第2章

 「お父さん、なんか首元に唇の跡がいっぱいついてる。」

 紅葉………。

 お父さん、選択を間違えたみたい。もういろいろ限界の状態なんだけど。

 でも、不幸中の幸いだろう。午前中までに静さんは仕事に行かせてくれた。

 ………僕自身は、仕事に行く前にバテバテだが。

 「お父さん、お父さん。今日はどんなことをするの?」

 「えっとね。防衛局の人員が足りないから、東西南北の4方向のうち1つ、地上防衛ラインの駐屯になるかな。」

 「えー。なんかつまらなさそう。」

 「退屈ならそれでいいんだよ。その間、何しても文句は言われないからさ。」

 「うーん。」

 余剰時間の使い方のいい勉強になるかな。

 働くうえで、時間一杯、体を動かす必要性はない。

 空いた時間で体を休めたり、自己研鑽をしたり、副業をしたり、といろいろある。

 「それなら、お父さんと遊ぶ!」

 お父さん、死んじゃうよ?

 あくまで紅葉は4歳くらいだ。

 しかし、見た目はすでに二十歳くらいだろう。その言動と精神性に神経をすり減らされる。

 傍目から見たら、おそらくイチャイチャしているカップルに映るだろう。

 実際は、娘との戯れに興じているだけだ。

 だから、紅葉に嫉妬しないでくれ静さん。

 そのせいで、最近静さんに捕まえられる日々を過ごしている。

 まあ、かわいいと思っていることは事実だから。

 でも、小さな時の紅葉もかわいかった。

 こんなに急成長をしなくてもいいのに、と思ってしまう。

 月日は残酷だ。

 でも、悪いばかりではない。

 誰かの成長を見守ることができるのはとても尊いことだと、紅葉から教わった。

 日に日に、紅葉は成長をしていった。

 うまくいかないこと、学ぶ難しさ、うまくいったときの達成感、経験からくる臨機応変さから彼女の成長を見て取れた。

 その光景を微笑ましくも、僕自身の時間がないことから、口惜しさや寂しい気持ちの半々の感情に包まれる。

 できることなら、彼女が立派な独り立ちを見届けてから去りたいものだ。

 ………余命宣告とは、中々に堪えるものがある。

 「あっ。」


 急に目の前がブラックアウトした。


 その後、何度か深い呼吸をして瞬きを繰り返すと元に戻った。

 紅葉は、はしゃいでいるおかげでこちらの変化には気づいていない。

 すでに、ここ何週間で繰り返されていることだ。

 視界のブラックアウトだけならいい。

 何度か意識喪失した。

 タイミングがいいのか、誰もいないところで気絶できた。

 前兆として、意識を失う前に吐き気や三半規管が揺さぶられる感覚に襲われることがあったからだ。

 おそらく、期日が近づいている証拠なのだろう。

 気を取り直して、紅葉に話を振る。

 「それで、紅葉は明日のトーナメント戦のコンディションは大丈夫なの?」

 「大丈夫、大丈夫! それに、お父さん以外にかける時間は1秒と要らないし。」

 前に防衛局戦闘員全員で、勝ち抜き戦をやってみようと冗談で提案したところ、元剣崎総司令の威光もあり、ふざけたイベントの開催が決まってしまった。

 もちろん、その間もコロニー3を防衛しなければいけないので、各ブロックの日程の調整や、人員の根回し、体調管理などいろいろと大変なことになってしまった。

 ちなみに、今回の勝ち残りトーナメントは、約一週間の予定で日程が組まれている。参加人数も4桁に上ったことから、短期間での終了が不可能であることから日程の調整が組まれた。

 さらにルールとして、勝利条件は、相手を戦闘不能にする、相手の背面についているタスキを手にいれること。あるいは、相手から敗北宣言を受け取ることとなっている。

 すでに前半戦が終了したとの報告を受けている。

 【特務隊 零】の出場者は明日からだ。いわゆるシード枠というやつだ。ちなみに、僕たち【特務隊 零】に勝てればボーナスが5倍出るらしい。みんな躍起になっていた。さらにいえば僕たちはハンデを背負わされていた。

 健吾君と紅葉、そして僕は、魔法禁止。

 知里さんは、制限時間つきで魔法の使用許可。なお非殺傷にすること。

 北条さんは、一回一回で使用できる魔法を一つにすること。

 石永君は、自分の分身を一つまで召喚するのみとされた。

 石永君の魔法は自分の分身を召喚して特攻させるというものだ。

 死を恐れない分身であり、召喚した本人とつながっているので連携もできる。本来は、多重に分身体をつくり、連携しながら敵を蹂躙していく。さらにいえば、【特務隊 零】所属になって、健吾君から剣術を習っているらしく、入隊してからさらに磨きがかかっていた。でも、オールラウンダーな健吾君は剣術だけでなく、いろいろな武術を習得しているので、魔法無しの殴り合いだと、健吾君が圧倒的で、石永君はなすがままとなる。

