工場に平和が戻った。ココロのはしゃぐ声も、仲間達が慌てふためく声もしなくなり、整然と仕事は片付き、湿布の匂いもしなくなった。


「平和だな」


 若い整備士の言葉に、マリオは露骨に機嫌を損ねた。

 グレイスに説教され、工場長としての公私混同にも限界を感じて納得はしたものの、やはりココロを一人ぼっちにさせることはイヤだった。

 マリオは食堂でもシチューを掻き混ぜる動作は荒っぽくなり、行儀の悪い子供のように、スプーンで皿をかちゃかちゃと鳴らした。

 そんな大人気ない態度を見かねた同僚が、マリオの隣に腰を降ろした。


「なあマリオ、あの子を一人にさせときたくないなら、『ブラウニー』に預けるって手もある。どのみち世話になるんだし、事情を説明すれば快く引き受けてくれるよ」


 そう勧められたが、マリオは首を振り、「大丈夫だ」と応えた。


「あそこは託児所じゃない。子供が六歳になったら働く場所だ。あの子にはまだ早い」

「働くって言っても、立派な大人へステップアップする為の訓練場みたいなもんだろ。お前の家はただでさえ町から離れてるし、ココロちゃんだって友達がいなくて寂しいだろ」

「大人のわしらが手を焼いたあの子を、子供達でどうこうできるとは思えないね。この間だって、近所のガキ大将を泣かして帰ってきたんだぞ?」


 たしかに、と納得しかけた同僚はそれでも説得を続けた。


「けどそれだって、同年代の友達が居ないからだよ。仲良くなる方法は、喧嘩しながら覚えていくもんだ。なあマリオ、俺達だってココロちゃんが居なくなって寂しいが、俺達は働くのが仕事だろ。けど、ココロちゃんの面倒を付きっ切りで見ることはできない。そうだろ?」

「そうだよ。お前の言うことは正しい。他にも正しいこと言うか?」

「聞けよ。子供は遊ぶのが仕事で、それに一生懸命だ。きっと帳尻も合うさ。ブラウニーに行けばきっといい友達ができるし、年上の子達も面倒を見てくれる。俺達なんかよりずっと小さい子の面倒を見慣れてるし、時間だって割ける。一番安心して預けられるじゃないか」


 名案ですね、と向かい側でスープを啜っていた若い整備士が頷いた。

 同僚は、そうだろと笑んだ。

 マリオはシチューを掻き回す手を止めて、大きなニンジンを突いた。


「たしかにわしも、昔はブラウニーでお兄さんやお姉さんに遊んでもらった」

「だろ?」

「けど、いじめてきた奴もブラウニーにはいた」

「だとしても、助けてくれたヤツもいただろ?」

「そうだな、そのお兄さんお姉さんも今じゃ墓の下か、わしと同じ孫に骨抜きの爺さん婆さんだと思うと、時の流れってのは恐ろしいな」

「真面目に考えろよ。俺はココロちゃんとお前のことを想ってだな――」

「……名案だが、あの子の両親が戻ってくるまでのことだ。大丈夫さ。ありがとな」


 マリオは同僚の提案を丁重に断ると、皿を持って席を立った。

 実際、ココロは連れて行けとダダをこねることもなく、いい子に留守番していた。

 お昼も一人で食べれるし、ジュースやおやつも沢山用意してある。遊びに行く時は庭先までという約束もした。「いい子で待ってれば、お父さんとお母さんも早く帰ってくる」という言葉も効いたのだと思う。


 何の心配も要らない。


 それでも、車両の整備中でさえ、マリオはココロがどうしているか気になって仕方がなかった。

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