第4章

 駐屯所に戻るのと同時に、オペレータから通信が入った。

 『甲斐田さん、人影がコロニー第一防衛線を突破。そのまま第二防衛線に向かっています。』

 「座標と人影の人数は?」

 『E9エリア、人数はおよそ30人といった感じでしょうか。』

 小隊規模の人数だな。

 「それじゃあ、紅葉。行こうか。」

 「ハイハイ!」

 目的のE9エリアに座標を指定して、紅葉と【一歩】進む。

 そこにいたのは、白衣を着こんだ研究員と———。


 がたくさんいた。


 こちらに気が付いた男は、僕の姿を見て口元を上げた。

 「これはこれは。まさか、本人がお出迎えしてくれるとは。運がいい。」

 ………つまり、僕が目的なのか?

 まあ、これだけの【】を連れているのだから当然か。

 「NHPの産物をあたって、君の複製を増産した。どうだ? 壮観だろ?」

 NHP(Next Human Plan)。次世代の進化した人間を生み出すための計画。

 は———。

 「他人の成果を自分の物のように語るのは感心しないな。それに、いろいろあの計画は杜撰な箇所がいくつもある。当然、それは知っているのかい?」

 「うるさいよ。それに、あそこで行われていたのは、リミッターの研究だろ。論文を見るなり、あきれたよ。我々人間は死んで当然の存在だ。我々の目的からすれば人間を殺すのにリミッターなんて必要ない。」

 違うんだけどなー。

 それには、すがるものがあの研究くらいしかない悲しい人だったから。

「おかげで研究は捗ったよ。一気に世代をまたいだ気分だ。後は、君を殺すことで実践の把握を確認———。」

 その研究員が言い終わる前に———。


 すべてが脳漿をまき散らして倒れた。


 「は?」

 研究員が呆然としたまま、開いた口がふさがらない状態になっていた。

 わからなくもないよ。

 僕は、もう少し聞いていてもよかったんだけど———。


 がだいぶおかんむりだ。


 「紅葉、落ち着いてよ。」

 「あいつ、ぶっ殺す。」

 ああ、どうやら本気になってしまったようだ。

 しかたない。

 「それなら、その研究員からいろいろ聞きだしてよ。僕は、残党狩りでもしてくるから。」

 そういって、僕は移動した。

 ………それにしてもなんて恐れ入る。




 混乱して思考が回らなくなっていた。

 最高傑作だぞ?

 それも30人。

 それが瞬時に、殺されるなんて。

 「あってはならない。あってはならないことだ!」

 だが、あの怪物はいなくなった。

 一体どんな手を使ったのかさえ分からなかった。

 いまなら目の前にいる女だけだ。

 僥倖。

 これなら勝機がある!

 身体強化をして、組み伏せればどうということは———。

 駆け出そうとして、思いっきりその場に転んでしまった。

 原因は不明だが、右脚が動かなかったのだ。

 間違いだった。

 右脚が動かない、のではなった。


 ———右脚がちぎれてしまったのだ。


 「あ、あああああああああああああああ!」

 後からやってきた痛みに悶絶した。

 能力?

 いや、こんな能力聞いたことはない!

 そもそも、こちらの脚からは血しぶきが飛び散っているのに、ちぎれた脚はいまだに直立状態で血の一滴も出ていない。

 それに、マークしていた月下健吾のように特殊斬撃を受けたわけでもない。

 どうなっているんだ!

 「ねえ。」

 目の前にいる女がこちらを見据えていた。

 ひどく冷たい目で。

 冷汗が止まらなくなった。

 「味方の位置と数は?」

 無機質な質問の上に、静かな怒りが見て取れる。

 これ以上、こいつを刺激したらダメだ!

 「し、知らない! 俺は———。」

 「————十秒よ。」

 なぜかだろうか。

 「あなたに残された時間は十秒。」

 が目の前にいるように思えた。

 「10———。」

 「ま、待って———。」

 「9———。」

 時間を伸ばさなければ!

 「わ、わかった。話すから!」

 「8———。」

 カウントは止まらない。

 「7———。」

 「話せば長い! だからカウントを———。」

 「6———。」

 止まらない。

 「ま、まずここから数キロ離れたところに一個小隊が待機している。」

 嘘は言っていない。

 実際に、それだけの人数が観測できるはずだ。

 これで確認作業のためにカウントは止まるはず———。

 「5———。」

 止まらない。

 「ま、待ってくれ。あ、あと、こ、工場だが移動式のコンテナがある。今どこにいるかまでは———。」

 「4———。」

 「よ、予想だが北方面か南方面に舵をきって動いているはずだ。」

 「3———。」

 「こ、これで全部だ! 嘘じゃない!」

 「2———。」

 「本当なんだ! 調べてくれ!」

 「1———。」

 「頼む! 嘘じゃないんだ!」

 「………ええ、信じてあげます。」

 やった!

