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 家に帰ると、ココロはリュックを放って洗濯機の中身を引っ張り出し、ぎょっとした。

 ドラムの中に残っていたのはボロ雑巾のように穴だらけになった白衣一つで、他のズボンやパンツ、シャツ等は切れ端が残っているだけだった。唯一形を残していた湿った白衣を掬い、穴に指を突っ込んだ。


「……腐ってたのかな」


 衣服が腐るなんてなかなかない。白衣の胸ポケットに指を突っ込むと、見覚えのあるものを見つけた。表に返してみると、『0056』と刺繍が入ったワッペンだった。

 自分たちが感染者に送った衣服につけるものだ。

 見間違えるはずはない。砕け散った衣服の中で、まだ新しいのはこれだけだ。


「……なんであの人が」


 ココロはワッペンをポケットへ捻じ込むと、白衣を腕に抱えてリビングへまわり、足を止めた。

 起きてきたリチャードが寝惚け眼で、眼鏡をくいと持ち上げながら、倒れたリュックから零れ落ちていた研究ノートに目を通していた。頭の芯が冷えて、全身の毛が立つ感覚にココロは焦った。「リチャードさん! ちょっと待っ――」ノートを取り上げようとした拍子に、足をカーペットに引っ掛け、ピンボールのように冷蔵庫やテーブルに足や頭をぶつけて卒倒した。


「こ、ココロちゃん、だいじょぶかね?」リチャードは目をむいた。

「だ、大丈夫。それより、そのノート」


 ココロは床にぶつけた鼻を押さえた。今の物音で、マリオが二階から降りてくる足音が聞こえた。リチャードは手にしていたノートを一瞥すると、すぐにリュックへ戻した。相変わらず、察しがいい老人だ。


「おい、すごい音がしたが、大丈夫か?」

「平気、ちょっと転んだだけだから。お腹空いてる?」


 ココロは立ち上がり、じんじんと痺れる鼻を啜った。


「いや、腹よりちょっと二日酔いで、頭が痛い」

「薬持ってくから、寝てて」ココロは手をひらひら振った。

「いつもすまんな」


 マリオは親指を立て、リチャードに挨拶すると、部屋へ戻った。

 ココロはマリオが部屋に戻る音を聞き届けてからほっと胸を撫で下ろし、神妙な面持ちのリチャードに、ポケットから出したワッペンを見せた。


「あの、リチャードさん。これが白衣のポケットに入ってたんですけど」


 これはあなたのものではない。

 そう確信したココロの訴えかけるような眼差しに、リチャードは固まった。

 ワッペンを一瞥し、驚いた様子でココロの顔を見て、何かを納得するように頷いてみせると、会った時とはまるで別人のような表情で言った。


「……君達のものだったか」

「少し、お話しませんか?」

「ああ、私も話がしたくなったよ」

「じゃあ、あたしの部屋で」

「えっと、それはどっちの? ココロちゃんが今寝てる部屋? それとも、今私が使ってる?」

「リチャードさんが使ってる部屋」

「わかった」

「二日酔いは?」

「ないよ。それより、コーヒーをいただけるかな」

「淹れますよ」

「ありがとう。ところでその手に持ってる布は、私の白衣かね?」

「ごめんなさい。生き残ったのは、これだけで」

「いいさ、素敵な服も、プレゼントしてもらったしね」


 リチャードは桃色のツナギの襟を引っ張った。

 ココロは白衣を返してリュックを担ぎ、部屋へリチャードを通した。

 キッチンへ戻り、コーヒーを二つと水を一つ、頭痛止めの薬瓶を用意した。自室のベッドでうめいていたマリオに薬と水を注いだコップを届けた。マリオは薬を口へ放り込んで水で流し込むと、ベッドにばたっと倒れこんだ。


「ご飯になったら起こすからね」


 暫く大人しく寝ててね。

 という願いを込め、ココロはマリオの部屋の戸を閉めた。

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