断章
私は嘘つきだ。
人間は噓をつく。
嘘は正しくないことだけれど、嘘がなければ人間は人間ではなくなる。
当然、私も例外ではない。
どうして嘘をつくのか、という問いに対して、嘘がなければ社会に溶け込めないからだ、と返答するだろう。
私が幼いころから周囲の人間を見て育ったから、嘘が板についた。
周囲の人たちの誰もが、仮面という嘘の虚飾を纏って接してくる人ため、それが普通だと思ってしまった。
でも、嘘は必要であると思ってしまった。
誰しも嘘を吐くことでコミュニケーションを円滑にして、より深く他人に関わっていく。
嘘は必要悪なのだ。
誰もかれも嘘をつかない人間なんていない。
だからこそ私も嘘をつく。
嘘をついて当然だ。
『あなた方にお会いできてよかった。』
『あなたみたいに優れた人間になりたいです。』
『有意義な時間をくださり、ありがとうございました。』
…………。
でも———。
嘘があるなら、私の本音はどこにあるのだろうか。
誰かに会うことでよかったと感じたことはない。だけど、会わなければよかったと思うほどではない。
別に優れた人間になりたいわけではない。自己研鑽しようとは思っていない。
他人と有意義と感じた時間はない。書物の方が人間という胡乱であいまいなものより優れていると思っているだけだ。
誰にだって、しゃべる自由はある。
………建前と嘘を混ぜたものだが。
では、私の本音はどこにあるのだろうか。
………。
幼い私は、自らの発する嘘の言葉に本当の自分がわからなくなっていた。
嘘という絵具で自分を描き、キャンバスという本音を塗りつぶしてしまった。
ああ、でも楽でいい。
何も考えず、きれいに描かれた風景を眺めるだけだ。
白、黒、灰色の世界。
私の妹に言われた。
私の世界は閉じている、と。
しかし、この世界に終わりを迎える出来事が起きた。
私の世界に彗星が落ちてきたのだ。
一瞬にして元あったキャンパスに描かれた風景を壊して、色とりどりの絵具で、キャンパス塗り、一つ一つのピースを並べたパズルのような新しい世界の到来となった。
今でも覚えている。
私が絶望の淵にいたときに救い上げてくれたあの人を。
銀色の瞳、優しく穏やかな温かさ。
何より、全てを包み込む魔力の本流。
この人は人間なのか。
この世界の住民とは思えなかった。
絵本や神話に出てくるような妖精や、竜、神のような幻想種だと思った。
それほどまでに、美しかった。
目にした瞬間、思考が止まった。
甲斐田 悠一。
私の世界を壊し、輝く世界を見せた人。
私の止まっていた世界を、動かした人物。
四乃宮 静を誕生させた人物でもあった。
———そして、私が唯一愛した人でもあった。
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