第4話

「花瓶かよ」

 登校して教室に入ると、俺の机の上に花瓶があって一輪の花が挿してある。イジメのテンプレートで、演出としてはつまらない。いっそ食ってやるか。

 昭和の昔に花束を食べるプロレスラーがいたと、じいさんが言っていた。この花をムシャムシャと食ったら女子どもがドン引きするだろう、と思っていたらスマホがブルった。急いで画面を見る。

{食べるな}とのことだ。文園からだった。

 あいつ、俺の心を読んだのか。前の席にちょこんと座って、ササッとこっちを振り返ってシブイ顔をしている。

 さらにブルった。すかさず見た。

{それ、毒草}と追加がきた。

 え、この花って毒かよ。危なく食べるところだった。目障りだから、とりあえず後ろの棚に置いた。

 俺は文園の三メートル以内には近づけないことになってしまった。いわゆる接近禁止命令というやつで、それは学校当局からの命令だ。不可抗力以外の接近は故意とみなされて、またもや停学処分となる。三回やれば退学らしい。そのお達しは文園自らが破っているのだけど、こういう場合はどうなるのだ。やっぱり俺のせいにされるんだろう。うん、きっとそうだ。

 前から井沢茜がやって来る。こいつは要注意人物だから、ちょっと身構えた。いきなり罵倒されるのだろう、なんて思ったら違った。

 仏壇にある、チーンと鳴らすやつ。名前がわからないが、あれを俺の机に置いた。そして、チーンといい音を鳴らして拝むんだ。

「ナンダブナマンダブ」

 はあ?

 呆れていたら、イケイケグループの女子たちが次々とやってきて、同じことやり始めた。俺はすでに死んでいる、ということだろうな。

 このイジメは効果的だ。けっこう頭にくる。相手が男だったら殴っていただろうけど、女子だから手が出せない。文句を言ってやりたいが、おそらく十五、六倍になって返ってくる。どう頑張っても口喧嘩では女子に勝てそうもない。なみの男子ならへこたれてしまうはずだ。

 だがしかし、文園には嫌われていないのだから余裕だ。

 こう言ってはなんだけど、おまえらを束にしても、あの天性の魅力には敵わない。性格は少しヘンな女だが、いや、かなり変わっているかもしれないけれど、とにかく最高なんだ。俺は彼女一人が味方なだけでも満足している。

 おっと、またブルッた。文園からだ。画面を見る。

{南無阿弥陀仏}とある。

 いやいや、なんでおまえまでがグルになってるんだよ。俺の味方になるって言ってたじゃないかよ。

 背中がクククッて笑っている。今日の便所メシは、俺一人で食べきってやる。半分残さないからな。

 腕を組んだ井沢茜が偉そうに俺を見下ろしている態度は、文園にも共通する。うちのクラスの女子って、このスタイルが好きだよな。

「ねえ、あんたの名前って、おっかしくね」

「べつにおかしくないよ。なんだよ、いきなり」

「こち亀のマネしていい気になるなってことよ。バカみたいじゃん」

「あっちは両津勘吉だろう。両さんをバカにするなよ」

「あんたをバカにしてるんだって」

 言い返そうとしたが、適切な罵りの言葉が浮かんでこない。アホとかビッチとかが候補にあがったが、どうもしっくりこない。いっそ何がしかの液体でもぶっかけてやろうかと考えていると、「フンッ、クズ男」と罵って自分の席に戻ってしまった。口撃による攻撃は終わったみたいだ。

