第22話 新郎新婦の願いとデルフィニウム②
「まさか覚えていただけていたとは、驚きです」
「結構インパクトある注文だったので。で、一体こんな時間にどんな要件ですか? 記念日用の花束が欲しいと言うなら、お作りしますが」
「いえ、そうではないんです」
久しぶりに見た鈴木彰人は、スズラン似の顔に大真面目な表情を乗せ、竜胆に言った。
「実は、僕たち二人の結婚式の装花を、ぜひ塩崎さんにお願いしたいんです」
「はぁ?」
思ってもいなかった要望に竜胆は思わず客に向けるべきではない声を発してしまった。織本が鈴木と、隣にいる女性とを交互に見比べる。
「……もしかして、尚美のお姉さん?」
「そう。そういうあなたはもしかして、尚美の友達のすみれちゃん?」
「はい、そうです」
「やっぱり! 妹に聞いて、まさかと思ったんだけど」
「あぁ、なるほど。そう話が繋がるのか」
やっと話が見えた竜胆は、頭をかく。先日織本が言っていた、装花依頼。それが今目の前にいるカップルなのか。
「じゃああの時からずっと付き合って、今に至るというわけですか」
「そうです。あの時塩崎さんが作ってくれた花束のおかげで彼女の心をつかむことができました」
すると隣にいた彼女の方が、当時を思い出したのかくすりと笑った。なるほど昔鈴木が言っていた、「美人で気立てが良く、誰にでも優しくて人気がある」という彼女はこの人のことか。主張の強い感じではなく、ふわりと優しい雰囲気の女性だった。小柄で、はにかんだような笑顔がよく似合う、さながらスイートピーのようにやんわりとした癒しの雰囲気を持つ女性だ。
「花を持っての告白なんて、大学生じゃなかなかないでしょう? その前からまっすぐで素敵な人だなと思っていたんだけれど、あれで完全に落とされちゃって」
「すべては塩崎さんのおかげです!」
「いえ、俺は花束を作っただけなので、鈴木さんのお人柄のおかげだと思います」
「実は三年前のプロポーズの時にも花を買いに来たのですが、その時塩崎さんはいらっしゃらなくて」
「三年前は式場装花の会社で働いていたので」
「でしょう? そんなわけで、結婚式にはぜひ、塩崎さんに装花をお願いしたくて。あんなに素敵な花束を作れて、しかも一年前まではフラワーデザイナーとして活躍していらっしゃったでしょう? 私、たまたま塩崎さんが手がけた結婚式に出席する機会があったんですけど、とても素敵だったわ。塩崎さんは新郎新婦から丁寧に話を聞いて、その人たちが思い描く理想の装花を作り上げるとか。ぜひお願いしたいんです」
「僕からもお願いします。僕たちの式の装花をしてもらうなら、塩崎さん以外ありえません」
二人は店先で頭を下げ始めた。織本は立ったまま、押しかけカップルと竜胆との間を忙しなく見比べている。竜胆が何と言うのか、固唾を飲んで待っている様子だ。
竜胆は眉を寄せ、頭をかいていた手を下ろすと、息と共に言葉を吐き出した。
「……見ての通り、今の俺はただの商店街の花屋の店長なので、その依頼はお引き受けできません」
「……ですがっ……!」
「人手不足で、店の営業だけで手一杯なんです。装花に全力を出せないので、お引き受けできません。お二人の門出を祝う大切な結婚式の装花を、片手間でこなすわけにはいきませんので」
「…………」
一度は食らいついた鈴木だったが、竜胆の口調から意志を変える気がないのを悟ったのか、肩を落とす。しかし鞄を開けると四つ折りの縦に長いパンフレットのようなものを取り出し、それを竜胆へと渡した。
「これは?」
「僕たちが式を挙げる予定の場所のパンフレットです。日付は、十月十五日。土曜日の午前、大安吉日。装花の持ち込みは許可をとってあります」
スイートピーのような彼女も言葉を続ける。
「レストランウエディングで、招待客は五十人、テーブルは六卓を予定しています。小ぢんまりとした挙式の予定で、もし引き受けていただけるならブーケとブートニア、花冠もお願いしたいと思っていました」
「これ、僕の連絡先です。考えを改めていただけるようでしたら、ご連絡ください!」
「お忙しいところ急にお邪魔してしまい、すみませんでした」
二人は流れるように交互に喋りながら、竜胆の手にパンフレットと連絡先が書かれた名刺を押し付け、店を去って行った。嵐のようである。
残された織本は竜胆を気遣わしげに見上げてきた。
「塩崎店長、どうするんですか?」
「どうもこうも、さっき言った通りだ。店で手一杯だから引き受けられない。織本さんは今日はもう帰っていいよ。お疲れ様」
竜胆は会話をやめたく、織本に短く返事をした後に帰宅を促した。織本はそそくさとバックヤードに駆け込むと、エプロンを外し鞄と先ほど竜胆が貸し出したフラワースタンドを手に取り、未だ店の前に立ち尽くしたままの塩崎の前に戻ってくる。ぺこりとお辞儀をした。
「お疲れ様でした」
「お疲れ様」
「あの……店長、本当は装花を手がけたかったんじゃないですか?」
「…………」
意を決して問いかけたのだろう、まるで肉食獣に出会った野ウサギのように不安そうに瞳を揺らしながら竜胆を見上げている。息をつくと、投げやりに言った。
「中途半端に引き受けられる案件じゃねえから」
店の仕事をこなしつつ、式の装花まで手がけるなんて無謀だ。自分をそこまで指名してくれるのは嬉しいが、一生に一度の晴れ舞台を、街の花屋の仕事をこなしつつ片手間で引き受けるなど、竜胆にはできない。
ーーたくさんの式の装花を担当し、想いに触れ合って来たからこそ、今回の要望は受けられないと判断した。
「出しゃばってしまってすみません」
「いや」
「お疲れ様でした」
「ああ」
織本はそれ以上何も聞かず、店から去っていく。
後ろ姿を見送って店の奥に引っ込んだ竜胆は、事務用の椅子に座り、今しがた受け取ったパンフレットを何となく眺めた。
そのレストランは、竜胆が一度手がけたことのある場所だった。都心ではあるが賑わう通りから一本路地に入った場所にある、緑あふれる隠れ家的な一軒家のフレンチレストラン。平日は普通に営業しており、土日になると結婚式の披露宴会場として使用される場所だ。
挙式自体は近くにある教会を利用するか、二階にある個室で人前式、もしくは外で緑に囲まれながらの挙式。
バンケットは高砂の後ろがガラス張りで、他の壁にも大きな窓がついていた。晴れると自然光が室内を満たし、明るくなる。
竜胆は、かつての記憶を思い起こしながら、ついつい考えてしまう。
あの二人はこの場所で竜胆にどんな装花をして欲しいと願っていたのだろうか。
やはり一番最初に竜胆が作ったデルフィニウムの花束のような装花か。あの時は素朴な感じでというオーダーを受けた。同じであれば、今の竜胆ならどんなデザインにするか。
竜胆は頭を一つ振った。
(やめろ、考えるな。考えたって無駄だ。さっき自分で断ったばかりだろ)
またしてもため息を吐き出すと、竜胆は式場のパンフレットに鈴木の名刺を挟み込み、事務机の引き出しの一番奥へと仕舞い込んだ。
そうしてもうこの件に関しては忘れようと思い、残っていた事務作業を終わらせるべくパソコンに向き合った。
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