第8話

「文園、どこまで行くんだよ」

 ネコを追いかける綾香の後ろを、津吉が追いかけていた。

「呼び捨て禁止だってば」

「ええっと、文園さん、ネコはあきらめよう。どこかへ行ってしまったよ」

 津吉は、彼の後ろについてきている金城優奈と奥屋敷飛翔を気にしていた。

「いくじなし」

 振り返らずに言う綾香の小声が胸に突き刺さり、津吉の走りが若干よろめいた。

「スト—ップ」

 綾香がいきなり立ち止まったので、津吉が急ブレーキをかけた。彼女の背中へ抱きつきなりそうになるのを、ギリギリで止めた。

「どうした、ネコを見つけたのか」

「ニャンコじゃないけど、あれを見てよ」

 綾香の人差し指が示す場所を見た津吉は、少しばかり目を凝らしている。

「なんか、人が集まっているけど、なんだろう」

「いい雰囲気じゃないよね。ここって、イヤな臭いが漂っているし」

 そこは古いビルと廃墟になって放置された建物群のすき間にできた、うら寂しい空間だ。東西南北からの細い通路が交差する、ぽっかりと開いた広場であった。建物やビルの壁には、いかにも幼稚で雑な落書きがあり、空気が湿っていてカビ臭く、綾香の指摘する通りすえたニオイがあった。

「ねえ、どうしたの。ネコちゃんいたの」

「走ったらお腹がすきましたよ。お昼にしませんか」

 金城優奈と奥屋敷飛翔も追いついたのだけど、綾香と津吉は振り向かない。

「あの子たちって絡まれてない?」

「そんな感じだよな」

 背の高い廃ビルの日陰となっている部分に五人の男たちがいた。どぎつい服装と髪型、怒声混じりの大声を発している点で、アウトローに近しい者たちであることがわかる。

「なんか、ここってヤバいよ。ネコちゃんがいないなら早く行こうよ」

 殺伐として危険な空気感を、金城優奈は察知していた。顔色が冴えなくなった奥屋敷飛翔が、腰を引きながらウンウンと頷く。

「でも、女の子が絡まれている」

 男たちが中学生くらいの女の子二人を囲んでいた。彼らの、いかにも強圧的な背中のすき間から、身を寄せ合う小さな顔が見えた。罵声を浴びせられて、脅迫され、窮地に陥っている。

「ちょっと行ってくる」綾香が歩き出した。

「ま、待って」津吉が後を追った。金城優奈と奥屋敷飛翔は数秒ほど逡巡したあと、スローに歩き出した。

「ちょっとー、なにやってんのさ」

 綾香の声はそれほど太くはないが、硬い芯があり尖っていた。一呼吸おいてから、男たちが振り返る。

 綾香は腕を組んで偉そうに立つ、いつものスタイルだ。その横にいる津吉は、男たちに目線を固定することができずに泳いでいた。後方の二人は、さらにゆっくりとした歩調となる。

「あ~、なんだてめえは」

 二の腕に骸骨のタトゥーがある男が出てきた。タバコの火球による根性焼きの痕が痛々しい。アゴが無精ヒゲだらけで、衛生的な市民が見たら顔をしかめるだろう。

「ねえ、あなたたちはどうしたの」

 今度はやさしく撫でるように問いかけた。男たちにではない。

「私たちは、あの、あの、ただジュースを飲んでいたら、この人たちにぶつかっちゃって。そ、そのう、すみません。ほんとうにすみません」

 女子中学生二人は泣きじゃくっていた。その年頃らしい、お揃いのポーチが可愛らしい。まだ成長しきっていない華奢な体を縮こまらせて、いまにも崩れてしまいそうだ。

「こいつらが俺のジャケットを汚しやがった。ヤケドしちまったから、責任取らせてんだ」

「はあ? ジュースでヤケドとかバカなの。どんな特異体質してんのよ」

「ちょ、ちょっと落ち着こうか。あんまり言わないほうがいいと思う」

 相手かまわず勇む綾香を津吉が宥めようとするが、すでに火は回り始めていた。

「なんだとクソ女」

「おい、俺らを誰だとおもってるんだ、ゴラア」

 二人のアウトローが前に出てきた。見た目は同じく、{触るな危険}な者たちである。

「弱いものイジメする時代遅れのチンピラでしょ。誰にもなれない誰でもないDQNじゃないのさ。中学生相手にイキっちゃって、なっさけないわ。河川敷で犬のウンチでも集めてなさいよ。少しは世の中のためになるでしょ」淀みなくスラスラと言い放った。あくまでも、偉そうな態度を崩していない。

