第2章

 「ほら、行こうよ、お姉ちゃん。」

 私とあまり変わらない顔の妹が急かしてくる。

 妹は、私と違い天真爛漫でその愛くるしさから周囲に好かれている。

 四乃宮 円(しのみや まどか)。

 周囲からの好感を持たれやすく、人望に厚い。それでいて自分を貫き通す我の強さも持ち合わせていた。代々続く四乃宮家にはふさわしい人物だと思えた。

 「急ぐと危ないわよ。」

 対照的に、私はあまり表情が変わらないことから遠巻きに見られていることが多い。妹とどうしても比較されやすく、それでいて四乃宮家にはふさわしくないように見えた。

 四乃宮 静(しのみや しずか)。

 自分という個性を持たず、家の都合を一番に考える人形。

 しかし、悪いことではない。

 他人に合わせるのは疲れるのだ。

 同調するだけでも大変なのに、もしこれが複数人いる会場だった場合、最悪だ。

 特に社交界の場は、気が張り詰める。

 まあ、大抵同じ話題だ。

 自分たちの子供の自慢話や自分たちの時代の英雄譚もどきのお話をする場面だ。

 自分の魔法覚醒秘話や息子・娘の魔法適正がいかに優れているのか。

 意味のないことを永遠と話し合う無駄な儀式だ。




 このコロニーという極限環境下の世界ではが基準となり、人の価値は行使する魔法の特異性で決まる。

 コロニーに住む住民も、地上居住区に住む住民も例外はない。

 理由は単純。

 外敵からコロニーを守ってくれる可能性が高いからだ。


 外の敵【ホワイトカラー】。

 人間の狂人、テロリスト。

 コロニー内部の衝突。

 などなど、理由はある。

 しかし、それは防衛局の仕事だ。

 御用家とは一切関係ない。

 

 今、この世界に住む人は、例外なく魔法が使える。

 約400年前の人たちから見れば考えられない世界だろう。

 『MOTHER AI』という人間を生み出す機械AIによって生み出された実験児がおそらく人類を進化させていったのだろう。

 だが私たち四乃宮家は、実験児ではなく代々コロニー3を支える御用家の一つだ。初代から数えて現在の父で16代目となっている。

 四乃宮家は魔法適正が優れているのではなく、初代から始まった応用魔法工学である補助具や戦闘服の開発や、魔法医療部門の維持と発展の二柱で成り立っている。誰もが同様の魔法を使えることを目標に日夜、研究所で開発に明け暮れているのが私の父親だ。魔法医療部門では、母が働いていた。しかし、一昨年まで働いていたが、患者の錯乱により魔法爆発を引き起こして事故死した。

 母は、誰から見ても善人だった。

 人間すべてを救うことなんてできないのに、『一人でも多くの人を救う』という理想のために精進して、最後は救ったはずの人に殺された。

 なんて惨めだろう。

 もっと別な生き方を選べば、変わったかもしれないのに。

 でも………。

 母の最期の顔は、満足そうな笑顔だった。

 その顔が今でも頭に焼き付いている。

 どこまでも善人で愚か者だろうか。

 妹はそんな母が大好きだった。

 そしてどことなく母に似ていた。

 私の母に似てどこまでも善人な人柄。

 母をたどっているかのように、染みついた善行。

 私は、妹を嫌悪していた。

 ———いや、嫉妬かもしれない。

 人を救おうなんて意味のないことに全力を注げる彼女に。

 ………それでも思わずにはいられない。

 人を救ったところで、人類は救われない。

 誰かを救うことで自分が満足する、偽善者。

 そんなに、誰かを助けたいなら助けてよ。

 ———私を。

 

 

 

 今日は父親が久しぶりに家に戻ったことため、外出となった。

 父親は、仕事の過酷さからなのか、母が死去したからなのか、外泊が普通になっていた。

 家に帰ってくることはめったにない。

 父親は、帰ってくるたびに目のクマがひどくなり、痩せこけていった。

 同時に、お酒と煙草の匂いもするようになった。

 父も限界なのだろう。

 それでも、父としての尊厳からなのか、弱さを見せないように気丈に振る舞っていた。

 本来であれば、四乃宮家は、御用家の中でもトップの位置にいるため、社交界に加わり他の家と関係性を強くする必要があった。

 しかし、母の急死と父の仕事の都合から約二年の間、社交界には出ていなかった。

 そんな中で、今回、妹が魔法の力に目覚めた。

【深淵(アビス)】

 事象干渉の魔法で、対象を亜空間に落とす。

 亜空間に落とされた対象は、高重力により原型をとどめず押しつぶされる。

 しかし、まだ開花したばかりなのだろう。いまだに内部での圧力は、そこまで高くない。およそ10倍程度だ。だが、これから磨きをかければ自在に重力を操ることができるだろう。