 なんだか朝から疲れたなとため息をついていたら、ブルッと震えた。

{ふん、くず男。お疲れさまでした}

 文園のメッセージを見てニヤついてしまう。さっそく返事を送ろうとしたら担任がきてしまった。午前中が早く終わらないか、久しぶりにソワソワした。



 お昼休みとなった。

「今朝は、なかなかのハードモードだったよ」

「両玖津吉を追い出す連合会ができているからね」

「毎度のことながら、それって、ヒドくないか」

「安心して。わたしがそれとなく、かすかにフォローしてるから」

「いや、おもいっきり力を込めてフォローしろよ。遠慮はいらないんだぞ」

 ここ最近、笑い上戸になった綾香が白い歯を見せる。

「それで、なんで今日は準備室なんだ。男子トイレじゃなかったのかよ」

「トイレで昼食をとるとか、人として最低でしょ。そんな男、ハエよ、ハエ」

 二人は生物準備室にいた。大きな黒テーブルに並んで座っていた。

「なんか、俺がハエと言われている気がするのは気のせいか」

「気のせいよ。それでどうなの。文園綾香の、おもらしした手で、しかも洗っていない手で作った、生のお弁当の感想は」

「だから、微妙な言い方はやめろよな。なんか、ヘンな気分だよ」

「さあ、食べてよ。絶対に美味しいんだから」

 綾香が立ち上がり、腰に手を当ててキメのポーズだ。その眩しさにドキドキしながら箸を握り、津吉が食べ始めた。一口だけでは決めかねるのか、二口三口と続けざまである。

「う~ん。美味いんだけど、ちょっと指摘していいなら」

「指摘しなくていい」

 苦笑しながら、津吉はいったん箸を止めた。

「おかずのほとんどが缶詰っぽいんだけど」

「ぽいんじゃないくて、缶詰なんだから」綾香に悪びれる様子はなかった。

「やっぱ、そうかよ」

「おかずだけじゃないのよ。ご飯も、レンジでチンするやつ。カトウのご飯」

「え、カトウのご飯なのかよ。まあ、ふつうに美味いんだけどさ」

 生物準備室には電気ケトルがある。綾香がティーバックで紅茶を淹れた。マグカップは二つ用意されている。手慣れているなと津吉は思った。

「今日はいろいろと考えることがあったから、この弁当は俺一人で食う」決意に満ちた表情である。

「どうぞ。わたしの分は、ちゃんとあるんだも~ん。ジャジャジャ、ジャーン」

 どこに隠していたのか、大きな箱をデーンとテーブルの上に置いた。

「SEがオッサンだ。てか昭和」

「うるさい。ちゃんとベートーベンなんだから」

 梱包を解いている綾香の表情が明るい。

「これはね、フランスの兵隊さんたちの一日分のご飯よ。おいしいものがいっぱいなんだから」

 箱からレトルトのシチューや缶詰類、ジャム、パテ、チョコバー、飲み物の粉末を取り出して並べた。 

「へえ、すごいな。戦闘糧食ってヤツだ。初めて見たよ」

「ネットで手に入れたんだよ。けっこう高かった」

「自衛隊のも食べてみたいよな」

「食べているじゃないの」

「これって自衛隊のやつか。美味いはずだよな」

 大きなタクアンに齧りついて、津吉が感心している。

「こうやって、付属の台の上にこれをおいて、固形燃料に火をつけます」

 フランス流のシチュー皿をストーブ台にのせて、タブレッド型の燃料に火をつけた。アルミ箔の容器が徐々に焦げてくる。

「なんか、スゲーいい匂いがするんだけど」

「でしょう。文園綾香が作るものに間違いはないのよ」

「いや、作ってねえし。てか、一口ほしい」

 キッと睨むと、津吉が首をすくめた。

「とにかく美味しいの。これはあげないからね」

 意地悪なことを言って勝った気になっている綾香だが、事態は急を要していた。

「なあ、これって、火にかける前にふたの部分を少し開けてないとダメなんじゃねえの」

「えっ」

 火にかけられた容器がパンパンに膨らんでいた。

「いまにも爆発しそうなんだけど」

「のん気なこと言ってないで、開けなさいよ」

「熱くて触れないよ」

 そう言いながらも、なんとか蓋の部分を剥そうとするが、うまくいかない。そうこうしているうちに、熱膨張は臨界点を迎えた。

 パンッ、と弾けて、中身の熱々汁が飛散した。

「もわっちー」

 その数滴が津吉の顔にかかり悲鳴をあげる。

「だ、大丈夫」

 あわてて綾香がハンカチを出した。水で濡らして冷やそうとするが、焦っていたので準備室にある蛇口に目が行かない。替わりに、ぺっぺと唾をつけた。

 じつはそれほど熱くなかったのだが、津吉は大げさに騒いでいた。少し綾香を困らせてやろうとの魂胆だった。そんなことは知らずに、火をつけた本人は看病しようと接近した。意図せずして二つの顔が魅惑のコリジョンコース上にあった。

