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「カメラ屋って何するの?」


 ふとカメラ屋の仕事についてよく知らない自分に気づき、ココロは訊いた。そもそもここへは、カメラの修理、フィルムや電池の補充、写真集の受け取り、大好きなものに囲まれ、唯一の趣味友達と言えるリガーとお茶をして癒される以外の目的で立ち寄ったことがなかった。


「カメラの面倒を見ながら、コロニーの活動記録を写真に収めるのがメインになるが、頼まれて色々な写真を撮ることもある」

「結婚式とか?」

「それもその一つ。嬉しいことも、悲しいことも含めて記録を残す。子供の誕生日会に呼ばれたり、結婚式、葬式もだ。ま、コロニーにある写真館ってのは、そのコロニーの記録係みたいなものだからな」

「記録係か」

「どうだ」

「……考えてみるかな」

「ゆっくり考えてくれていい。生きてる間は待つ」

「うん、生きてる間に決める」

「それよりどうだ? 友達とは仲良くやってるのか?」


 リガーが話題を変えると、ココロは写真集を包装紙で包み、麻の紐で縛った。


「悪くはない、と思うけどね」

「いいとも言えない?」

「年中オイルまみれになってたら、同年代の子達のなかでも浮くって。あたしはお爺ちゃんの影響でメカニックやってるけど、普通の女の子は皆お洒落して、花屋とか服飾品関係とか、喫茶とかで働いてる。畑とか牧場で働いてる子達だって、お出かけする時はお洒落するけど、あたしはそうじゃない。ブラウニーに居た頃はみんなたいして変わらなかったのになあ」

「そうしたいのか?」リガーはカウンターに置いたカメラを手に取った。

「そう思わないけど、自分が皆とは違うんだって気はしてる」

「どこを探したって、同じ人間なんていないさ」

「『年頃の子は』ってのがあるじゃん。その辺の男の子に「男女!」ってからかわれても言い返す気にもなんないし」

「たしかにココロは年頃の子達とは少し違うかもしれないが、無理もない」

「フォローしてくれるんじゃないのかよぉ」


 ココロは達観した目で虚空を見つめた。

 リガーはカメラのファインダーを覗き込み、ココロにレンズを向けた。


「見てきた人生が違う。見えてる景色が違う。となれば、見据える未来も違ってくる」

「リガーさんがあたしくらいの年の頃は、どんなだったの?」

「十五の時って言うと、友人はともかく、モテたぞ」

「嘘だよ」


 言うと、リガーは後ろのカメラが飾られた棚に置いてあった写真立てを手に取って、見てみるかと振った。ココロはその挑戦的なリガーの態度に受けて立とうじゃんと席を立ち、写真立てを受け取って、カウンターに背中を預けるように寄りかかった。

 リガーが勝ち誇った表情で笑むので、ココロはその写真に目を向けた。

 この店をバックに駐められた自転車にはラッパが付いていて、景色は今とそれほど変わらない。

 若い頃のリガーが、そのサドルに腰を乗せている写真だった。

 十五歳の頃のリガーは髭もなく、とても端整な顔立ちをした細身の青年だった。

 モテたと言うだけあって、今の気難しそうな表情からは想像が出来ないほどの美青年だ。

 右手にカメラを持ち、左手はジーンズのポケットに突っ込んでいて、少し気取っているようにも見えた。オールバックの髪に、襟のよれたシャツを着て、目線はカメラではなく、横顔を向けるように逸らされていた。ちょっとかっこつけてるんじゃないかと思って可笑しかったが、不機嫌そうなその表情からは神経質なリガーの性格がよく滲み出ていて、どことなく近づき難い雰囲気はこの頃からあったようだった。


「感想は?」

「誰これ、リガーさんの息子?」

「褒め言葉として受け取ろう」

「全然イメージしてたのと違う。もっと湿気ってる感じだと思ったのに」


 ココロはなんだか負けた気がして、納得がいかないと写真をつき返した。


「我ながら、今見てもちょっと照れくさい。だから滅多に人には見せないんだ」


 リガーは写真立てを棚に戻した。


「何で横向いてるの? カメラマン気取ってるの?」

「そう見えるか?」

「見えるね」ココロは断言した。

「なら、気取ってたんだろうな」他人事のように言って、リガーは笑った。

「誰が撮ったの? その写真」

「前の店主さ。ちょっと照れくさい話しだが、その時私はとある女性に恋をしていたんだ……こんなおっさんの恋バナ興味あるか?」

「リガーさんの恋バナは興味ある」


 ココロは楽しそうに笑んで、カウンターのカップを手に取り程よく冷めたミルクを含んだ。

 手痛い失恋話でも聞ければ、ちょっとは溜飲も下がるというものだ。

 リガーはそんなココロの気持を見透かすと、静かに笑んで思い出話を語った。


「このときのことはよく覚えてるよ。私が手に持っていたカメラは、ちょうど自分で働いて貯めたチケットではじめて手に入れたもので、その記念にと、当時の店主が写真を撮ってくれたんだ」