 磨く必要性は、あまりないが………。

 妹の魔法は、特異的な魔法でありながら、現在確認されている中でも数人しかいない事象干渉魔法の一つだ。

 そのため、次の社交界の的になるはずだ。

 はっきり言えば、魔法なんて飾りだ。

 御用家は、あくまで魔法が使えればいいのだ。

 これから担うであろう仕事とは関係ない。

 大抵の人間はおよそ13歳で自分の魔法に覚醒する。

 妹は例にもれず覚醒した。

 おそらく今回の社交界の場で許嫁の一人や二人できるだろう。

 四乃宮家はコロニー3の重要な御用家だ。

 御用家は、人並みの幸福な生活は送ることができない。

 コロニーの守護者たる御用家は、絶対に欠かすことはできない。

 しかし、コロニーの社会性なのか、仕事の重圧、過重労働のせいか御用家の当主になると早死にする。

 そのため、早い段階から結婚して家を維持させる必要がある。

 私もいずれ誰とも知れない相手と結婚させられるのだろう。

 ………自分で思っていても吐き気がする。

 でも、私はまだ許嫁の一人もいない。


 なぜなら、魔法が使えないからだ。


 妹と私は一卵性双生児だ。

 私が先に生まれたから姉。

 その次に生まれてきたから妹。

 生まれた順番にほとんど意味がないはずなのに………。

 父は、私が魔法を発現しないことに対して疎ましく思っているのは感じていた。

 そんな中で、妹が魔法を発現したことに父は歓喜した。

 ゆえに次の社交界のドレスを選定することになった。

 そのために、今、神薙ショッピングの専用仕立て人のところに来ていた。

 妹がドレスを選ぶ中、父に呼び止められた。

 「お前は、従者になれ。」

 そういってきたのだ。

 「お前は、今年も13歳になる。しかし、魔法を発現していない。このままでは歴史ある四乃宮家に傷がつく。故に名前を偽名にし、あくまで四乃宮家に仕えるものとなるんだ。」

 言い渡されたことに対して、怒りを覚えることもなく、絶望を感じることもなかった。家を維持するための処置といったところだろう。特段、驚きはしない。

 だから、素直に言葉が出てきた。

 「わかりました。」

 これからは、四乃宮家ではなく、あくまで妹の従者として生きていく。

 私はお父さんの人形。

 言いつけられたことは、遂行しなくては………。

 仕方がない。これは、魔法が使えない私の責任でもある。

 ———。


 そんなとき、ズブッっと音を立てて自分の内側からもう一人の自分が出てきた。

 その口に微笑を浮かべながら口が開かれた。

 

 ………

 

 「⁉」

 心の中で眠っていたものが起きたような感覚があった。

 そして一瞬だけ感じ取れたのは、心の中で黒いものが流れ出ようとしていたことに驚いた。

 それはまるで堰を切ったダムのように吹き出しそうになっていた。

 その感情を飲み込む。

 錯覚だ。

 私を人間たらしめる感情の誤作動だ。

 家を維持するための処置に疑問なんてない。

 機械的にこなす。

 それが最善だ。

 すべての思いを振り払い、全ての感情をフラットに。

 ———心の中のもう一人の自分が笑っていた。

 

 「…………消えてしまえ。」

 

 その声が自分から出たものなのか、それとも、もう一人の自分が言った言葉なのかわからない。

 自分でも何を口ずさんだのかわからない。

 さっきまでの錯覚を振り払いながら妹の方へ歩を進める。

 私はこれから仕える妹の方に向かう。

 だが、周囲に目を凝らすと違和感があった。

 「糸?」

 歩いている人、店員、採寸をしている人や、機織りをしている人まで。

 

 頭の上に薄い糸が伸びていた。

 