「えっ」

「あっ」

 触れ合うまで、あと一センチまで接近して止まった。衝突は避けられたが、ある種の衝撃は伝わったようである。

「ご、ごめんなさい。ちゃんと見てなくて」

「い、いや、大丈夫だ。ちょっと大げさになってしまったけど、じつはそれほど熱くないんだ。あははは」

 目線を合わせていたのは数秒だった。停止はすぐに解かれて、それぞれが別の方向を見ている。

「食べてもいいよ」

「え」

「だから、フランスの料理。ほら、こういうものは一緒に食べないと美味しくないでしょう。一人じゃ食べきれない量だし」

 ストーブ台の上から熱々の容器を取ろうとする綾香だが、ヤケドしそうなのでなかなかうまくいかない。

「素手じゃ危ないよ。俺がやる」

 箸を容器の両端の突起にかけて、そうっと持ち上げた。

「少しずつよ、少しずつ」

 一ミリほどの突起なので、バランスが悪ければ落下してしまう。顔の横で息をかけてくる女子が気になって仕方がない津吉だが、なんとか無事にテーブルの上へ置くことができた。

「うまくいったー」

「やったね」

 ハイタッチしてお互いの顔がぐっと近づいたところで、ハッとして目線を逸らした。本日二度目の大接近だが、幸か不幸か接触は避けられた。

「じゃ、じゃあ、食べちゃおうかな」

「そうだね」

 アルミ素材の蓋には、いかにも美味しそうな料理の画像が印刷されていた。それをベリッと剥した綾香の手には、すでにスプーンが握られていた。

 いただきます、と言って、さっそく食べ始める。

「で、どうよ、おフランスの味は」

「っもう、すっごく美味しいの。牛肉とお野菜の煮込みなんだけど、高級感がハンパない」

 三口くらい食べ進めたところで、物欲しそうな少年の顔をしている津吉をチラッと見た。デミグラスソースが染みついたプラスチックスプーンを、たっぷりと舐めてから肉塊をすくい上げて差し出した。

「はい、あなたにもあげる」

 そのスプーンを自分の口に入れていいのかと、異世界時間に精神を飛ばして、小一時間悩んでからパクリと食らいついた。

「この肉、めっちゃうまいよ。なんていうか、文園の味がする」

「ちょっとー、そういうヘンタイチックな言い方はやめてよね。セクハラなんだから」

 雰囲気にほだされて、津吉はついつい男の本音を言ってしまった。

「わ、わるい。深い意味はないんだ」と本気で反省していた。

「それと、呼び捨てにされるのは、なんか、あんまり気分がよろしくないんですけど」少しばかりブーたれた顔を見せた。

「ええっとう」

 文園以外の呼び方を知らない津吉は、適切な言葉が思いつかない。ヒントを欲していた。

「女子にはなんて呼ばれてるんだよ」

 綾香は額に皺を寄せ熟考してから返答をする。

「ふみちゃん、って呼ばれたことがあるかな。小学校の時だけど」

「じゃあ、ふみちゃん」

 バンと黒テーブルを叩いて綾香が立ち上がった。キッとした鷹の目線で睨みつける。

「キモイわ」

「いやいや」

 おもわず苦笑いする津吉であった。綾香もクスクス笑いだ。

「苗字は他人行儀で味気ないし、まあ、綾香さんでいいかな」

「じゃあ、綾香さん」

「緊急事態のときは呼び捨てになっても、やぶさかではない」

「じゃあ、綾香」

「いまは緊急事態じゃにゃい」

「ニャンコの言葉になっているけど」

「ジャムと、このレバーのパテ、美味しいわ」

 結局、なんと呼ぶべきかハッキリしないままで、津吉はなんだか釈然としない。とうの本人は、そんな状態を楽しんでいるようでもあった。少なくとも機嫌は良さそうである。クラッカーにジャムや肉パテをのせながら、笑顔で食べていた。