 最初、男たちは面食らっていたが、綾香の美貌に関心を示し始めていた。相手を値踏みしての暴力沙汰には慣れているのか余裕が感じられる。

「おねえちゃん、女子高生か。可愛い顔してお口が良くないなあ。こりゃあ、下の口もおしゃべりなんだろうなあ」

 グヘヘヘと、下卑た笑いが五人の男たちから沸いた。ニヤついたヒゲヅラが汚らしいと、綾香は心底から嫌悪していた。

「中坊じゃあ、もの足りねえと思ってたんだ。女子高生だったら十分だ。オレらと一緒に遊ぼうぜ。気持ちのいいことしてやっからよ」

「動画にしてやっか。生配信してもいいな。現役JKだから、みんな食いつくぞ」

「おい車持ってこいや。ワゴンの中でやろうぜ」

 男たちは性的加害を匂わせている。女の子にとっては身の毛もよだつ発言の数々なのだが、綾香の表情に怯えはなかった。耳の穴に小指を突っこんでグリグリしている。ぜんぜん効いていないぞ、というアピールだ。

 この危機的状況を切り抜けるための秘策が、彼女にはあった。腕を組んで、相変わらず居丈高な態度でチラリと横を見た。そして、前を向いて男たちに言い放った。

「津吉、こいつらにわからせてやりなさいよ。ビシッとやっていいんだから、ビシッと」

「え、ええーーーーーーーーー」

 突然のご指名に、津吉は心底ビックリしていた。まさか自分に任されるとは思ってもいなく、また腕力にはまったく自信がないことを自覚していた。

「暴力はダメです。け、警察を呼びます」

 スマホを出して、焦ってポチポチやっている。男たちはニヤついていた。

「あ、あれえ、通じない。圏外になってる。なんで」

「ここはなあ、どっかのバカが違法電波だしてっからケイタイは通じねえんだよ」

 骸骨タトゥーの男がすーっと近づいてきて、いきなりの強烈パンチを津吉のミゾオチに放った。

「ゴエッ」っと呻くと、その身をくの字に折り曲げて膝を地につけた。胃液が逆流し、すっぱい唾液を吐き出そうとして咳き込んでいる。

「津吉っ」

 介抱しようと、あわてて綾香がしゃがみ込もうとしたが、骸骨タトゥーの男がその髪の毛を鷲掴みにして引き起こした。

「離せ、離せ」

 綾香が激しく抵抗すると、それではとばかりに革ジャンの男が津吉を蹴り上げた。またもやミゾオチにつま先がめり込んでしまい、息をするのにも苦労していた

「暴れると、こいつが苦しむことになるぜ」

 綾香がジタバタするのを止めた。骸骨タトゥーが手を離すと、すぐに津吉に寄り添う。金城優奈が走ってきて二人で介抱していた。背中をさすり、必死になって声をかけている。

 そろりそろりと後退り、奥屋敷飛翔は逃げようとしたが、あっさりと捕まってしまった。図太い腕にヘッドロックされながら連行されてきた。

「中坊のメスガキはガリで味気なさそうだけどよう、このねえちゃんは収穫だな。気は強えけど、すっげーベッピンだぜ。そっちのふっくらしたのもいい感じだしな」

「JKとやれるとか、今日はラッキーだな」

「車まだか。早く持ってこいよ」

 中学生女子たちは解放されていない。さらに綾香と金城優奈までが、男たちの餌食リストに加わってしまった。大声で叫んでも助けは来ないだろう。高校生たちの悲鳴は、廃墟ビルの灰色の壁が吸い取ってしまうからだ。

「オラア、こっち来い」

 男の一人が中学生女子たちに怒鳴った。肩を寄せ合った少女たちは、いまにも溶けてなくなってしまいそうである。

「ちょっとー、その子たちを離しなさいよ。未成年じゃないの」

 そう言う綾香も未成年である。津吉も金城優奈も奥屋敷飛翔もだ。

「わたしがあんたたちの相手をするから。わたし一人でいいでしょう。いくらでも相手してやるから、ほかはいらないでしょ」

 綾香の提案は彼女一人が人身御供として、男たちの求めに応じるというものだ。中学生女子や、すでに暴力に晒されている津吉、金城優奈や奥屋敷飛翔を救うにはそれしかないと腹をくくっていた。

