38

 女の子がかかったという罠は廃工場の敷地内で、ちょうど屋根が残った陰に仕掛けられていた。

 建物の天井は殆どなくなって太陽の光りがあちこちから差し込んでいるが、そこだけは一日中影ができ、感染者が来るかもしれないと罠を張ったポイントだった。

 駆けつけると、ココロは顔から血の気が引いた。


 罠に嵌っていたのは薄汚れた白いワンピースを着た十歳くらいの女の子だった。

その子はトラバサミに足を挟まれて地面に座っていて、片手にはブリキの玩具を握っていた。空いたもう片方の手でトラバサミを触っているが、外れそうにはない。下に向けられた顔は、雨風に汚れた長いブロンドの髪が隠していた。


「ちょっと、大丈夫!?」


 駆け寄ろうとしたココロの腕を、「待て!」とエルマーが掴んだ。


「なによ、早く外してあげないと」

「よく見ろよ、感染者だ」


 ココロははっとして、もう一度少女を見た。

 少女はトラバサミを片手で外そうとしているが、仕組みが理解できていないのか、見たこともない物に戸惑っているのか、触ることはあっても外すまでには至らなかった。ただ、その仕草には思考力が感じられた。


「見間違うのも無理ないぜ、俺も一瞬、普通の女の子だと思ったからな」

「……ごめん、ありがと」

「いや、それにしてもびっくりだ」


 ココロが落ち着くと、エルマーは手を離した。

 様子を見ていると、ようやく少女がこちらに目を向けた。

 その瞳は、うっすらと緑がかっていたが、虚ろだった。小さな口を開けて声を出した。高くて、可愛らしくも聞こえたそれは、たしかに感染者のものだった。擦れていて、弱弱しい。


「参ったな、最後の最後にこれかよ」


 エルマーは深々と、悩ましげな溜息を吐いた。

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