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「どういうことですの! これは由々しき事態ですわ!」


 そう切り出したエミリは顔を真っ赤にし、お嬢様言葉と、もともとの喋り口調をごちゃ混ぜにしながら、犬のようにぎゃんぎゃんと捲くし立てた。心なしか、その声を聞いていた少女がうるさそうに眉を顰めたように見えたが、気のせいだと思いたい。

 ともかく、そんなエミリを落ち着かせるのには苦労した。

 エミリは事情の説明を、執拗にココロに求めた。


「エミリ、これはだな」

「エルマーくんはちっとも悪くありませんわ! もちろんまだ子供のテム君もです! そう、すべてはココロさん、あなたの企てであることはお見通しですわ! 観念なさい!」

くわだてって」


 弁解しようとしたココロも流石に引いた。

 ただ、この状況を見ればエミリでなくとも動揺するだろうし、コロニーの皆に知れればちょっとした事件にもなるだろう。

 だからこそ、責めるなら、吊るし上げるならココロしかしないと、エミリは標的を絞ったのだ。

 ココロがエルマーやテムをたぶらかした。そう思い込みたいというエミリの叫びには、流石にココロも憎たらしさを通り越し、すげえな、と思えた。


「あんた凄いわ」声に出た。

「当然です! お見通しです! こんな『ヤバイこと』を、エルマーくんが主導で、まだブラウニーも出ていないようなテムくんを連れてやっていたなんて思えるわけありません! だいたいここまでの道中も相当に危険でしたわ! 毒蛇はいるわ猪は出るわ毒キノコは生えてるわ!」

「エミリお前、よく無事だったな。俺達ですら会った事ないのに」

「わたくしのような美少女が歩いていたら森の住人だって放っておけるはずありませんわ! そんな当たり前のことよりココロさん、言い訳するなら聞いて差し上げます! 幼馴染の情けで! さあ、仰ってみなさいな!」


 掌を向けられて、ココロはエルマーとテムに目を向けた。

 二人とも、説明はココロに任せる、と両手で差した。

 ココロは嘆息して「どっから話せばいいかな」と頭を掻いた。


「はじめからです! わたくしにもわかるように話すのですよ?」

「わかったよ、じゃ、はじめから」


 ここでしていたこと、これまでしていたことの説明はさておき、感染者に近づいてその習性を調べていたことは正直に話した。『サンセット事件』が全ての発端であることを説明すると、存外エミリは話に耳を貸し始めた。


「サンセット事件って――あなたが男の子達を殴り飛ばした時の、姉妹が感染した事件ですわね」

「先に殴ったのはエルマーだって」

「順番などどうでもよいのです!」

「にしてもあんたよく覚えてるね、もしかしてあの時いたの?」ココロはからっと笑った。

「いましたとも、あなたたちが怪我でもしたらと思って、見守っていました」

「実際したよ、怪我」


 被害にあった姉妹の絵を下手だと笑った男の子達に殴りかかったエルマーと、加勢したテムとココロが暴れた現場に、エミリもいた。

 当時のエミリは内弁慶なところもあって、乱闘に参加するほどの気の強さは持ち合わせていなかったが、影から三人を応援していた。けれど、気持ちは同じだった。そこに自分が入れなかったことを思い出し、エミリは不満そうに眉間に皺を寄せた。


「ま、とにかくあれがきっかけであたし達は感染者に興味を持った。それでラン兄ちゃんに色々教えてもらって、研究を始めたってわけ。これがそのノート」


 ココロは三人で作ったノートをエミリに渡した。

 エミリはその内容に目を通し、感染者に魂や記憶があると思われる記録に信じられないと微かに目を眇めた。胸に湧きあがった怒りとも、悲しみとも、疎外感ともいえない複雑な感情に、エミリはもやもやした。

 暫くして、エミリは深く息を吐き、ノートを閉じた。


「つまりエルマーくんは、かの痛ましい事件の原因を探るために、何か役に立てないかとこの研究をはじめた、ということですわね?」

「まあ、大体そんな感じだ。実際はそんなかっこいいもんじゃないけどな」

エルマーが答えると、エミリはノートを手にしたまま長いこと口を噤み、次第に表情は険しくなっていった。導火線に火が点いた爆弾のように、今にも爆発しそうだ。

複雑な想いはともかく、最終的にエミリの感情は一つの言葉に集約された。

「でしたら、なんでわたくしを誘ってくださいませんでしたの!?」

「そりゃ――」


 あんまり遊ばなくなったし、とエルマーが真実を語る前に、ココロが慌てて遮った。


「エルマーがほら、エミリを危ないことに巻き込みたくないってね」


 ココロは言いながら、テムに「乗れ」と手で合図した。テムは忙しなく頷いた。


「エルマーくんが、わたくしの身を案じて」

「え、っは!? 俺そんな――いってで」


 ココロに尻をつねられ、エルマーは顔を歪めた。


「そうそう、そういうことよ。だからエミリは誘わなかったわけ」

「何故ココロさんは一緒に?」

「あたしはほら、あんたより繊細じゃないでしょ? モペッドとかいじれるメカオタだし」


 ココロが言うと、エミリは疑り深い目を向けて来たが、何を疑われているかはわからなかった。

 しかしエミリは納得し、ノートを差し戻した。


「いいでしょう。たしかにそのノートとその子を見る限り、危険はなさそうに思えます」

「そこについては訂正しとくぞ、危険がないわけじゃない。この子はかなり例外っぽいんだ。だからこの子を最後にしようと思ってるから、エミリも大人達には黙っておいて欲しいんだ、俺達だけの秘密ってことで……ダメか?」