「まあ、中坊のガキは後々めんどいことになるからな。だけど、ふっくら女も一緒に来てもらうぜ。なんせこっちは五人だから、おめえ一人じゃ足りなんだよ」

「待って、わたしだけが」

「いいよ」

 綾香が言っているのを遮って、金城優奈が一歩前に出た。

「私も相手してあげる。ちょうどヒマだったし、ダイエットにもなるから。だから、その子らを帰らせてあげて」

 男たちが目線で会話していた。ニヤニヤと笑みを浮かべて、卑劣なたくらみを巡らせながら、綾香と金城優奈のワガママボデーを見つめていた。なお、津吉はまだ立ち上がることができない。もう一人の男子高校生は銅像のように凝り固まっている。

「ほらよっ」

 女子高生二人で納得したのか、中学生女子たちが蹴飛ばされるように解放された。

「もし、このことを誰かにしゃべったら、どうなるかわかっているな。おめえらのケイタイ番号は知ってるからな」

 大声で怒鳴るように言い放つと、少女たちは手をつないで必死に走っていった。その様子を見て、男たちがゲラゲラと笑っている。

「さあて、じゃあ行くか、おねえちゃんたちよ」

「とっととズラかろうぜ。あの中坊たちがチクるかもしれねえから」

 男たちが綾香と金城優奈を取り囲んだ。逃げ出せないよう鉄壁の布陣である。

「おい、待てよ。まだ終わってないぞ」

 だが、彼らはズラかれなかった。

「おまえらに彼女たちは渡さない」

 津吉が立ち上がろうとしている。ガクガクと膝が笑い、口の端から唾液が漏れ出ている。

「にいちゃん、弱っちいのに根性あるなあ」

 ガムをクチャクチャ噛んでいる男が出てきた。津吉は、ファイティングポーズをとる。

「女の前だからってカッコつけるやつはムカつくんだよ。なあ、おい」

 ポケットからメリケンサックを取り出して、指にはめ込んだ。鋼鉄製のそれは打撃を強化する非道な武器であり、殴られれば大ケガは免れない。最悪、顔の骨が砕け皮膚が引き裂かれるだろう。

「津吉、やめて」

「両玖君、だめよ」

 綾香と金城優奈がとび出そうとするが、男たちが髪の毛をつかんで引き戻した。バタバタと抵抗していたが、圧倒的な腕力に抗うことができず押さえ込まれてしまう。

 そこへ、ようやく立ち上がった男子高校生がフラフラと近づいている。ただし、決意に満ちた彼の目は虎だ。



 ちくしょう。

 このチンピラ、ナックルダスターをつけてるじゃないか。あれで殴られたら出血間違いなしだな。ヘタなところにくらったら目も潰れてしまう。骨も折れるか。まあ、俺のことなんて、どうなってもいい。優先すべきことは一つしかない。

「二人を離せよ、クソヤロウ」 

 このまま文園と金城さんを行かせるわけにはいかないんだ。奥屋敷はビビッてしまって動かないから、俺がやるしかない。

「ああーん、てめえは自分の立場がわかってねえのか。アバラのニ、三本折らねえとわかんねんのかよ」

 五人を相手に戦うのはムリだ。ただでさえ俺は非力なのだから、いいようになぶられて、ボロ雑巾のように打ち捨てられる。それでは文園と金城さんを救えない。この薄汚いチンピラどもに、彼女たちが好き勝手に犯されるのは、ゼッタイに、ゼッタイに受け入れられない。

「わかんねえよ、クソチンピラ」

 一人だけでいい。そいつに喰らいついて、腕でも首でも顔でも、とにかく噛みついて肉を喰いちぎってやる。鉄の凶器で何度殴られても死んでも離さない。ゾンビみたく噛みつくんだ。

 じつは、蹴られてぶっ倒れた時に缶詰の蓋を拾っておいた。これはよく切れるので、刃物として十分使える。そいつの下腹を裂いてハラワタを引きずり出してやる。数センチでも切れ目を入れられれば、そこからおもいっきり手を突っこんでやるんだ。

「このクソガキ、笑ってやがる。ナメやがって、ホントにぶっ殺されてえのか」

 チンピラが息巻いている。すごく怒っているな。完全にキレているだろう。

 さあ、打ち込んで来い。何発殴られようと俺はかまわない。痛みなんてどうでもいい。顔面の骨をいくら砕かれても平気なんだ。俺が死のうが生きようが知ったことじゃない。

 一息ついた時が、おまえの最後だ。死ぬ気で抱きついて、噛みついて、肉を喰らって、腹を引き裂いて、腸を引きずり出してやる。それをマフラー代わりに首に巻けば、ほかの奴らは女を犯す気にはならないだろう。腰を抜かすはずだ。