 けっして、石永君が弱いというわけではない。ただ単に健吾君が強いだけだ。

 一回だけ、健吾君の魔力を地獄ではなく僕の魔力で代用したときは、五分五分までに戦えていた。正確には、健吾君は身体強化までだが。健吾君の技や力はすべて処刑用であるため、魔力も殺人技を使わせるわけにもいかないのが理由だ。すべてが一撃確殺の技を、仲間に使わせるわけにもいかないし、そこは健吾君も心得ていることだ。




 ところで、僕の相手はなぜか防衛局でも部隊長クラスの人たちが多い。

 理由を聞いたところ、『負けるのなら恥ずかしくない相手に負けたいから』だそうだ。

 えー。

 めんどくさいなあ。

 それに、負けていいと思っている時点で負けているよ、君達。

 今度は、各隊長たちに本当の練習を教えてあげようかな。

 いいね。

 僕に負けた隊長は、地獄に行って特訓でもさせてあげようかな。

 健吾君もいることだし。

 それまで僕の体がもてば、だけど———。




 まあ、このトーナメントのせいで人員の穴埋めをしなければいけないので、防衛局がするはずだった防衛線維持を僕たちにまかされることとなったのだ。

 自分が提案しておいてなんだが、余計なことをしたと反省している。まあ、でも僕以外の【特務隊 零】のメンバーにはいい刺激になるかもしれない。

 でも最終的に勝つのは僕だけどね。

 特に魔法に依存していない僕には問題ない。

 確かに息をするように魔法を使うことができるのは事実だけど、『動くな』とは言われていない。

 いくらでもやりようがある。

 それよりも、だ。

 「んふふふ。」

 紅葉が急成長したせいで周囲の目が僕に刺さる。

 ———こっちの方が、早急に解決するべき事案である。

 成長する弊害があるなんて………。




 予選というか、本選に上がるまでのトーナメントを見て使えそうな人材はいないか見ていたが、結局、徒労に終わってしまった。特段、見るべきところはなかった。

 どれも団栗の背比べ。防衛局内では奮闘した、初めから勝利が見えていただの、お互いに言い合っていたが、ため息しかでない。

 それでも防衛局員?

 これなら、健吾君が魔法を使う必要性すらない。

 僕はデコピン一つで相手を死なせてしまわないか逆に心配になってくる。

 いや、それよりも紅葉の手加減を多重にしないと本当に死人が出る。




 防衛局につくと、司令部より防衛線の維持を任されたのは東ブロックだった。

 なにかと東ブロックには縁がある。

 ついでに、東ブロックによるとするか。

 防衛局の待機所で待っていても、暇なだけだし。

 東ブロックの人たちは、僕がよりどころのない人たちを保護するために集めた人たちが多い。もちろん、その人たちの支援のために静さんに頼み込んだこともあった。生活するための仕事の斡旋や事業の開発、住宅地の設営などなど、今まで行ってきた。

 ………静さんから逃げたいときに避難スポットを作りたかった、という後ろめたい理由もある。

 それに僕の義妹である香織が住んでいるからというのもある。

 甲斐田の家は、元々地上東ブロックにある。

 甲斐田の家は嫌われ者だったために、地上の隅に追いやられていた。

 爺さんも苦しみながら、行ってきたことなのにみんなひどいな。

 でもこうして地上東ブロックで活動できる理由ができた。

 ここにいる人たちは、テロリストに拘束されてきた、もしくは人質を取られていた、行きつく当てのない流浪の人たち、コロニー壊滅による避難民等々、多種多様な人たちが生活している。だからこそ、地上の社会で資金が循環できるように、飢えを無くすために、いろいろ工夫を詰めてきたつもりだ。

 しかし、あくまで東ブロックのみだ。

 あまり僕や静さんが矢面に立って何かをやると、そこから贔屓目に見られて活動がやりにくくなる。

 世間体の目は、平等を好み、偏りを許さない。

 まあ、当然だよね。

 自分のところは苦しいのに、他人のところは豊かになっていくのは言いようのない不条理を感じるものだ。

 なんだっけ? 隣の芝生は青いだっけ? まあ、いいや。

 他のブロックでも同様のことをすればいいのでは? と思うかもしれないが他のブロックには、他のブロックを管理している御用家や市議長がいる。安易に動くことはできない。

 あくまで、東ブロックが四乃宮家の管轄地区且つ、避難民が多数を占めていたからできたことだ。

 ………まあ、でも。

 静さんたちと出会う前から、避難民の受け入れ支援を行政府に提出していたのも事実だ。

 おかげで、婿養子に来るための交換条件の一つに加えられていた。

 静さんには、弱みを握られたのだ。

 静さんに抜かりはなかった。

 でもそんなことをしなくても、いいのにと思ってしまった。

 だって、僕も静さんのことが好きだから。



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