「記念ってこと?」

「ああ、私が不満そうなのは、ここの店主が無理やり、記念だからって外へ連れ出し、カメラを構えたからだ。乗り気じゃなかった。私は撮るのは好きだが、自分が写るのは嫌いでね」

「嫌いなのにポーズ取ったの?」

「気取ってたのさ」


 今度は自分ごとのようにリガーは言って、コーヒーを一口含んだ。


「それで、恋の話は?」

「店主にいい写真が撮れたと渡されて、こう言われた「好きな人に、それとなくその写真を見せてみたらどうだ」ってね」


 わお、ロマンチストだ、とココロは口にせずに笑んだ。

 その恋がどうなったのかが気になるところだ。


「見せたの?」

「見せた。そしたら言われたよ、気取ってるってね」

「ナルシストっぽいもんね!」

「でも、あなたらしくていい写真だと言ってくれて、程なく交際が始まり、大恋愛の末に結婚だ」

「……ただの惚気話だったのかよお」


 ココロは話の落ちにショックを受け、「うおお」っと獣のように吼えた。

 リガーはコーヒーカップを置くと、カウンターに腕を乗せ、ココロの背中に語りかけた。


「私が言いたいのは、例え沢山の理解者を得られなくても、同年代の間で浮いたとしても、たった一人の愛する人、自分を理解してくれる人に出会えれば、人生は輝くということだ」

「ちょっと待って、あたしに恋しろってこと?」


 ココロが言うと、リガーはコーヒーカップを持ち上げて愉快そうに笑った。


「別に恋愛しろって言ってるわけじゃない。ただココロも素材は悪くないんだ、そういう選択肢の広げ方もあるって話しだよ」

「素材はって」

「そこから広がる世界もある。自分から距離を置く必要は無い」

「リガーさんは恋して変わったわけだ」

「恋愛には疎かったから、不本意ながら大して仲良くない連中にアドバイスを求めたこともあった。デートには何処行けばいいのかとか、どんな風に思いを伝えればいいのかとかね、当時は女の尻ばかり追いかけてるバカで低能な奴らだと距離を置いていた連中も、今じゃ誰より私のことを理解しているかけがえのない友人だ」

「いい話っぽいね」

「私の世界は、狭かったんだよ。狭い世界で、いい写真を撮りたいともがいていた。でも今では、私の世界を広げてくれた彼等の結婚式や家族の写真を撮る自分に満足してる。私が動かなくても、周りは常に変化しているんだよ」


 ココロはほんのり甘いミルクを一口含むと、脇にあったカメラのガラスケースに映った自分の姿を確かめた。

 ツナギ服の袖を捲り、右足だけ膝上まで裾を捲っている。片膝を着くときに突っ張るのでそうしているのだが、見ようによってはお洒落で通用するとも思った。しかし根本的に格好が男っぽい。肩紐なしのチューブトップにおへそを出していても、ファッションというには大雑把過ぎるし、恥じらいもない。自分ももっと女の子らしい格好をしてみれば、世界が違って見えるのだろうかと、多少の興味は湧いた。ただ、恋愛となるとあまりにも実感がなさ過ぎてイメージができなかった。


「……ミルクの味はどうだ?」

「ほんのり甘くてあたし好み」

「そりゃよかった。年頃のココロに、ひとつ訊いていいか?」

「どうぞ」

「気を引きたい男の子とかいないのか?」

「いるわけないじゃん」


 ココロが豪快に笑い飛ばすと、リガーも声を出して笑った。

 ちょっぴりいい話をしていた雰囲気も、笑いと一緒に吹き飛んでいった。

 そうしていると、店の外から、「オーッホッホッホ!」とわざとらしい女の高笑いが聞こえてきた。ココロは嫌な予感がして、真顔になった。ショーケース越しに目をやると、店先に自転車を駐め、すらっと長い脚を高く持ち上げて自転車を降りる女の姿が目に映った。

 ココロは露骨にうんざりした。


「なんでエミリが」

「そういえば、彼女も今日だったな」リガーが忘れていた、と目線を上げた。

「今日?」

「頼まれた写真の現像とポスターを受け取りに来たんだ。撮影もする」

「さ、撮影ってなに?」

「彼女いま、モデルやってる」

「モデルゥ? きっもちわりぃ」


 ココロが顔を顰めると、エミリが扉を開けて、「ごきげんよう」と挨拶した。

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