 最初は、寝癖が逆立っているだけに見えた。

 でもそうじゃなった。

 すべての人に等しく、頭上に糸があった。

 よく観察すると違いがあった。

 色や太さ、質は人それぞれ。

 目の錯覚。

 何度目をこすっても消えはしなかった。

 周囲も特に気にしている節はなかった。

 あんなものがあったら気になるはずなのに。

 ………いや、私にだけ見えている。

 そう思いながら、妹のところへ行くと妹の頭上にも糸があった。

 「お姉ちゃん、遅いー!」

 どうやら、待たせたらしい。

 違和感に苛まれるものの、とにかく、これからのことを妹に言わなければ。

 「先ほど、父から勘当を言い渡されました。これからは姉妹ではなく従者として扱いください。」

 そして首を垂れた。

 私の行動に、妹は固まった。

 そして、顔が烈火のように染まった。

 「———父さんが、そういったの?」

 「すべては四乃宮家を―——。」

 「反論しなかったの⁉」

 怒気を含んだ妹の声は買い物をしている人たちを振り向かせるくらいには反響した。

 「私たちは四乃宮家です。人として生きることは―——。」

 「許せない!」

 そういうと、採寸をしていた店員を制して父のもとへ行こうとするのだ。

 「お待ちください。何をされるのですか?」

 「決まってるじゃない⁉ あの頑固ものを締め上げるのよ!」

 「しかし、現当主の決定です。そこに異論をはさむことはお嬢様でも―——。」

 私の発現に妹の進軍が止まった。

 「い、いまなんて?」

 「………お嬢様と。」

 まるで瀬戸物にヒビが入ったように妹の顔の表情が歪んだ。

 そのまま、あの眩しくて笑顔がきれいな妹の表情が涙で泣き崩れた。

 何がそんなに気に食わないのだろうか。

 これからの当主は彼女だ。

 それが今、決定したのだから喜べばいいのに。

 泣き崩れた妹に気が付いた父がこちら側にやってきた。

 そして、私はそのまま吹き飛ばされた。

 一瞬、何が起きたのかわからなった。

 空中から地面に叩きつけられて理解した。


 私は父に殴られたのだ。

 

 なんで?

 なにか私は間違ったことをしただろうか?

 無性にやるせない気持ちがこみあげてきた。

 その事実が私の堤防にある汚水を刺激する。

 

 「消えてしまえ。」

 

 どうして、私は生きているのか。

 いや、生かされているのか。

 もう立ち上がる気力すらない。

 遠くの方で、妹と父の言い合いが聞こえる。

 そして、もう一人の私のが聞こえてきた。

 煩わしい。

 すべてがどうでもよくなってくる。

 私の中の黒い何かが囁いてくる。

 もう一人の私は、薄く冷たい笑みを浮かべてこちらを見ていた。


 好きで生きてるんじゃない。

 都合をこっちに押し付けたのはお前らだ。

 それなのに、要らないと分かれば身勝手に捨てるのか?

 そんなの許せない。

 もう一人の私に語りかけられた。

 

 それじゃあ、

 

 黒い汚水の中からもう一人の自分が笑いながら囁いた。

 

 「死んでしまえ。」

 

 その言葉と一緒に、一瞬にして、周りの景色が改変された。

 ゴボッっという音が聞こえた。

 そして周りに黒い水があふれだした。

 最初は周囲を見回していた父と妹だったが、私の周りから湧き上がる黒い水に触れた瞬間、頭上の糸が切れた。

 そのあとはマネキンが崩れ落ちるように、地面に転がった。

 「え?」

 状況がつかめないまま呆然としていると、今度は店員も崩れ落ちていった。

 その光景は、ドミノ倒しのように電波していった。

 周囲のあらゆる人たちが倒れていく。

 「あ、ああ。」

 これは、私の起こした結末だ。

 この光景を見ればわかる。

 即死だ。

 一時の感情に飲まれた結果、たくさんの人を殺してしまった。

 楽になりたいから。

 死にたくない。

 そんな人間らしい感情に飲まれたせいで。

 妹、父親。

 私は、人殺しだ。


 ………できるのなら、私も死んでしまいたい。

 

 じゃあ、わたしと変わってよ。

 

 もう一人の私が囁きかけてくる。

 もうどうでもいい。

 私は、汚水のなすがまま湧き出る泉に身を沈ませていった時だ。

 



 が差し込んだ。



 それは見たことのないもの。

 人は、それを見てなんと言うのだろうか。

 私は、思わず口にした。




 「彗星だ。」






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る