 そのフランス軍戦闘糧食は兵士一人の一日分なのだが、二人は飲み物以外を食べ尽くしてしまった。

「もうお腹いっぱい」

「俺なんて、自衛隊の弁当まで食べきっちゃったよ。うまかったけど」

 ふふふと、綾香は胸を張る。

「まあ、女の子の手作りお弁当を食べられたんだから、天にも昇りたい心境でしょうね」

「手作りというか、手並べ」と言った途端、太ももの肉をギュッとつねられた。「いててて」と、今度は本気で痛がる。

 漏らすくせに意外と暴力的な女だなと思った時、津吉は異変に気づいた。

「ヤバい。誰か来る」

「え、うそ」

 隣の生物室に人の気配があった。連絡ドアにはめ込まれたすりガラスの向こうに、人影が見える。

「文園、いや、綾香さんが俺と一緒にいると、ちょっとマズいんじゃないか」

「かなりマズいに決まってるでしょう。津吉は隠れて」

「隠れるったってどこに。てか、ファーストネームで呼び捨てかよ。いや、それよりもここから出て行ったほうがいい」

 準備室から廊下へ出ようとする津吉の腕を、綾香がぐっとつかんだ。

「もう間に合わない」

 津吉の体を無理矢理しゃがませると、黒テーブル下の引き戸を開けて、その中に押し込めた。「狭い暗い」と小言を吐き出す男子にマグカップを持たせて扉を閉めた。と同時に、生物室と準備室間の連絡ドアが開いた。

