第四話 七人目の可能性と四人目の仲間
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翌朝、泥酔して泥のように眠る老人二人を家に残し、ココロは出発した。
『北の山(ノースマウンテン)』に仕掛けた『ゾンビホイホイ』の回収の為、北東側の門へと道が通じている居住区のはずれに向った。
その道中――。
「ちょっとぉ、お待ちなさい!」
突然進路上に立ちふさがったエミリに驚き、ココロは咄嗟にレバーを握った。
ブレーキが甲高く鳴り、勢いあまって後輪が浮いた。モペッドの前輪が仁王立ちするエミリの股をくぐったが、彼女は一歩も引く様子を見せなかった。
「うぁっぶないなあ、もう! 急に飛び出してこないでよ! 轢くとこだったじゃん!」
「やれるもんならやってみなさいな!」
ココロは顔を顰めてエンジンを止めると、何か不機嫌そうなエミリを上から下へ見た。
白いブラウスに深い青色のスカート、エナメルの黒いリボン付きパンプスヒールに白いショート靴下と、まるで不思議の国の御伽噺に出てくる少女のように落ち着いた格好だ。
「なに、今日はすっごいガーリーじゃん、それもモデルの衣装?」
訊くと、エミリは鼻を鳴らした。
「そんなことより、昨日のこと、ちゃんと謝罪してくださいまし」
「謝罪?」ココロは口端を上げた。
「しらばっくれないでくださいまし、昨日わたくしのことを置いて行ったことです!」
「あーあれね、連れてかないって言ったじゃん」
「わたくしは待つよう言ったはずですわ、聞こえなかったとは言わせませんことよ」
「待つわけないじゃん」
「それで、あなたはこんな朝からどちらへ?」
「謝罪の話はもういいの?」
「あなたから素直に『ごめんなさい』を聞けるとは思っていませんわ」
「なら聞くな」
「いいから質問に答えなさい」
しつこく訊かれ、ココロはうなじを掻いた。
「今日はちょっと山までね」
「また壁の外ですの? ほんっとに好きですわね、山遊びなら壁内に森があるというのに、何がそんなに面白いのかわかりませんわ」
「エルマーと約束してるんだよ」
エルマーの名前を出すと、エミリは途端に表情を和らげ、うっとりと手を合わせた。
「ワイルドな男性って素敵ですわ」
「あんたの父ちゃんも相当ワイルドだもんね」
「パパ――お父様は理想の男性です。逞しくて優しくて、わたくしを愛してくれています」
「はいはい、知ってるよ」
「そういうことでしたらわたくし、今日は時間がありますの」
エミリは胸に手を当て、さあ誘いなさいとココロの言葉を待った。
ココロは笑顔で「そうなんだ」とこたえ、エンジンを始動し「よい休日を」とモペッドを引いた。エミリはその行く手を遮り、ハンドルを押さえつけた。互いの力が拮抗し、ぷるぷると震える。早朝の町中で女の子二人が睨み合っているものだから、周りの人たちの視線も集まった。
「あなたという人は本当に、油断も隙もありませんわね!」
「あんたはどうして欲しいんだよ!」
「だから、わたくしも一緒に行きたいとさっきから言ってるじゃありませんか!」
「言ってねえじゃん! っていうかみんな見てるじゃん、恥ずかしいから離せよ!」
「いいから、わたくしも連れて行きなさい! これは命令です! これ、後ろ乗れませんの?」
エミリが後ろに回りこんで跨ろうとするのを、ココロは必死に阻止した。
「勝手に跨らないでよ汚れるでしょ! 無駄に力強いなあんた!」
「オーッホッホ! 驚きました? 強さこそ美しさ、ですわ!」
ココロは冗談じゃないぞ、と目線を明後日の方向に移した。
「あ、エルマー」
「うそ!?」
エミリの体からふっと力が抜けたその一瞬の隙を突いて、ココロは走り出した。
「うそだよぉん!」
「あ! このやろ! お待ちなさい! ちょっとココロさん!」
エミリの声を無視して、ココロはモペッドのエンジンとペダルを漕ぐ力を合わせて速度を上げた。エミリには悪いが、研究はもう終わるのだ。いまさら仲間には入れられない。だいたい、あんな服が汚れると機嫌が悪くなるような性質で山歩きなんて出来るわけがないのだ。
「お待ちなさいと、言っているんです!」
「っげ! いつにもましてしつこいな! ヒール折れるぞ!」
エミリは踵で石畳を激しく蹴り、スカートを翻してなりふり構わず追ってきていた。
「オーッホッホ! 今日こそは逃しませんことよ!」
いくらエミリが身体能力に恵まれていても、速度の乗ったモペッドに追いつけるはずがない。
そう高を括っていたが、エミリを振り切るのには実際かなりの回り道を余儀なくされた。
振り返る度、視界のどこかに息を切らしたエミリの姿を見つけ、ココロは亡霊に追い回されているような恐怖を感じた。人や車通りの多い道は沢山の声や音が入り乱れ、モペッドの音なんて微かなものだ。それでも、引き離したはずのエミリは必ず追いついてくる。
ココロはモペッドのエンジンを切ると、ペダルを漕いで逃げ出した。
「もう! なんなのよあいつ!」
エンジンを切ってから、エミリの追跡がぴたりと止んだ。やっぱりモペッドの音を頼りに追い、なんであれば先回りしてきていたのだ。恐ろしい追跡術である。
居住区のはずれで、エルマーとテムが暇を持て余して待っていた。
テムは少し顔に元気がなく、事情を聞いたのだと察しがついた。
ココロはモペッドで駆けつけると、「二人とも急いで!」と出発を急かした。
「人待たせといて急げってお前、どうしたよ、血相変えて」
「エミリに追われてんの」ココロは息を整えながら言った。
「あ? なんでエミリに追われんだよ」
「追っかけてるのは、あたしじゃないと思うけど」ふう、とココロは息を吐いた。
「はあ? じゃあ何追っかけてんだ。夢か?」
ココロは、あんただよ、と喉元まで出かかった言葉を飲み込んだ。
脇にいたテムは察しがついたようで、「あー」と少し大人びた声を出しながらモペッドに跨った。エルマーは「なんだよ」と肩を竦めた。
エミリのわかりやすい程のアプローチは、エルマーには届いていない。それどころか、エルマーはエミリが貴族風な喋り方をするようになったことくらいしか知らない。ブラウニーを出てからは、エミリとは余り顔を合わさなくなったのだ。
「もしかしてエミリのやつ、一緒に来たがってるのか?」
「そ、でもいまさら仲間に入れらんないじゃん。とにかく追いつかれたら面倒だから急いで」
「モペッドで
「甘いよあんた!」
ココロが言うと、「兄ちゃんは甘い」とテムも大きく頷いた。
本気になったエミリなら追ってくる。
「ともかく出発!」
ココロは先陣を切って
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