 エルマーが言うと、エミリは乙女の表情になって唇を尖らせ、爪先で足元に生えた草をファサファサと蹴った。


「それはつまり、わたくしも仲間に入れてくれるということですの?」


 エルマーは「っえ!?」という顔をしたが、ココロとテムがもうこれ以上は無理だと両手を上げると、溜息を飲み込んで頷いた。


「もちろん、今日からエミリは俺達の、四人目の仲間だ」


 それを聞いてエミリはご満悦な表情を浮かべ、ココロに向けてどうだと言わんばかりに胸を張った。


「命拾いしましたわね!」

「うっざ」


 ココロは吐き捨てるように言ったが、浮かれたエミリには聞こえていなかった。

 ひとまず話が纏まると、四人は感染者の少女をどうするかを話し合った。

 今日はもとより、感染者を捕らえる罠を回収する為に来たので、実験をする為の道具を持ち合わせていない。ので、今日のところはトラバサミの回収を済ませ、解散することにした。


「仲間になった最初にするのがゴミ拾いなんて」

「文句言わないの。仲間になったんだからちゃんとやって」


 仕方ありませんわね、とエミリは嘆息し、トラバサミの回収を手伝った。


「それにしても、これあなたが作ったんですの?」

「ああ、ゾンビホイホイ。そうだよ」

「物騒なもの作りますわね、こんなもので捕まるんですの?」


 エミリがトラバサミを持ち上げて訊くと、ココロはトラバサミから縄を外して分別した。


「捕まえてたの。色々な方法考えたんだけど、一番楽で確実なトラップがそれだったってだけ」

「こんなもの作る暇があるなら、わたくしの自転車、いい加減モペッドにしてくださりませんこと?」

「……わかったよ」


 仲間になった以上はエミリのモペッド製作も前向きに検討するとココロは伝えた。

 エミリは上機嫌になり、にこにこと笑顔が絶えなくなった。

 大人しくなったはいいが、今まで見たこともないくらいに機嫌がいいのでちょっと気味が悪かった。


「よし、とりあえず全部詰めたし、帰ろうぜ」


 二つのリュックにぎっしりとトラバサミのパーツを詰め込み、エルマーが言った。


「もう帰るんですの? わたくし来たばかりですのに」

「あたしたちもこんなつもりで来たわけじゃなかったから準備不足なんだよ、続きは明日」

「せっかくお洋服を台無しにして追いかけてきましたのに」

「収穫はあったじゃない。あたし達と秘密を共有する仲間になったでしょ? それに、実験に必要なものとか、心構えとか、色々覚えなくちゃいけないわけよ、あんたは」

「……仕方ありませんわね。それで、誰がわたくしにその指導を?」


 エミリが両手を開いて視線を配ると、エルマーはココロに目をやった。


「あたし、か」


 文句を言うかと思ったが、エミリはすんなり納得した。


「しっかりお願いしますわよ」

「わかってるよ、あんたが感染者になったら困るしね」


 ココロは降参するように両手を挙げた。

 エルマーは一度感染者の少女に目をやると、もう一度念を押した。


「いいかエミリ、このことは誰にも言うなよ。家の人にも、絶対に秘密だ」

「もちろん、心得ております。そんなに心配なら、いっそわたくしから目を離さないという手もありましてよ?」


 エミリが言うと、エルマーは顔を顰めた。

 言葉の意味が理解できていない顔だった。

 四人は少女がこの場所から遠くへ離れ過ぎないよう祈りつつ、「また明日、ここに来るから待っててね」と伝えるだけ伝え、その場から移動した。山中を歩き、モペッドの元まで戻る間、エルマーが脇までやってきて声を潜めた。


「ココロ、エミリって大丈夫か? すげえ口が軽いイメージなんだけど」

「それは大丈夫。自慢話に関しては口が軽いけど、秘密を言いふらすような子じゃないから」

「そうか。お前がそう言うなら大丈夫だな」

「あんまり信じられても困るけどね」

「頼むって」


 そういう気持ちにもなるよね、とココロは遠い目をした。


「それにしてもエミリ、どうやって追ってきたの?」

「そんなの簡単です。草葉に残った足跡を追ってきたんですわ」


 ココロ達は自分達が今歩いて来た道を振り返った。

 土がむき出しになった場所ならたしかに足跡は残っているが、そんなの注意して見なければわからないほど微かなものだ。廃工場までの道のりは、雑草の生えた道も、背の高い草が生えた場所も多くあった。そこから正確に自分達の足跡を辿ってきたのかと想像すると、エミリの能力は恐ろしい。


「すげえ、エミリの姉ちゃんがやったのって狩りか何かの技術?」

「トラッキングという追跡術です、人が歩いた様々な痕跡を見つけて追跡するんです」

「俺にも教えてくれる? 上手になるコツはあるの?」

「それにはまず、素敵な恋人を見つけることが先決ですわね、テムくんにはまだ早いかもしれませんけど」


 テムはエミリがその追跡術を体得した経緯にエルマーが絡んでいると察して言葉を失った。

 三人はモペッドに跨った。エミリは有無を言わさず、ココロの後ろに乗った。


「なんであたしのとこ? エルマーに乗せてもらえばいいじゃん」

「気が利きませんわね、重い女って思われたらどうするんです? わたくしショックで眠れませんわ」


 そんなん既に重いわ、とココロは溜息を吐き、エンジンを始動した。

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