第5話

 時は少しさかのぼ念魔ねんまが発生する前の滝山高校たきやまこうこう生徒たちの話である。


「行ってきます!」


 元気よく家を飛び出した彼の名前は武井優たけいゆう、滝山高校に通う3年生である。

 背丈は学年では平均より高い方であり、長くもなく短くもなくというオーソドックスな髪型で、穏やかな彼の人柄を表す優しい顔立ちであった。

 優は元気に家を出たものの、今日の期末テストを考えると足取りが少々重くはある。

 今日も快晴であるが、この極暑ごくしょだけはいかんともしたがい。そのたまらない極暑から逃れるため、一刻も早く学校に着けるように自転車で通学することにした。

 ここまで暑いと体も鈍く、背負っている竹刀しない袋がズッシリと重く感じられる。いつもの通学路を通り、役場の前に差し掛かったところで同級生を発見する。


「おはよう。将也」

「おう! 優、おはよう」


 優に声をかけられた男子生徒の堀川将也ほりかわまさやも、優の方を振り返り挨拶を返す。優より若干背が高く、短めの髪とキリっとした目をもつ凛々りりしい若者で、優の親友であった。


「毎日、たまらない暑さだよな……」


 気の抜けた声で話しかける。


「まったくだよ。それに加えて期末というのもたまらない……」

「ああ、さっさと終わってくれて、優と地稽古じげいこをしたいぜ」


 優も将也も剣術部に所属しており、将也に勧められて優は中学から始めたていた。幼少の時から始めている将也に「筋が良い」と褒められる程の実力はあったが、将也には敵わずでもある。とはいえ、小学生からの親友でもある将也と同じものに打ち込めることは、気持ちが良かった。

