三輪車で後をついて来るココロは、終始無言だった。

 悪いことをした自覚がある時はたいていこうだ。

 だからマリオは、叱るということはあまりしない。本人がわかっていることを、いちいち言う必要はない。それに今回は事情が事情で、一度は喉元まで出かかった説教もココロの気持ちを考えると、とても口にする気になれなかった。


「……頭から湯気が出そうだ」


 マリオは坂の途中で足を止め、茜色に染まる空を見上げながら、ココロが追いつくのを待った。

 こういうのは本来、親の役目だ。

 しかし今のココロには、その叱ってくれる両親すらいない。

 そもそも、二人の帰りが予定よりも遅いことに問題があるのだ。

 マリオは考えた末、追いついたココロに言った。


「ココロ、なるべく家に居てくれないか。二人が家に帰って来た時、誰もいないと困るんだ」

「……いつ帰ってくるの?」


 その問いには答えられなかった。

 予定では一月、長くても二月という話だったが、既に一月半は経過していた。


「とにかく頼むよ。明日からは、お昼までには戻れる。帰ってきたら、爺ちゃんと遊ぼう」

「お仕事は?」

「爺ちゃんの一番の仕事は、ココロのお爺ちゃんであることだ。それなしに工場長である意味はない」


 幸い、今は仕事量もたいしたことは無いし、若い整備士も育ってきている。工場長という立場で一日中工場に居る必要もなければ、人手もじゅうぶん足りている。同僚達はココロの脱走事件を聞いて、「なんなら二人が戻るまで来なくても大丈夫だ」とまで言ってくれたが、その気持ちには半分だけ甘えることにした。

 翌日から、マリオは約束どおり昼前には家に戻った。

 その初日、庭に生えた桜の木にブランコと梯子はしごを作り、ココロに双眼鏡を与えた。


「どうだ、遠くまでよく見えるだろ」


 太い枝に座って双眼鏡を構えたココロは、「ガンツとリッキーがお酒飲んでる!」と言った。


「ガンツさん、リッキーお兄さん、だ」

「うん」

「それがあれば、ここからでも二人が帰って来ることにすぐ気づけるぞ」

「そうだね」


 ココロは頷いて、その日以来、コロニーから脱走することを止めた。しかし、時折ガンツ達の元へ遊びには行っているようだった。二人の厚意にマリオは素直に感謝して、時折ランチバスケットと酒を持って顔を出し、一緒に過ごした。

 ところが、両親は二ヶ月を過ぎても戻らなかった。

 あまりにも帰りが遅いと、二人の行き先を知っていたマリオは自分で探しに行こうとしたが、コロニーの管理人がそれを止めた。


「ココロちゃんを一人きりにさせるのはよろしくありません、お爺様が家を空けてしまっては、それこそ不安に思うでしょう。代わりと言ってはなんですが、二人を探してくれる人物に心当たりがありますので、私から頼んでおきます」


 管理人の提案を、マリオは素直に受け入れた。

 もう少しだけ待とう。

 不安を募らせ、ココロを見守りながら、連絡を待った。

 しかし、こちらから連絡を取っても、「まだ情報は」と進展は見られず、受話器を置いて落ち込む日が続いた。

 そのうち、ココロに両親がいつ帰ってくるか聞かれたらなんて答えようと、そればかり考えるようになった。


 それでも淡々と日々は過ぎ、ココロも次第に両親のことを口にしなくなった。

 それがまた、待つ身としても、見守る身としても辛かった。

 結局、ココロが四歳になっても、ジョンとステラは帰ってこなかった。

 誕生日のケーキに加える蝋燭の本数は一本ずつ増え、家族みんなで過ごすはずだった日々も同じだけ過ぎていった。


 門のほうを向いてブランコで遊ぶココロの姿に、マリオは表情を険しくした。

 子供の成長は止められないし、待ってはくれない。

 このままでは、二人の知っているココロは、どんどん大きくなってしまう。

 その成長の喜びを分かち合える家族が居ないのは、マリオとしても寂しかった。

 けれど、それ以上に寂しがっているのがココロだ。

 空を見上げるたびに、どこかにいる二人に向けて、早く帰って来いと呼びかけた。


「ココロはずっと待ってるぞ」


 わかってんのか、お前ら。

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