第30話 幸せは花の香りに満たされて②
台風の心配もなく、よく晴れた爽やかな気候の下で鈴木夫妻の結婚式が行われた。
ーー竜胆は準備を終えた会場で、鈴木夫妻と対面していた。
「いかがでしょうか」
「素晴らしいです!」
「本当に……! なんて言葉にしたらいいのかしら」
挙式に先駆けて会場確認に来た鈴木夫妻は、装花を見るなりそう言った。
竜胆が手がけた装花は、デルフィニウムとスイートピーを中心にグリーンをあしらい作り上げたものとなっている。
二人が座る高砂前は花をただ盛るのではなく、大小様々なフラワーグラスを並べてそこに花を生ける手法を取った。グラスに注がれた透明な水があえて見えるようにバランスを考え、スプレー状に広がって咲く青と水色のデルフィニウム、白いスイートピー、そしてグリーンを適度に添える。各テーブルにも丸いグラスに同じ色合いの花を生けた。
「こちら、ブーケです」
「わぁ……!」
ふわふわとしたブーケは目に鮮やかなブルーの色合いで、小さな星のような形の花は一輪一輪が小さいため、可憐な印象を与える。ところどころに飛び出した花は無造作に見えるが、全て竜胆が計算して作り上げていた。
秋の木漏れ日が会場内を満たし、花々に優しい日差しを落としている。まるで陽だまりでくつろいでいるかのような、のどかで幸せに満たされた空間。
二人は感極まった様子でブーケと式場を眺め、それから竜胆に頭を下げてくる。
「担当を引き受けていただきありがとうございます」
「最高の一日になりそうです」
「こちらこそ、お二人のお手伝いができて光栄です。改めてご結婚おめでとうございます」
水色のデルフィニウム、その花言葉はーー「あなたを幸せにします」。結婚式にぴったりの花。満開のデルフィニウムに囲まれながら、二人は咲き溢れる花よりさらに美しい笑顔を浮かべていた。
お辞儀をした竜胆は、控室に準備をしに行く二人を見送った。竜胆の背後には、織本と母がいる。
「ご納得いただけてよかったですね」
「若い二人の幸せな姿を見ているだけで気持ちが若返っちゃうわ」
「行こう」
くるりと会場に背を向けた竜胆は、そのままスタッフ用の出入り口から外に出る。
「式、見たかったなぁ」と言ったのは織本だ。
「残念ながら俺たちはもう撤収だ」
式場の花全てを取り扱ったので用意した花材はなかなかな数だった。塩崎生花店の軽バンには乗り切らなかったため、急遽蓮村にも車を出してもらい、織本と母にはそちらに乗ってもらった。「高くつくよー」とヒラヒラ手を振り去って行った蓮村に、今度何かを奢らなければならないだろう。
装花一式を届けたらもう竜胆たちの仕事はおしまいだ。店に戻って店の仕事に戻る必要がある。
「もしかしてアンタ、今から店を開けるつもり?」
「当たり前だろ」
「臨時休業の張り紙は貼ったんだし、休めばいいじゃないの」
「ダメだ」
母の意見を却下する。そうして竜胆は、晴れやかな気持ちで言った。
「花が必要な人が来るかもしれないだろ」
花を求める人が来るかもしれない。その可能性がある限り、竜胆は店を開け続ける。
後日竜胆の元に鈴木夫妻がやって来て、装花に関するお礼を改めて言われた。
その際に手渡されたのは、披露宴の写真だ。
何枚かの写真から、結婚式の様子が伝わってきた。
真っ白なウエディングドレスと青いブーケの組み合わせ。
青空の下で舞い散るフラワーシャワー。
会場を彩る花々とそこに現れたお色直しをした二人。
写真の最後の一枚には、高砂に座る二人の側にそれぞれの両親が立っている。母親が持つ花束は、依頼を受けて竜胆が作り上げたものだ。会場装花と同じくデルフィニウムとスイートピーを束ね、そこに白いカラーも混ぜて作った花束は、この幸せな空間により一層の美しさと華やかさを添えている。
ふと写真を見る竜胆の胸に素朴な疑問が湧き上がってくる。
人はなぜ、人生の節目に花を贈るのだろう。普段は花になど気にも留めない人たちが、誕生日に、記念日に、卒業式に、入学式に、結婚式に、あるいは入社祝いや退社の折に、そして亡くなり天へと昇り土に還るその時もーー必ずと言っていいほど花を添える。
それはきっと、儚い人の一生の輝ける時に彩りを添えるべく、同じく一瞬の美しさを見せる花を贈りたくなるからだ。美しいのはわずかばかり、すぐにしおれて枯れてしまう花を贈るのは、その時輝く人により美しくあってほしいと願うからだ。
人の一生は永劫ではない。のみならず、短い一生の中でさえ喜びは長くは続かない。
しかしはなむけに花を贈ることで、新たな門出を祝うのだろう。死せる人には、これまでのことを思い出し、万感の想いを添えて。
「ありがとう」「君に幸あれ」ーーそんな気持ちを、花に込めて。
そう考えると、竜胆の仕事というのは、なんと贅沢で幸せで、責任重大なものなのか。
誰かの大切な瞬間に立ち会えるというのはこの上ない喜びだ。
人と人とを花によって笑顔で繋ぐーーそうした人生を送れていることに、感謝の気持ちを持って、これから先も花に携わる仕事をしていこうと竜胆は心に誓った。
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