 文園には嫌われてしまうこと確実だが、俺はおまえにきれいなままでいてほしいんだよ。

「ハハハ、おい、クチャラー、おまえ、おしゃぶりでも食ってるのか」って、言ってやったさ。

「死ねや、ガキッ」

 一発目は顔面だろうと思っていたら、そいつが突然転げたんだ。いきなり重力が千倍強くなったみたいに地面に伏せた。そのさいに顎を打ちつけたらしくて、フガフガ言いながら呻いている。なにが起こったのかわからないようで、目が右に左に泳いでいた。

「合気の心、それすなわち愛なんだよ」

 いつの間にか、俺の横に立っていた女の人が言ったんだ。

「先生―っ」

 真由美先生だった。

「おいおい、こんな殺風景で治安の悪そうな場所に、どうしておまえたちがいるんだい。しかも三メートル以内は接近禁止だろうが」

 真由美先生、俺たちの名前を出さないように気を使って話をしている。

「少年、大丈夫か。顔はやられていないようだが」

「俺は平気ですけど、こいつはどうでしょう」

 クチャラーのチンピラが立とうとするが、やや右側に傾きながらヘナヘナと座り込んでしまった。倒された時の衝撃がよほどのものだったのだろう。いまだに目線が定まらない。

 ほかの四人があ然としているスキをついて、文園と金城さんがダッシュで抜け出して、こっちに逃げてきた。ハッとして我に返ったチンピラたちが、真由美先生に詰め寄るんだよ。 

「ババア、どっから出てきやがった。ぶっ殺されてえのか」首にイタい柄のあるチンピラが息巻いている。

「ババア、とは失礼ね。これでもまだ三十前なんだから」

 俺たちは真由美先生にすがるように固まっていた。奥屋敷まで一緒になっている。どこかに逃げたと思っていた。

「手足の骨を折って、川に捨てようか」

「事務所に連れてって、指を一本ずつ落としてやるか」

 チンピラが脅しに使う定型句といったところか。

「ヤバいっす。帰りたいっす」

 奥屋敷はビビりまくっているが、俺はそれほどでもない。すでに蹴りを喰らってしまったので、場慣れというか、恐怖を通過した状態なんだ。痛みでアドレナリンが出すぎているのかもしれないけど。

 文園は腕を組んで斜に構えていた。いつもは俺に対しての態度なんだけど、今この時のそれには愛がないな。金城さんもキッと睨みつけていた。俺の女子たちは気が強い。そして、ここにはさらに頼もしい存在がいる。

「ねえ、私がいるってことをわかってないんじゃないの。あんたら、シロウトか」

 真由美先生の、この自信を裏打ちするものがものがあるはずだ。

「バカか、こいつ。年増のババア一人で、なにができるってんだ」

「JKだけ連れて行こうぜ。ババアは論外、あとはボッコボコにして終いだ」

「女を殴るのは久しぶりだな。まあ、ババアじゃあ、もの足りねえけどな」

「ババアは消毒しなきゃなんねえなあ。ボコって消毒だ」

 チンピラたちの、真由美先生に対する脅迫と罵倒と名誉棄損が容赦ない。すぐにでも殴りかかってくるかとヒヤヒヤしていたのだけど、やつらは大声だけ出してなかなか動かない。仲間のクチャラーは、まだ立てずに地面でへばっている。圧倒的な合気道を見せられて、少しは警戒しているみたいだ。

「よーし、じゃあ、みんなでラーメンでも食べようか。この前の店、けっこう美味しかったからね。今日もチャーシュー麺とご飯大盛りだよ」

 真由美先生、チンピラたちに背を向けて、俺たちをラーメン屋へと誘うんだ。ついて来いと指で示して、さっさと歩き出してしまう。情況的に、そんなことする余裕はないし、そうする意図がわからないけど、とりあえずみんなでついて行く。

「ゴラア、ババア。逃げてんじゃねえぞ」

「クソババア、口だけかよ」

 口だけなのは、おまえらのような気がするのだけど、余計なことは口に出さないほうがいい。

「あんたらさあ、そこに転がっているバカをいつまで放置しておくのさ」

 真由美先生の合気道にやられてしまったバカは、ただ転がっているわけではない。力なく座り込んでいた。きっと、打ってはいけないどこかをやられてしまったんだ。秘孔を突かれたのかもしれない。もう死んでいるのかも。

