クリスマスのギフト(一般書架)

すぱとーどすぱどぅ

クリスマスのギフト


 僕にとってのクリスマスはみんなとは少し違う。


 僕は経営者だ。

 それも大手ケーキメーカーの役員をしている。


 多くの人々が「クリスマス」という名前のついたイベントに浮かれ、その由来も分からずに過ごしているが、僕はそのおかげで飯を食えているのだ。


 100万個。


 これが、うちの会社で売るクリスマスケーキの数だ。


 ケーキにサンタやトナカイの砂糖細工を乗せる人が多く、客単価が上がりやすい。

 また、ケーキが売れ残ることも少ないから、作った分だけ儲けになる。



 今年はこの期間だけウーバーに出店もしているから、店舗を出さなくても注文を受けられる状態にした。



 ―――抜かりはない。





 僕は独り身だ。


 9か月前に離婚した。離婚する前日まではあんなにラブラブな生活をしていたのに、少しのすれ違いから大喧嘩に発展し、すぐに離婚してしまった。


 喧嘩の理由はなんだっただろう。

 もう忘れてしまった。


 多分些細なことだったと思うんだが…。




 そこで電話が鳴る。

 ―――社用携帯だ。


「大変です! 全国各地のうちの工場で食中毒が発生しました。原因は分かっていませんが、これからニュースに取り上げられるようです」


 どうやら、役員にまで話が回ってくるということは、かなりの大事になってしまったのだろう。


 マスコミが取り上げるのであれば、事態の収拾にはかなりの時間を要するだろうし、信頼の失墜も避けられない。


「分かりました。すぐに本社に向かいます」

 そう担当者に伝え、急いでスーツの上着を持って、車へ向かう。




「寒いな…」

 外に出ると、今年も振らないと思っていた雪が降っていた。


 クリスマスに雪とは……


 これで食中毒さえ流れなければ、今年は相当儲かっただろうに。


 車に乗り込んでラジオをかけると、なつかしいクリスマスソングが流れてくる。


 ああ、この歌懐かしいな…。

 確か、ゆきとカラオケで歌った…………。



 きいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい


 ドゴン!!!!


 気が付くと、俺は赤信号を突っ切り、ガードレールにぶつかり車を横転させていた。



 いってえ……。


 おなかを見ると、鉄のパイプが刺さっている。


「踏んだり蹴ったりだな……」


 血が出ている腹部をおさえてみたが、血が止まる気配はなさそうだった。






 もうすぐ死ぬのか……。


 思ったよりクソみたいな人生だったな……。

 せっかく結婚したゆきと離婚し、今まで尽くしてきた会社もボロボロ。


 神様は俺にギフトなんて永遠にくれない腹づもりだったんだな。




 ああ。だんだんと血が無くなってきた。

 もうすぐか。



 ピリリリリ


 電話だ。

 社用携帯じゃない。


 俺の携帯だ。


 ―――ゆき?


 俺は、震える手で一生懸命通話ボタンを押すと、スピーカーにする。


「もしもし?けい?」


「ああ…おれだ……どうした……?」


「なんか調子悪い?大丈夫??」


「気にすんな……大したことじゃない……。それで……?どうしたんだ、クリスマスに……」


 だんだんと回りが騒がしくなってきた。


 だれかが救急車を呼んでくれてるといいが……。


「あのね。実はけいに隠してたことがあって……」


 なんだろうか。

 不倫してたとか、結婚したとか、そういうことだろう。

 今日はクリスマスだ。


 結婚する区切りとしてはとてもいいだろう。


「なんだ……?もったいぶらずに教えろよ」


 こっちには時間がない。そう言いたい気持ちを声に乗せないように意識しながら話す。





「実は、けいちゃん。わたし、妊娠してたの」


 その瞬間、世界の音がすべて消えた。


「俺の子供か!?」


 痛みなんてない。ただ、体が熱かった。


「そ、そうなの…。ごめん!だまってて!!」



 なんてことだろう。子供なんて絶対いらないと思っていた。

 なのに、いざ出来てみると、たまらなくうれしかった。


「でね、生まれてビデオ通話できるようになったから、電話かけてみたんだ…。女の子だよ」

 そう言って、ビデオ通話がオンにされる。


 画面いっぱいにゆきと小さな赤ちゃんが映し出される。


 ―――天使だ。




 俺の天使。 




 神様からのギフト。





「けい?泣いてるの?? ちょっと、赤ちゃんに顔見せてあげなよ!」


 笑いながら画面上のゆきが語りかけてくる。




 俺も喜びで震える指で画面を操作し、顔を映し出す。


「けい!!それ、どうしたの!?」


 画面の中のゆきの顔が固まる。




 ―――そうだった。俺には時間がない。

 だんだんと寒くなってきた。



「ゆき、聞いてくれ。俺にはもう時間がない。だから最後に話を聞いてほしい」



 ゆきが泣いている。

 最後には笑顔でいてほしい。



「ゆき、俺は君のことが大好きだった。愛していた。だからこそ、これからもその笑顔で、笑って生きていってほしい」


 ゆきは、泣きながら下を向いて何度もうなずく。



「もしできたら、その赤ちゃんの名前を、幸にしてほしい。いつまでも幸せに生きられるように。身勝手かもしれないが、最後のお願いだ」



 俺の言葉に、涙と鼻水でぐしょぐしょにした顔で、ゆきが笑う。


「いつも通り身勝手だね……。わかった」



「ここからは録音押してほしい」


「私、榊圭太さかきけいたの財産は全て、新庄由紀しんじょうゆきとその子供に譲渡してください」


 これでできることは終わった。


 もう体が重い、声も出ない。


 遠のく意識の中、涙でガラガラになった由紀の声が最後に聞こえる。


「わたしも好きでした。ありがとう、けい」



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