「あれ、人がいたんだ」

 入ってきたのは井沢茜である。ほかにも女子がいたが、生物室でなにかをしていた。

「文園さんじゃないの。なにしてんの」

「なにって、ほら、お昼ご飯を食べてたんだよ」

 テーブルの上には、空になった容器が雑然と放置されていた。校内きっての美少女が、すっとぼけた顔をしている。

「そうみたいだけど、なんか、いっぱいあるけど、これって一人で食べたの」

 誰かと一緒なのではないかと、感のよい女子はさっそく勘ぐってくる。

「一人一人、もちろん一人。ほら、わたしって、けっこう孤高じゃん。孤高のランチを楽しんでいたんだ。現代社会で腹を満たす自由な孤高JKみたいな」

 なにを言っているのか自分でもわかっていなかったが、とにかくテキトーな言葉を並べて誤魔化そうとしている。 

「へえ」

 井沢茜は、なんらかの感情を示すように目を細めて、さらに誰もいないことを確認するように黒テーブルを一周した。

「そういえばさあ」

 綾香は、すました顔で紅茶を飲んでいる。マグカップの中身はすでにカラなのだが、わずかな湿り気をしつこくまさぐっていた。

「両玖勘吉のバカいるじゃん」

「両玖津吉、ね。うんうん」

 それではあのアニメのキャラになってしまうと心の中で呟きながら、それとなく訂正する綾香であった。 

「あのバカをさあ、どうやってシメようかってみんなで相談しているんだけど、おもしろいアイディアがなくてさあ」

「へえ、そうなんだあ」

 綾香の眉毛がピクッと動いたが、幸いにも気づかれることはなかった。

「文園さん、すごい被害者じゃないのさ。金魚の臭い水ぶっかけられてさあ」

「いや、まあ、ほんと、あれにはビックリしたわあ」

 ずずずっと紅茶を飲むフリをしながら、芝居かかったため息を漏らす。

「ねえ、なんか臭くない?」

「え」

 二人の周辺に、ある種のニオイが立ち込めていた。黒テーブル下の引き戸が一センチほど開いており、そのすき間から漏れ出ていた。

 津吉のオナラだとすぐにわかった綾香だが、この部屋に彼が存在していることを疑われてはいけない状況だ。恥を忍んで冤罪を被るしかないと考えた。

「ご、ごめんなさい。ちょっと、しちゃったみたい。そ、そのう」オナラと、申し訳なさそうに言った。

「え、マジ」

 驚いた顔の井沢茜だが、すぐに不穏な表情を見せる。

「へえ、文園さんでもオナラするんだあ」

「ま、まあ。キンピラを食べすぎて、お腹にガスが溜まっているみたいなんだ」

「しかも、すかしっ屁って、ぎゃははは」

 遠慮のない爆笑であった。

「すごいよね。あの文園綾香がすかしっ屁をするって。ただのオナラじゃなくて、すかしっ屁だよ。なんかキャラに合わなくて笑えるわ」

「ハハハハ」

 綾香は、冷や汗をかきながらも笑ってやり過ごそうとする。足元に隠れている男子に、この代償はすんごく高くしてやると女の嗜虐心がざわついていた。

「クラスのみんなに言っちゃおうかなあ」

 あきらかに敵意のある発言だった。もちろん、弱気になって懇願したり卑屈になったりする綾香ではなかった。

「どうぞ、ご勝手に」

 ブヒッ、と一発臭いやつをかまして、宣戦布告には受けて立つ姿勢を示した。

「ああ、スッキリした。まだまだ出そう」

 ちょっと、おフランス風なオナラ臭に包まれながら、綾香が同級生を見つめる。その視線を顎で軽く掃ってから井沢茜が言う。

「まあ、でも女子ばかりだから意味ないか。男子がもっといればなあ」

 自分の後頭部で両手を組みながら、井沢茜が準備室を出て行った。

「津吉、なにやってんのよ」

 冬眠あけのクマみたいに、黒テーブルの下部からのっそりと出てきた男子に向かって、綾香の剣幕が突き刺さる。

「俺、閉所恐怖症だから、狭いところにいると防衛反応が出ちゃうんだよ」

「どういう複雑怪奇な身体してるのさ。あなたの理屈に合わない生理現象で、あやうくバレるところだったじゃないの。ていうか、わたしが犠牲になったんだからね。辱しめよ、大恥だわ」

 腕を組んでプリプリと怒っていた。

「そういうわりにはケンカ腰だったし、文園もオナラをしたじゃないか。初めて聞いたよ、女子のオナラって」

「文園じゃなくて、綾香さんでしょ。それに、あれはオナラじゃなくて口で音を鳴らしただけよ。わたしが男子の前でするわけないじゃないの。バカなの」

「いや、だって、ほんのりと臭っていたし」

「それは、あなたのニオイでしょ。すっごく臭かったんだから。毒ガスかと思ったわ。きっと腸の中にヘンな虫がいるのよ。フェイスハガーかもしれない」

「エイリアンとかはいないよ。おいしいお弁当を食べ過ぎただけだし」

 組んでいた腕を下げて腰に手を当てた。綾香の機嫌が良くなったようである。

「まあ、出てしまったものは仕方ないわ。人間誰しも過ちはあるし、生理機能に問題があるのは、本人のせいではないし」

「それを綾香さんが言いますか」

 津吉の鋭すぎるツッコミに、綾香は背中を向けて応えた。

 もうすぐお昼休みが終わろうとしている。後片付けを終えた二人が教室に戻ろうとしていた。

「ちょっと待って」と言って、先に綾香がドアを開けた。顔だけを出し右や左を見て安全であることを確認する。

「プレデターとかはいないと思うけど」

「茜が見張っているかもしれないでしょう。二人でいるところをスクープされかねないわ」

「井沢って、そんなに粘着質だったか」

「だから、津吉は女を甘く見過ぎなの。ヘビさんのように執念深いんだから」

「それは目の前にいる女子を見ていれば、なんとなくわかるよ」 

 キッ、と猛禽の視線を浴びせると、津吉は肩をすくめた。

「うん、大丈夫そうね」

 廊下に人の気配がないことを見極めてから、まずは綾香が一歩を踏み出した。

「念のために、わたしの十分後に出てよね。それとゴミの始末もよろしく」

「おいおい、十分経ったら午後の授業に間に合わないだろう」

「男なんだから、遅刻上等って態度を見せなさいよ」

「ただでさえ目をつけられているのに、俺がどんどん不良になっていくよ」

「チャオ」と言って綾香が行ってしまった。津吉は頭を掻きながら、十分が経つのを待つことにした。


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