「仲間って、そんなに薄情なもんなのかい。友だちって、そんなに簡単に見捨てられるもんなのかい。違うだろう、私は違うと思うんだよ」

「うるせー」

 どこに隠していたのか、建物の解体現場なんかで転がっている鉄パイプを手にしている。ロン毛のやつがナイフを取り出した。凶悪な顔の四人がじりじりと迫ってくるんだ。

 立ち止まった真由美先生が、俺たちの前に出た。担任について行こうとする勝気な女子たちを抑えるのに苦労する。ただし、一年生男子は圏外となっていた。

「少なくとも、私の仲間はそうじゃない」

 ん。

 なんか、音楽が聞こえてきた。

 ベースラインのリフレインで、おそらく街頭放送から流れてきているんだろうな。こんなうら寂しい路地の行き止まりにもスピーカーが設置されているようだ。

 真由美先生の体が揺れている。震えているわけではない。顔がニヤついているし、軽やかに足踏みしている。踊っているんだ。

 お。

 なんか、来る。

 爆音、というレベルではないけど、ドダダダダダと、このくぐごもった感じは、あの乗り物しかない。

 バイクが来た。一台だけではなくて、四方から次々と ゆっくりと止まっりそうなくらいの速度で侵入してきたんだ。

 暴走族。

 いや、違う。

 バイクが、やたらとカッコいい。族にありがちの悪趣味さが微塵もない。いわゆるネイキッドバイクなんだけど、ハーフカウルのもあって、フレームやタンク、エンジンまでがピッカピカで すごくお金をかけてイジッているのがわかるんだ。頭の悪い人たちには無理な仕様に仕上がっている。

 跨っている人たちも反社っぽくは見えない。高そうな革ジャンを着ている。ヤンキーや半グレとは、あきらかに別だ。年齢がちょっと高めだからだと思うんだ。お兄さんだけど、おっさんの部類に入っているかな。

「うわー」

 これはなんのアトラクションなのだろうと眺めていたら、バイクが十台以上になった。ヘルメットを被ったバイカーたちが厳めしく見える。腕にタトゥーのオッサンもいるけど、チンピラのそれとは違って独特の雰囲気がある。力強さは見せつけているけど粗暴さ意識させないというか、どこか頼り甲斐があるという感じなんだ。

「さあ、みんなこっち見て」

 真由美先生が指をパッチンして、俺たちの視線を半回転させた。

「先生、うしろが気になるんですけど」と金城さんだ。

「あのバイクの人たちは、誰?」文園はチラチラと振り返っていた。 

 なんか、後ろが騒がしくなっている。チンピラたちの怒声が、キーキーと甲高い。

「ハイハーイ、あっちを見ちゃダメだよ。未成年は係っちゃダメな案件だからね~」

 パンパンと手を叩きながら、俺たちの視線を自分に向けさせる。教育者として、後ろで起こる出来事を見せなくないのだと、なんとなく理解できた。

「私のダチはね、すぐに来てくれるんだよ。みんなオッサンっぽくなってしまったけれどもさ」

 あのバイカーたちは真由美先生の友だちというか。元ヤンというのは本当だったんだな。

 俺たちは背後を見ないようにした。「バキッ」とか、「うぎゃっ」とかの雑音が聞こえてくるが、知らなくていい現実には近づかないほうがベターだ。

「先生の踊りが、ヘン」

 俺たち四人は、つっ立たまま真由美先生と向き合っている。我が担任は、街頭放送の怪しげな昭和風音楽に合わせてリズムをとっている。けっしてヘタクソではないけど、とぼけた感じの踊りを披露していた。

「なんか、後ろがすっごく騒がしくないですか、先輩」

「絶対に振り返るなよ。トラブルに巻き込まれたくなきゃな」

「もう巻き込まれてますよ」

 それから五分ほど、俺たちは担任のヘンテコダンスを見せられていたのだけど、突然、背後が静かになった。街頭放送の音楽も止んでいた。

「うん、終わったみたいね。じゃあ、ラーメンを食いに行こう」

 真由美先生の号令で、俺たちはぞろぞろと歩き出した。気になったので一瞬振り返ると、あのチンピラたちが一塊になっていた。ゴミ捨て場にまとめられた、ゴミみたいに。

 遠くでサイレンの音がしている。どこかの犬が遠吠えして、ドップラー効果で縮まった波長が強くなってきた。

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