第3章

 【ゼロシフト】という目薬を差して、ナノマシンによる通信状況を確認してから現場に向かった。

 現場、とは言ったもののコロニーの防衛局、地上中央司令部と前線の中間に存在している駐屯所みたいなところだ。

 簡易的な雨風、気温の寒暖を防ぐための簡易所だ。

 ここで大体30人くらいが寝泊まりするらしいが、今は僕たち二人だけだ。

 30人が交代で寝泊まりする分には、小さすぎる気がするが今は二人なので広すぎるくらいだ。

 あと、汗臭い。

 どこの軍学校出身だ?

 汗の処理くらいしなさいよ、まったく。

 主に、一階が待機所で応援要請を受けたら、二階で仮眠をとっている人たちを起こして現場に急行する、という流れらしい。

 本来は、ここでずっと待機しなければならないが、待機時間がもったいない。

 『これから、ちょっと東ブロックにいってくるから。オペレータさんは、異常があったら通信で教えてね。』

 『甲斐田さん、職務規定を知っ———。』

 返答を待たずに通信を切る。

 だって、今日のオペレータさん頭堅そうだし———。

 それに、ここから最前線まで【一秒】でいけるのだから。

 時間と場所に意味はない。

 紅葉の手を取って一歩踏み出す。

 それだけで、東ブロックについた。

 それも、お気に入りの場所に。

 だから、こうして堂々と喫茶店に来れる。

 店内は東ブロックの人から、コロニー内部のお客でにぎわっていた。

 それでいて、騒がしさはなく落ち着いた空間だった。

 まあ、僕たちの到着で穏やかな雰囲気は凍り付いたけど。

 いわゆる爆弾が投下されたのだ。

 「おやっさん、ご無沙汰!」

 「ご無沙汰!」

 その声に、奥から頭を抱えた一人の初老が出てきた。

 落ち着きのあるカフェコートを着こなし、初めて会った時より髪は少し白髪が混じり始めた。最近は、穀倉のために地上のリステージ計画で小麦の栽培や野菜全般の栽培をしている。そのためか土の匂いが少しする。特段気にならない匂いであり、日々業務を忠実にこなす、この人だからこそ努力の証ともとれる。

 「せめてマスターと呼んでください、悠一さん、紅葉さん。」

 「ええ、いいじゃん。」

 「じゃん!」

 僕と紅葉のダブルで攻め落とされ、マスターはため息とともに陥落した。

 「それで、エバンス。コーヒーをもらえるかい?」

 「私も!」

 紅葉も続いて注文する。

 「デイヴィッド、と呼んでください。」

 「いいじゃん? 同じ名前なんだし。」

 「ファミリーネームはあまり慣れていません。それに、ここにきてからもらった名前です。違和感しかないですよ。」

 デイヴィットは、以前テロリストに捕まっていたところを助け出したところから付き合いが始まった。その後、自分にできることを模索した結果、リステージ計画に参加しながら、ここの喫茶店を午後に勤めている。

 兼業とは恐れ入る。

 リステージ計画、における労働は決して楽なものではない。それも肉体労働がメインであり、コロニー内部出身の人は初めの一か月で大体、音を上げる。

 そんな過酷な労働条件でもこなし、エバンスは自分の栽培した一部の穀物や木の実を取り扱える地位にまで上り詰めた。それも2年で、だ。

 だからこそ、倒れないように様子を見るついでにここに通っている。

 まあ、メインはコーヒーだが。

 ここのコーヒーは、コロニー内部で販売されている味だけのコーヒーではなく、ちゃんと豆から挽いたものだ。匂い、というか風味が堪らないのだ。

 「あ、あとコーヒー豆持ち帰りで。」

 「また切らしたのですか? スパンが短くなってきてますよ。」

 「だって、ついつい飲みたくなるんだ。いいでしょ?」

 「でしょ!」

 このやりとりを知っている人がいるのであればいい。

 だが、知らない人から見ればうるさい人間が来たと思い嫌悪することだろう。

 さすがに東ブロックに住んでいる人たちは、にこやかにこちらを見て笑っているが、コロニー内部の人たちは苛立たし気にこちらを見ている。

 メンゴ、メンゴ。

 気が向いたら反省するから許して。

 それに今の時間、コロニー内部でもお昼が終わるころでしょ? サボりはよくないよ?

 そんなこんなで、エバンスが豆を挽き始めた。

 傍らで水を沸騰させるためにお湯を煮立たせる。

 コーヒーミルで独特な音を立てながら、豆を挽いいていく。

 この音を聞くだけで、満足している自分がいる。

 挽いた粉を専用のドリップケージに入れる。

 そこに熱湯を少し蒸らすように注ぐ。

 それだけで、周囲にアロマチックな臭いが漂う。

 「やっぱり、いいね。」

 ただ、一つ残念なのは、コーヒーカップではなく普通のマグカップで出される点だ。

 まあ、仕方ない。

 地上には、物資が少ないため使えるものを活用するしかないのだ。

 おしゃれなコーヒーカップ、なんてものはない。

 物を揃えることなんて夢のまた夢だ。

 一口すすり、口の中で程よい苦みと酸味、そして匂いが鼻孔を刺激する。

 ここのコーヒーは、本当に僕のお気に入りなんだ。

 さて、堪能しながら小話でもしますか。

 「で、エバンス。最近、順調に仕事はできてる?」

 「唐突ですね。………いろいろ問題はありますが、仕事は順調ですよ。」

 「ならいい。これからも無理しないで、休みながら働きなよ。」

 「なんですか? まるで遺言みたいな言いぐさですね。」

 それには、答えず僕はコーヒーを啜るだけだ。

 そして、胸ポケットからの封筒を取り出してエバンスに渡す。

 「これは?」

 そんな時だ。

 アラートが鳴った。

 「どうやら、ゆっくり飲む時間を与えてくれないみたいだね。エバンス、後で来るからブルマンとキリマンをそれぞれ100g用意しておいて。」

 「わかりましたよ。紅葉ちゃんもまた来てね。」

 「またね、おやっさん。」

 そうして、紅葉の手を取って、【一歩】踏み出した。




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