第21話 新郎新婦の願いとデルフィニウム①

「すみませんっ、告白が成功する花って売ってますか!?」


 竜胆がそんな相談を受けたのは、高校三年生の秋の頃だった。

 当時の竜胆はすでに春からパリに行くことを決めていて、周囲の受験戦争とは無縁の状態にいた。とはいえ竜胆の通っている園芸高校は普通科の高校とは違いやや特殊で、大学進学は三分の一程度、あとは就職したり専門学校に行ったりと様々だ。

 そんな竜胆は放課後、塩崎生花店の手伝いをしている。既に植物に関する一通りの知識を持っていたし、実際に店に立っている方が何かと勉強になる。それに、小遣い稼ぎにもなってちょうどいい。

 しかし、なんつーアホな相談だよ、と内心で思った。

 告白が成功する花があるならば、竜胆だって欲しいくらいだ。竜胆はつい先月、付き合っていた彼女にフラれた。「私と花、どっちが大切なの!?」と泣きながら詰問され竜胆はとっさに何も答えられなかったのだ。その竜胆の態度にショックを受けた彼女は、泣きながら平手打ちをして走り去っていった。それから口を聞いていない。向こうはあからさまに竜胆を避けていた。せめてクラスが違うのが幸いだ。

「花に真摯に向き合う姿が好きなの」といって告白してきたのは彼女の方だというのに、解せない話である。

 そんなことを思いながら、竜胆は目の前の客をしげしげと見つめた。

 歳の頃は竜胆より少し上、二十代前半の大学生だろう。なんというか、スズランみたいな男だった。つぶらな瞳がキラキラしていて、それがスズランの小さな白い花に似た形をしている。


「えーっと……告白が成功する花はありませんけど、告白と一緒に花を贈れば喜ばれるんじゃないですかね」


 竜胆は、売り上げが上がればいいという思いからそんな提案を口にする。実際、花を贈られて喜ばない女性というのは少ないだろう。自分では買わないからこそ、花は貰うと嬉しいものである。まあ、告白が成功すればの話だが。失敗したらその花がどうなるのかはあまり考えたくない。

 男性客は食い気味に質問を重ねた。


「なるほど、じゃあ、どんな花がいいですか!?」

「お相手の好みの色とか花の形とかはありますか」


 もしも今が春ならば、竜胆はこの質問をせずまず間違いなくスズランを薦めていた。何せこの男性客にスズランはよく似合うし、花言葉も「清らかな愛」「溢れ出る美しさ」など告白にピッタリなものだから。

 スズラン似の男性客は首を傾げる。


「そうだな……色は青が好きと言っていました。それから、派手なものよりは素朴なものの方が好きで、華美は好みません」

「であれば、デルフィニウムはいかがでしょうか」


 竜胆はフラワーキーパーからスプレー状にたくさんの花を咲かせる水色の花を取り出した。


「デルフィニウムは『花嫁が青いものを身につけると幸福になる』という逸話から結婚式でもよく使われる花で、特に青や水色のデルフィニウムの花言葉は『あなたを幸せにします』。告白にはピッタリではないでしょうか」


 塩崎がすらすらと説明すると、男性客は感心した声を出す。


「なるほど! じゃあ、そのデルフィニウムで花束を作ってください」

「ご予算は?」

「えーっと……いくらくらいが相場ですか」


 竜胆は眉を顰めた。よく人に「怒ってるの?」と聞かれる表情なのだが、別に怒っているわけではなく悩んでいる時の癖だった。

 通常、プレゼントだと三千円から五千円くらいで花束を依頼されることが多い。

 だが、この場合はどうなのだろう。

 そもそも相手との関係性や状況などによっても変わってくる。

 告白相手がほとんど喋ったこともないような人なら、あまり気を遣わせないように一輪程度にしておく方がいいだろうし、逆に旧知の仲で両思いが確定していて、誕生日などに渡すのであれば豪華な方が喜ばれるだろう。


「失礼ですけど、お相手の方との関係は?」

「大学のゼミが一緒で、何度か二人でも遊んでいて、いい感じの雰囲気だからそろそろ告白しようかと……!」

「あーそれ絶対成功するやつですね」

「そうですかね……仲間もそう言ってくれるんですけど、彼女美人だし気立てがいいし誰にでも優しくて人気があるし、果たして本当に僕と付き合ってくれるかどうか、不安で……」