 まだだ。

 これで猶予が———。

 「だって、あなたの最後の遺言だもの。」

 「えっ———。」

 唖然とする中で、だけを拾い上げられた。

 目の前にいる女に無理やり頭を回転させられると———。

 自分の———。

 首のない亡骸が———。

 転がっていた。

 「あ、あ、ああ。」

 恐怖のあまり口が強張りうまく発音できない。

 それを知ってか知らずか。

 女は酷薄に告げた。

 「懺悔の時間は十分用意してあげる。迫りくる痛みがあなたの罪を教えてくれるでしょう。まあ、考えられる頭があればいいけど。」

 その言葉と同時に、ジリジリと失われたはずの体から信号が届いていく。

 ジリジリ。

 ジワジワ、と。

 無いはずの体から、痛みが襲い掛かってくる。

 その痛みに、首だけとなった自分はただただ狂っていくだけだった。




 僕は、オペレータさんと協力して残存勢力の対処にあたっていた。

 紅葉が聞き出した情報から、どこら辺にいるのかを割り出して、無力化させていく。

 ………ただオペレータさんが、初心者さんだったのか今にも吐きそうなところを我慢している口ぶりだった。何を見たのか知らないけど、紅葉が原因なのかな?

 まあ、慣れだよ、慣れ。人間は順応性が高いからどんな惨状だろうと、見慣れてしまう。

 ………時々、それがトラウマになってフラッシュバックすることもあるみたいだけど。

 それにしても、僕という不良品に目をつけるなんて頭がおかしいのでは? と思ってしまった。コスパで言えば健吾君を量産すればいい。もしくは、知里さんのコピーが大量にいる方が恐怖だと思うけど。………全員の顔に落書きすのは大変なことだ。

 なにより、僕の研究データを本当に手に入れているのであれば、NHPだ。

 つまり、偽のデータを手に有頂天になっていたということだろう。

 救いようがないな………。

 なにより———。

 僕を作り出したあの人は、人間の進化なんてどうでもよかったはずだ。


 あの人の本当の目的は、『家族のもとに帰りたかった』だけなのだから。


 全てを失って、もう作り出すしかなくて———。

 命が果てるまで苦しみ続けた悲しい人だった。

 結果として、僕という産物ができてしまったけれど………。

 まあ、しかたない。

 でも、偽のデータのおかげで楽々だった。

 特段、魔法を極めた集団でもないし、格闘技の達人でもない。

 ほんと、魔法がすべてだと思っているが故の落とし穴だよね。

 戦場での戦い方を知らない研究員たちの理論上の数値を基準にした戦法なんて、ただ相手の足を引っかけて転ばせるだけで倒せてしまう脆くてはかない戦法だ。

 残党のすべてを狩りつくしたときに、時間を確認すると、まだ経過時間が1時間程度だった。あっさり塩味だった。

 僕のコピーと豪語するなら、せめて野郎系並みに粘ってほしかったなあ。





 防衛線に戻ると、紅葉がいまだに不機嫌な顔だった。

 こっちに気が付くと、駆け寄って抱きしめられた。

 勢いが強かったので、少しよろけてしまった。

 それでも、少し様子がおかしいと思っていたら胸の中で泣いていた。

 「紅葉?」

 その声に反応せず、ただただ泣かれた。

 「困ったなあ。」

 落ち着かせるために、頭と背中を撫でながら紅葉が泣き終わるまでそのまま抱きしめられていた。

 紅葉の様子を見るに、これからのことが心配になってくる。




 落ち着いた紅葉を駐屯所に送り届けて僕は、遺体を回収していた。

 実験体として、用意された僕の偽コピーを弔わなくてはいけない。

 このままにしても【ホワイトカラー】をおびき寄せてしまう。

 それに、偽のコピーだとしても、可能性として昔のようなにならないとは限らない。

 コロニーから離れた場所に遺体を移し、積み重ねていく。

 最後の一人を積み上げて、手のひらに炎を作り出す。

 その炎を遺体に着火させる。

 すぐに肉の焼ける匂いと、脂肪分が炭化していく匂いがあたりを漂わせる。

「………もう少ししたら、僕も行くから。安心して眠って。」

 その炎は、ただただ実験として生み出された彼らの怨嗟の念が籠っているかのように勢いよくそれでいて、泣いているような音にも聞こえなくはなかった。

 計百人の実験体の亡骸は黒く変色していきながら、骨も残らず炎によって燃えていった。

 どうか、僕も無事にそちらに行けますように。




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