始まりの罪、未来の終焉編

第1章

 夢を見る。

 私のようで私ではない人の夢。

 痛くて辛くて、それでいて希望がない人の人生。

 夢に出てくる人は、この世界を憎んでいた。

 でも、どうしようもないほどあきれてもいた。

 なにより、この世界にしがみついている自分に嫌悪していた。

 目が覚めると、私の目元は涙であふれかえっていた。

 別に私の人生ではないはずなのに。

 記憶にある人達の顔なんて、一致しないはずなのに。

 訳も分からず、涙が出るのだ。

 いや、知っている顔があった。

 お父さん。

 いや、幼いお父さんだ。

 それも今と違い、機械的な表情、痩せこけた体、虚ろな瞳。

 見ていて恐怖を感じるほどだった。

 しかし、幼いお父さんをこの人は愛おしく思っていた。

 だからこそ、この怖い夢に見ないためにお父さんのベッドに入る。

 温かい。

 どんなに変でおかしくて奇怪な夢を見ても、朝、お父さんの顔を見ることができれば私はやっていける。

 甲斐田紅葉は、甲斐田悠一によりかかることで成立しているといっても過言ではない。でも、一抹の不安は残るのだ。




 夢の最後。


 私は、お父さんの手で殺されるからだ。


 そして、夢の中でお父さんは、私のことをこう呼んでいた。


 カナ、と。








 人生は奪うことだ。

 人は他の命を搾取して生きている。

 他人の幸福を奪って、他人の時間を使って今を生きている。

 他者より優れ―——、

 他者より貪欲で―——、

 他者より上へ―——。

 誰かを蹴落として、誰かをだまして、誰かを犯して。

 

 自分が生きるために。

 

 それが、間違っているとは思わない。

 倫理観なんて人間が最も煩わしく思っている固定概念だからだ。

 自分の時代は―——。

 今より昔は―——。

 戦時中は―——。

 そんな風に息巻いて話をする人間こそ、その当時、まったく役に立っていなかっただろう。

 時代に合わせられない人間こそ小物に過ぎないのだから。

 

 人を殺してはいけない。

 

 当たり前と思うかもしれない。

 しかし、自分の命が脅かされたとき、真っ先に破る倫理観だ。

 人の防御機能と言ってもいいかもしれないが、最後の一押しは自分の意思だ。

 人は思ったより簡単に死ぬ。

 生き残った方が正義とか、罪人とか言われるけど誰だって死にたくない。

 だから他人の命を奪うことを良しとする。

 別に変な話ではない。

 そこにあるのは人間社会から切り離された食物連鎖があるだけだ。

 ただ、そこには無意味な【死】があるだけだ。

 食べるわけでなく。

 縄張りを守るわけではなく。

 病が治るわけでもない。

 ただ命を失うだけ。

 ………どうして人間は無意味なことをするのだろうか。

 どうして、命を粗末に使い潰すのだろうか。

 どうして、私は人間に生まれてきたのだろうか。

 それが両親を殺した、私、カナの最初の思いだった。

 


 記憶にあるのは、両親からの暴力だった。

 首を絞められ。

 腹を蹴られ。

 煙草を腕に押し当てられた。

 痛い、痛いと叫んでもやめてくれないのはわかっていた。

 それでも気が触れそうになるのを防ぐために叫んだ。

 産声のように。

 慟哭のように。

 口をふさがれてもやめなかった。

 私も生きているんだって。

 そんな叫びに私の父は満足げに、笑っていた。

 そんな私を母は遠くから眺めているだけでした。

 まるで懇願するように。

 “私には来ませんように”と。

 なんで、私ばかり。

 私と目が合うと、母は目をそらし奥に隠れていました。

 それが日常でした。

 この家族は終わっていました。

 しかし、特段不思議には思いませんでした。

 壊れた世界には、私たちみたいな壊れた人間が普通なのだと。

 だからこそ心を閉ざし、わたしは生きていました。

 名前………楓。

 すでに呼ばれることも無くなった名前は、意味をなさず。

 私がなんと呼ばれていたのかも記憶に無かった。

 おそらくどうでもいい名前だったのだろう。

 記憶の中の両親は常に『あの子』とだけ言っていた。

 そして、私と対面したときは『おまえ』だった。

 私は、すでに家族に愛想をつかしていた。

 だからこそ、私は人生を俯瞰しながら退屈に思えていた。

 彼に会うまでは———。




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