 そんな幼馴染といつものように他愛もない話をしばしすると、


「それじゃあ、今日は日直だから一足先に行くよ。また、あとで」

「ああ。あとでな」


 優は将也に右手を上げ、再び力強くペダルをこいだ。途中ですれ違う友人たちにあいさつしているうちに校門が見えてくる。


「たえ子先生! おはようございます!」

「優くん、おはよう!」


 学校手前で自転車を降りた後、校門前で生徒たちを迎えている先生に挨拶をし、自転車置き場へと向かった。


「師匠! おはようございます!」


 優が後ろから聞こえた元気な声の方を振り向く。


「ああ、さっちゃん。おはよう」


 そして、1つ年下で二年生の山口さやかへ挨拶を返す。

 ショートカットの似合う、可愛らしい容姿と、いつも元気いっぱいな性格に、優にとっては自分を癒してくれる貴重な存在だった。


「今日も師匠の自転車はかっこいいですね。それにピカピカです」

「昨日、勉強の合間に磨いたからね。まあ、どちらかと言うと勉強の方が合間になったけど……」

「文武両道ですね!」


 さやかは、優の冗談に笑いながら答えた。


 ――それは文武両道って言うのかな……


 優はそうおもいながらも、中学の頃から何かと声をかけてくれる後輩と共に校舎へと向かい昇降口に到着する。


「師匠、私はあっちなので、ここでお別れです!」

「うん。それじゃあ、またね」


 別れの挨拶をすると、優は上履きに履き替え、さやかのほうに目を向けた。

 彼女はいつものように、男女関係なく、笑顔で挨拶をしながら談笑している。自分が特別に彼女から慕われているのかと想うと、


 ――みんなにもそうなんだよなあ……


 と考え直すことには慣れてしまっている。

 人知れずにため息をつきながら、優は自分の教室に向かい、


「おはよう!」

「おはよう、優」

「おはよう、優くん」


 挨拶強化週間でもあるが、いつも通りにクラスメイトと挨拶を交わしながら教室に入ると席についた。


「智、おはよう。テストの準備はどう?」

「今回は、怠けてしまってあんまりできていないかな……」

「毎度、そう言いながらもあの生徒会長と常にトップを争っているのは、さすがに俺たち滝山高校の軍師殿だ」

「軍師は大げさだけど、分析とか嫌いじゃない方だと思うから。それに優だって別に成績は悪くないんだからさ」

「智にそう言われると、自信を持って良いのか限界を知るべきなのか……」


 前の席に座る、荻野智おぎのさとると談笑しながら、予鈴が鳴り机の上に筆記用具を準備する。

 ふと窓から外を見ると、そこには雲一つない抜けるような青空が広がっていた。こんな空を見ると大切な何かを想い出せそうで、たとえ錯覚だとしても小さな幸せでもあった。



         ♢



「はい、そこまで! ペンを置いて。これから答案を回収します……これで期末テストは終わりです。今日はホームルームがないので、みんな気を付けて帰ってね」


 担任のたえ子の合図で最後のテストが終わると、答案が回収された生徒たちは帰宅準備を始めた。


「智、お疲れ! また明日!」

「うん、優もお疲れさま。部活頑張って」


 優は智にさよならを言うと、ロッカーから竹刀袋を取り出し、剣術部のある道場へと向かう。


 ――よし! テストの憂さ晴らしを思いっきりしてやる!!


 頭の中はテストのことから、稽古のイメトレに早々と変わっている。校舎を歩いていると、校庭の方から大きな声が幾度か聞こえてくる。


 ――テストが終わって開放感いっぱいなんだろうな


 それにしても随分とはしゃいでいるとは思ったが、特に気にも留めずにいると、携帯の緊急速報が鳴り響いた。

 何度か繰り返される緊急速報には、簡単に言えば、念魔が人を襲い、人が襲われると人魔じんまとなりさらに人を襲う可能性があるということであった。


人魔じんま?」


 念魔については授業も含め、その生態や対応方法を学ぶが、全く聞きなれない「人魔」という言葉を読み返した。

 いたずらなのか、でも緊急メッセージだから真面目な話なのかと、優は半信半疑となりながら、コネクトを使い家族や友人にメッセージを送りながら歩き続けた。

 そのまま校舎と体育館や道場を繋ぐ渡り廊下にさしかかり、ふと校庭を見ると、


「え!?」


 思わず声が出た。

 目の前では生徒が念魔と争っている。


「念魔が即座に発生しているのか……しかも、こんなにも」


 優は、竹刀袋から木刀を取り出し。念魔へと全力で駆け出す。

 校庭へ出ると目の前に悪夢のような状況がありありと開がってくる。辺り一面が念魔と、逃げ惑う生徒、生徒を誘導する先生でいっぱいになっている。


「ジリリリリリ!」けたたましく非常ベルが鳴り、『念魔が発生しています生徒は校舎内へ逃げてください』とアナウンスも流れている。

 避難場所にもなる校舎内の結界は強力であるため、急いで生徒たちを校内へ避難させる。

 だが優は目の前で念魔から襲われ振り払っている生徒に向かって駆けた。


「たぁぁぁぁぁ!」


 全力で念魔を薙ぎ払う。彼の木刀は微かな光を帯び、その木刀に薙ぎ払われた念魔が霧散むさんしていく。


「校内へ逃げるんだ!」


 襲われて倒れていた生徒へそう言い、念魔へと再び向き直す。


 ――確かに、霧を叩くような感覚だ。けれど、教わっている通りでもある


 こうして払っていけば倒せるのではないかと思ったが、それは甘かった……。実体を持った念魔である獣魔じゅうま魔人まじんまでもが現れていた。結界の中であるため、通常より小ぶりではあるが、現れることが異常事態であった。


 ――獣魔や魔人までも? とにかくみんなが逃げる時間を稼げば良い。負けない戦いならやりようがあるはずだ。


 考えを巡らしながら校舎を見ると、目線の先にさやかが立っている。さやかは校舎に逃げ込む生徒へ声をかけながら、校庭で孤軍奮闘している優に気が付くと校舎の奥の方へと駆け出し消えていった。


 「…………」


 別に一緒に戦ってくれと願ったわけではなかったし、むしろ逃げて欲しいともおもっている。けれど、一目散に消えっていった彼女の姿に何とも言えない複雑な想いも生じてきた。


 どれほどの時間が経ったか、獣魔の攻撃をしのぎつつ、何体かの念魔を退け、校庭の先に目を向けると優は大きく一呼吸を置いた。自分には逃げる選択肢はない。逃げる生徒へ襲い掛かる獣魔がいる。とにかく注意を自分に向けなければならない。


「おーーーーー!」


 優は叫んだ。その声に気が付いた獣魔たちが、優の方へと向きを変え群がって来る。


 ――みんなが校舎に逃げ込むまでで良い。引き付けて時間を稼ぐんだ!


 心の中でそう言いながら決意を固めると、足を踏ん張り木刀を構えた。


                                第5話 完

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