36

 北東側にあるゲート守衛室の脇の壁に、エミリがモデルを担当したポスターが貼ってあった。


「な、なんだこれ」


 エミリから逃げてきたはずなのに、目の前にその顔があって驚いた。


「ああこれな、すげえだろ、昨日彼女が持ってきたんだよ。効果あるかはわからんけど、飾っとくだけでも絵になるから一応な」


 眼鏡を掛けた若い守衛――タイザが言うと、エルマーはポスターを指差した。


「効果ってなんの?」

「隊員募集って書いてあるだろ。今彼女モデルやってんだ。知らなかったのか?」

「モデルって……ココロは知ってたのか?」

「あたしも昨日知った。そのポスターだって昨日リガーさんとこで見せられたし」

「ま、なんにしてもこれで少しは隊員が増えてくれればいいんだけどな」


 タイザは言いながら、記入用紙を挟んだバインダーを差し出し、眼鏡を外して背中を伸ばした。


「タイザさん一人? 相方は?」

「腹壊して便所こもってる」タイザは親指で後ろを指した。

「そろそろテムが十三歳になるからさ、よかったらスカウトしてよ」


 エルマーが言うと、タイザはテムに「うちに来るか?」と誘った。


「面白い?」テムが訊いた。

「鉄砲撃てるぞ」

「やるよ」


 テムが即決すると、タイザは愉快そうに笑った。


「男の子だな。ま、守衛やりたがる奴ってたいてい銃が目当てだったりするからな。でも最初の訓練以外じゃ滅多に撃つことないから、飽きて辞めちまう」

「それはわかる」エルマーは実感を込めて言った。

「そんなつまんないんだ」


 ココロが訊くと、タイザは眼鏡のレンズに息を吐きかけ、磨き、かけた。


「実際、声をかけるほどのアピールポイントがないんだよ。ここ来るとだらけるって、やらせたがる親も少ない、事実だから俺達も強く誘いにくいしな」

「でも、最初は面白かったよ。銃の使い方教わったり、巡回とか、非常時の訓練とか」

「そこがピークだ。そっからは退屈な日常が続く」

「だからエルマー辞めたんだ。つまんなくなって」

「覚えること覚えたから辞めたんだよ」


 もっともらしいエルマーの言い草にタイザは笑った。


「それで、三人ともまた何しに行くんだ。外なんか何もないだろ」

「山遊び」

「山遊びって歳かね」

「エネルギー有り余ってるんだよ」

「コロニーの中でやりゃいい。人工林って言ったって殆ど自然のもんだ」

「あそここそ俺達みたいなのが居たらおかしいって。エミリの父ちゃんが城作っちまったし」

「ああ、あれは傑作だな。俺も休みには妹連れてよく行くよ。そんで召使の役をやらされる」

「妹さんはお姫様?」ココロがペンを回しながら訊いた。

「そうだよ。あのお城の初代お姫様は今じゃモデルだ。妹も憧れてる」

「それ、考え直すように言ったほうがいいね」


 ココロが忠告すると、タイザは小さく笑い、三人に記入してもらったボードを確認して脇へ放った。「まあ、気をつけて行け。もう春だし、山には熊も出る。あ、そうだ。山行くならあれ渡しとくわ」


「ライフル?」テムが目を輝かせた。

「ライフルなんか気休めだ。クマ避けのお守り、鈴。こっちのが実用的」

「ん」かもしれない、とエルマーは顎を引いた。


 タイザが壁にかけてあった大きな銀色の鈴を三つ取った。

 エルマー達はお守りの鈴をベルトに結びつけると、礼を言ってすぐ目的地へ向かった。

 その一時間ほどあと、娯楽品のカタログを捲っていたタイザの元に、エミリが現れた。

 服は乱れ、汗をびっしょりかいていた。エミリは「ごめんくださいな」と守衛室のガラス戸をバンバン叩いた。タイザはガラス戸を開け、どうした、と訊いた。


「エルマーくんたち、ここを通りました?」

「ああ、来たよ」

「どこへ向ったかわかります?」

「山に入ってったけど」

「ありがとうございます!」


 言うと、エミリは仇を追う主人公のような凛々しい顔を山へ向けた。


「ちょっと待て、エミリちゃんもしかして一人で三人を追いかける気か?」

「心配には及びませんわ。こう見えてもわたくし、ストーキングは得意ですの」

「得意ですのって――ちょちょ、記入っ、おい!」


 タイザは慌ててバインダーを手に追いかけたが、エミリは素早く、追いつくことすら出来なかった。タイザはバインダーをぽんと叩くと、首を小さく振り、ココロの忠告を思い出した。


「……たしかに、妹にはああなって欲しくないな」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る