第2章
生活は常に逼迫していた。
私が日常的に働いた賃金は両親の食い扶ちで消えていく。
私に残されたのは残飯あさりと自身の纏う衣類を洗う洗剤くらいだった。
無駄なことをしていると思った。
無駄な借金を背負ってると思った。
これは、私が背負う必要のないものだとも思った。
でも、意識よりも体が強張っていた。
私は弱者だった。
生きることは、大人といることと思っていた。
体裁だ。
住所も戸籍も持たないものの、両親のいる幸せを噛み締めろ、と別な大人に言われた。
私は、両親のいる苦しみを味わってみろ、と言い返したかった。
それを言えば、私は更なる懲罰が与えられただろう。
私は無力だった。
私にできるのは、一般的な家事全般と、働き先で培った接客時の仮面、そして、少しだけ未来が見えることだった。
でも8歳の私には、未来なんて残酷なだけだった。
殴られる未来、蹴られる未来、罵られる未来。
そんな未来に何の価値がるのだろうか。
生きる希望なんてなかった。
生きていることに感謝しろ。
親に言われた言葉だ。
ハハハ。
なんだ、それ。
勝手に産んでおいて、
さも尊大に振る舞う滑稽さ。
家の稼ぎとして人形のように、サンドバックのように扱う。
これが私の人生?
違う!
私の人生を消費させて、自分たちの人生を楽しんでいるだけでしょ?
———そして、従うしかない私も愚かだ。
私に姉妹? 姉弟? ができた。
母が妊娠したのだ。
無計画だと思った。
すでに家系はギリギリ保っている状況だった。
それなのに。
母は、家族が増えることを嬉しく思っていた。
父は、無関心だった。
どちらにせよ、このままいけばみんな死ぬ。
そのことは必然だった。
貯金もなく、泥水をすする生活を強いている。
今後どうするのか。
少なくともわたしのやることは変わらない。
働かなければ、死ぬ。ただそれだけだ。
父が私の労働に文句を言ってきた。
働く時間が短い。
給料が少ない。
疲労は気合で何とかしろ。
無茶苦茶だった。
労働時間は、すでに一日15時間を超えている。
給料だって、三人分が生きていけるお金を稼いでいる時点で低くない。
過重労働を日替わりで行っていれば、当たり前のように疲労が蓄積されて当然だ。
それにあなたたちの戯れに付き合っていれば、必然、体が痛むのだ。
なにより、父からはお酒の匂いと薬を摂取した独特の甘ったるい匂いが付いていた。鼻につくその匂いに眉を顰める。
私も限界が来ていた。
だからだろう。
「あなたが働けば?」
そんな戯言が口から出てしまったのだ。
当然のように父は激高した。
私の鳩尾に蹴りが入り、体がボールのように飛んだ。
壁に当たり、そのまま地面に落ちた。
そのあとも、私は蹴られ、殴られ、を繰り返された。
その途中で気絶した。
そんなある日、私はまた同じように未来を見た。
白い皮膚の怪物がこのコロニーを襲っていた。
【ホワイトカラー】と呼ばれる人類の敵。
数の暴力。
なすすべなく、大人たちは食べられていた。
あたり一面が血に染まる光景は、無残としか言いようがない。
だけど、不思議と悲しみはわかない。
さらに不思議なことに———。
キレイだと思った。
自然の摂理を体現する、その光景は今までの胸の靄を払うような力強さがあった。
そんな時だ。
目の前に、黒いスーツ姿の男が目の前に現れた。
突然、現れたのだ。
何もない空間から、風景が突然変わったかのような。
「やあ、お嬢さん。」
その時の板についた笑い方を知っていた。
いや、私そのものだった。
他人に本心を見せない営業スマイルだ。
しかし、困惑したこともあった。
この未来は観測していない。
つまり、イレギュラーだ。
「誰?」
「そう、警戒しないでくれよ。」
これだけ怪しいと逆に笑いたくなる。
「私の未来に干渉できるってことは、世界の理かなにか?」
「おや、頭も回るみたいだ。干渉もほどほどにしないとね。」
どうやら、あたりらしい。
この世界事態が私の未来に干渉しているのならイレギュラーもあり得る。
「それで? 世界の意思がどうして私に接触してくるの?」
「なに、助けてあげようとしているだけだよ。君を。」
せっかくキレイな光景を見たのに。
このにこやかな笑顔は、醜悪だ。
「消えて。不快になる。」