「それで花束を持って告白しようと思ったんですね」

「そうなんです。本当は都心の洒落た花屋で買おうと思ったんですけど、花屋って店員さん女性ばっかりじゃないですか。こんな相談するのも気が引けて、それで仕方なく地元まで帰って来たんですけど、まさか男の店員さんがいるとは思いませんでした」

「都心の洒落た花屋じゃなくて悪かったですね」

「あっ、いや、そういうわけじゃなくて! す、すみません!」


 塩崎生花店は商店街に存在している昔ながらの店なので、都心の花屋とは趣が異なる。

 今時の小洒落た花屋はフラワーキーパーを使わず、花を花瓶に差して客に見やすく、手に取りやすく、そしてディスプレイに工夫を凝らして売っている。しかしあれは花が傷みやすいし冷房効率が凄まじく悪くなるので、とてもではないが店の半分が外に面している塩崎生花店では使えない手法だった。羨ましいが、無理である。


「それはさておき、そうした仲なら多少値段が張っていた方が気持ちが伝わっていいかもしれませんね。大学生の懐事情はよくわからないですけど……」

「一万円までなら、出せます!」

「一万円の花束はものすごく豪華になってしまうので、三千円くらいにしましょう」

「それで彼女の心をつかめますか!?」

「つかめるかつかめないかはお客様とお相手との今までの関係性がものを言うかと思いますが、お手伝いにはなるかと思います。花束はいつご入用ですか?」

「じゃあ、明後日の午後に取りに来ます!」

「かしこまりました。お作りしてお待ちしております」


 男性客は非常に嬉しそうに去って行った。


「……なかなか強烈な客だったなぁ」と店の奥で一連のやり取りを聞いていた父が言い、

「若いっていいわね! 告白がうまく行ったら、『恋に効く花を扱ってます』って売り出そうかしら」と母は商魂逞しく言っていた。

「なあ、さっきの人、スズランに似てると思わないか?」

「あぁ」

「確かにそうね」


 父と母が同意してくれたので、竜胆は満足した。

 明後日の午後、竜胆はきちんと花束を用意して待った。スズラン似の男性客の名前は鈴木彰人あきとというらしい。十六時頃にやって来た鈴木に竜胆は花束を渡す。

 水色の不織布と透明なフィルムで包み、白いリボンをかけた内側には、スプレー状に広がる青と水色のデルフィニウム、それに白いスイートピーが束ねられている。

 デルフィニウムにはスプレー状に枝分かれした茎に小さな花をたくさん咲かせるシネンシス系、一本の茎に縦に花が咲くエラータム系、そして両方の特色を併せ持つベラドンナ系がある。今回竜胆が使ったのは、シネンシス系だ。エラータム系やベラドンナ系は華やかだが大型のアレンジメントに向いているので、今回のように素朴な花束に仕上げるのには向いていない。

 明るいところで花びらを透かすとうっすらと繊維が見える、抜け感のある青さをもつデルフィニウムは爽やかでナチュラルな花束を作るのにピッタリだ。

 それに、ひらひらとした金魚の尾のような可憐さを持つ白のスイートピーを合わせる。スイートピーは春の花なのだが、最近は通年で出回っているので季節問わず使える花材だった。

 青色と水色、白色の爽やかな色合いの花束が出来上がっていた。


「どうぞ」

「わぁ、すごい素敵ですね」


 鈴木は無地の白いTシャツにカーディガンを羽織り、黒いスキニーを履いていた。ボディバッグから財布を取り出し代金を竜胆に渡してくる。


「これから告白してきます」

「ご武運を祈ります」

「はい!」


 鈴木は花束を大事そうに抱えると瞳をキラキラさせ、やや緊張したぎこちない動きで店を去って行った。遠ざかる背中を見つめながら、上手くいくといいな、と竜胆は心の中で鈴木の告白の成功を祈る。

 後日、店で働く竜胆の元に、「無事に付き合うことになりました!!」と報告に来たので、「おめでとうございます」と竜胆は祝福の言葉をかけたのだった。

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