど、今日から合宿というのが気になりまして」
「明日は祝日で休みだろう。今晩から泊まりで張り込めば、お墓を荒らすオカルトの元を突き止めることができるって話だよ、簡単なことじゃないか」
今日、これからお寺に泊りで張り込みをやれと言う。さすがに文園と金城さんが抗議の体勢だ。
「ちょ、聞いてないんだけど」
「先生、さすがに今日からは無理があるような気がします」
「部活動をアピールするには、ちょうどいい機会だろうが。もし超常現象を解決して住職から学校へ感謝されると、顧問的にも高評価だ。手当ての支給も早くなる」
金のことになると大人はあざとい。教え子の予定など無視ときた。
「そういうわけで、これから出発するからな。着替えとか飯とか酒とかは、気前のいい住職が用意してくれるから心配せなくていい。おまえらはジャージに着替えて出発だ。親には私から連絡しておく」
段取りが整いすぎていて怖いぞ。すでに決定事項ということだ。
「わかりました。やりましょう。乗りかかった船、鬼に金棒、桃季ものいわず下自ら径をなす、という諺もありますから」
三番目のことわざに博識さを感じてしまう。金城さんがやる気だ。部長の責務に目覚めたのか。
「そうそう、優奈の言う通りだわ。いとこ同士は鴨の味、あわびの貝の片思い、っていうものね」
文園、知性が乏しいのにムリにことわざを言わなくてもいいんだぞ。エロさを連想してしまうのは気のせいか。いや、絶対にエロいだろう。
「女子はやる気があって、よろしい。それに比べて男どもはどうなんだ」
根性なしだと思われるのは癪だ。
「行きますよ、俺も。幽霊とかはどうでもいいけど、推薦で大学にいきたいんで」
「イカ太郎、グッジョブよ」文園が親指を立てて褒めてくれた。
「イカ太郎じゃねえからな」失礼な呼び方に釘を刺しておく。
「僕は遠慮しときます。今日はこれから合コンがあるんで」
腰が重い奥屋敷だが、顧問からの追加説明で目の色が変わる。
「ちなみに、寝床は一部屋しかないらしいから不純なことはするなよ」
「マジっすか」
真由美先生も一緒なんだから不純なことなどできないよ。いや、でも酔っぱらって早々に寝落ちしてしまいそうだ。かなりの酒豪との噂がある。そうなると、ぽちゃとおもらし娘と一つ屋根の下で長い夜を過ごさなければならない。
「僕も行きます行きます。早く行きましょう、いま行きましょう、すぐに行きましょう、っもう、なにやってんすか、遅いですよ」
女子二人とパジャマお泊り会は天国、との見解は一年生も同じのようだ。
ブルッときた。そうっとスマホを見る。
{寝ている時に、もしヘンなことをしようとしたら}文園からだ。
{するかよ}
やや間があってから、意外なのがきた。
{意気地なしのイカ太郎}
いやいや、これは ヘンなことしてほしいとのことなのか。
{元気すぎる一年生君が、わたしにヘンなことしようとしたらどうするの}
{もちろん、成敗する}
文園がこちらを見た。ここはキメ顔のほうがいいと思って、ちょっとばかしニヒルになる。
{ニヒル、って何? 昭和か}
この女子、絶対に俺の心を読んでいるだろう。サイキックか。
{ねえ}ときた。俺を見る瞳がねちっこくなっている。
{なんだよ}
{わたしを、ちゃんと守ってくれる}
夜の墓場でゴーストバスターするのだから危ないことも考えられる。文園、心配しているんだな。
{まかせろ}これ以上の言葉はいらない。即答したよ。
画面での会話は、いったん終了した。スカした顔の美少女が、あっちを向いている。俺を無視して右手でピースサインを作って、さらに振るんだ。
「よし、全員一致で決まりだな。ジャージに着替えたら駐車場にこいよ」
「もしかして、先生の車に全員乗るとかでは、ないっすよね」
「私の愛車に、なにか文句でもあるのか」
真由美先生の自家用車は軽自動車であって、さらに軽自動車の中でも小さいやつだ。運転手を含めて五人が乗るには手狭すぎる。
「軽自動車に五人は狭すぎますって」
「大丈夫だ。ちゃんとターボのブースト圧をあげてある。なんだったら亜酸化窒素ガスのボンベでも積もうか。マッドなマックスみたいに」
「そういう問題ではないような気がするけど」
「だから問題はない。乗れ」と運転手が言い切った。
結局、俺たち四人は真由美先生のちっさい車に詰め込まれた。助手席に奥屋敷、後部座席には右から文園、俺、金城部長が座っている。ただでさえ狭いのに、三人はいかにも窮屈だ。とくに真ん中の俺は両側から圧迫を受けている。ただし、それが不快かと問われれば、答えは断然NOだ。
「先輩、ズルすぎますよ」
前席の一年生が言ってくるんだ。
「うるさい。こっちはこっちでタイヘンなんだ」
「ヘンタイの間違いじゃないですか」
両サイドがクスクス笑いだ。なんか、恥ずかしいぞ。
「黙れ」
女子たちの体温がアツい。左から右から、直接的に、より具体的な感触が伝わってくる。金城さんはあんまり動かないのだが、文園はしきりにモゾモゾやるから、お尻の柔らかさと人肌以上のぬくもりが、俺の頭の中で再具現化しているんだ。
「きゃっ」
「わあ」
「ぬおー」
いきなりの右カーブだ。Rがきついのに軽自動車は減速することなく突っ込む。しぜん、俺は金城部長のほうへ寄せられてしまう。さらに文園が重力をかけてくるので、なおさら圧をかけてしまった。
当てっている、当たっている。
ふくよかな胸のところに俺の腕がめり込んでいる。さらに文園の顔が俺の肩に乗っていた。めちゃくちゃいい匂いがしてきて、これは夢見心地だ。すまん、奥屋敷。俺は果報者なんだ。いつまでも、このドライブが続けばいいなと切に願った。
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