「おやおや、手厳しい。笑顔はコミュニケーションツールだというのに、不快にさせてしまったかな?」
私は、返答をしないで、その場を去った。
出産を控える母は、父から食糧を分けてもらっているのか太り始めていた。
逆に私は、痩せていった。
睡眠時間は3時間をきり、職場で分けてもらう乾パンを食べるのが主食になっていた。
すでに家で食事をすることは無くなった。
母は、「ごめんね」を言うだけだった。
嘘だ。本当は、一ミリも謝罪していないし、感謝もしていない。
父は、「もっと働け」と叫ぶだけだった。
本心だ。わかりやすいくらい頭がシンプルだから。
私はもう、いつ倒れてもおかしくない状態だった。
こんな奴らのために―——。
「やあ。」
………一番見たくない顔が出てきた。
その男は当然のように家に土足で上がり込んでいた。
「………。」
「おや、また無視かい? 君のために来たというのに。」
目障りだ。
もう口にするだけの余力はないけど。
それに最近、頭痛がするのだ。
電気がバチバチと音を鳴らしているかのような。
「死にかけてるよ? 助けてあげようか?」
嘘だとわかった。
これは自分利益のためなら何でもする、って顔だ。
バチバチ。
頭が割れそうだ。
「君だって苦しいだろ?」
うるさい。
頭に響く。
「そうそう、他人より自分だろ?」
バチバチ。
ああ、どうにかなってしまいそうだ。
「その原因を消してしまえばいいじゃない?」
その言葉を聞いた瞬間、頭の中が真っ白になった。
それと同時に、頭の音がバン、と音を立てて何かに繋がった。
真白になった頭の中に何かが流れ込んできた。
それは、可能性だった。
すべての可能性が頭の中に納まっていく。
何年先のものかもわからない映像すら流れてきた。
その情報のために自分がどのくらい呆然としていたのかも忘れるほどに。
だが、一旦情報を遮断する。
そして直近の情報を見る。
そこで、初めて理解した。
私には選択肢があったのだ。
その可能性に触れてみた。
可能性は、ふわふわとしていたが明らかな映像を映し出していた。
………触れる。
いつの間にか、私はペンを持っていた。
瞬間的に理解した。
その可能性に持っていたペンで書きなぐった。
考えられる可能性全てを。
映像が見えなくなるくらいに。
止まっていた時間が戻るように、さっきまでしゃべっていた男の声が聞こえ始めた。
持っていたペンもなくなっていた。
「だから、君の―——。」
その言葉が途切れた。
家に車が突っ込んできたからだ。
男は見事に吹き飛び、ぐちゃぐちゃになった。
ベッドに寝ていた母は、突然の衝撃に悲鳴を上げた。
床は汚くなったが、私の心は穏やかで晴れやかになった。
「悪くない。」
これが、魔法。
一定の年齢を迎えると発現すると言われる今の人間の人権。
この力をもってすれば、防衛局で一定の金額の補助を得られる。
生活ができる。
「なんのために?」
その言葉は私の核心だった。
なんのために。
この家族のため?
いいや、そんな価値なんてない。
コロニーのため?
こんな社会に意味なんてない。
なら、最後は決まっている。
自分のためだ。
この力は自分のために使うべきだ。
こんなくだらないやつらのために使うべきじゃない。
しかし、気になることもある。
あの男が来たことだ。
人類の意思。
その代弁者がここに来たということは、それに付随する目的があるはずだ。
そして代弁者は、私にある行動を誘発させようとしていた。
家族殺しだ。
全員殺すことで解放される、と。
あの家族を殺すメリットはなんだ?
私からすれば、両親どちらもクソだ。
救う価値なんてない。
そのまた逆で、死んでも問題にならないほど世界に必要とされていない。
そんな人間を殺すために、わざわざ誘導するのか?
いや、ノーだ。
ゴミが一つ無くなったところで砂粒程度だろう。
………。
頭を整理していくと、思い当たる節があった。
純真なほど穢れがないもの一人だけが。
なるほど。
中々に最低だな。
だが、逆に目的が分かればたやすいことだ。
でも、あいつらは殺そう。
私はいつの間にか、心から漏れる笑みを浮かべていた。
さあ、準備にかかろう。
例え、家族でも。
落とし前は付けてもらう。
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