四辻町四丁目の朱雀庵 勝手にコラボ

光田寿

四辻町四丁目の朱雀庵 コラボ話 うわん

                 ◆◇◆◇◆



 ローディング時間が長すぎる。

 これが実機で出ていたら、間違いなくクソゲーだ。いや、人生そのものがクソゲーかもしれない。読み込み時間は短ければそれで良いのに、これだから田舎はと、俺は悪態をついた。

 地元から、初めてきたがその駅では電車はなく、ディーゼルの汽車であった。

「ぐはぁ、マジで田舎やんかぁ。勘弁してくれよ」

 自分がこの仕事をしだしてから、趣味であったゲームを全然していないと思う。マリオ、ぷよぷよ、ゼビウス、スト2にドラクエⅢ……どこぞのミステリ作家じゃないが、懐かしのあの頃に戻りたいと感じるのは、田舎へ帰省したからだけではないだろう。

 駅のホームはがらんとしており、下車したのは、地元の高校生と、大きなカゴを背負った老婆だけだった。

「嘘ぉん……、ハァ……帰りの汽車まで待つしかないんか」

 俺は昨日から、一睡もしていなかった。自分の働くテレビゲーム業界――一昔前はビデオゲームなどと呼ばれていたが――が衰退の影を辿っているからである。スマートフォンのアプリゲームに今やすっかり乗っ取られた。

「確か、『原神げんしん』と『刀剣乱舞とうけんらんぶ』が流行っちょったんやったなぁ」

 俺は最近流行っているゲームの名前を検索する。

 昨日は、その様なことをしていて、スマートフォンの光で目がチカチカして、久々の休みだというのに一睡も出来なかったのだ。仕方なく、地元から車で三十分、県境に着くと、有料駐車場に車を止めて、近場の温泉まで行くことにした。それも風情があって良いからと、何故か有料駐車場前の無人駅から汽車に乗って。

 最初は景色だけでも久々の田舎を満喫するかと思っていたが、昨日の寝不足が祟ったか、いつの間にか汽車の座席で眠ってしまっていた。

『うわぁん』

 どこかで声がした。俺は起きてみると、この町の駅であった。

「なんやねんここぉ。乗り過ごして田舎やーーん。歩いて帰らんとあかんのかなぁ? あかん、トヘロスの……トヘロスの効果が無くなる」

 人生をドラクエで例えても仕方がないが、俺はこれ以上は歩けない。

 駅員に切符を渡してこの町の名を聞くと、癖の強すぎる方言でこう答えた。

「ここけ? アンタさん~~、初めてなんやねぇ。ここは那賀川駅言うところよぇー」

 そう言えば、知り合いの東平署の刑事にも土佐弁が強い警部がいたが、こんなド田舎のこんなところに何もないじゃないかというのが感想だった。まるで、どうぶつの森。あっちはおいでよだが、現実だと死んでも行きたくない。

 俺は聞き返す。

「ここいらで、有名なスポットとか、観光施設みたいなところはあるんですかね?」

「あいやぁーー、この辺りは山と海に囲まれているけんねーー、ほとんどないじょ」

「はぁ……」

 俺は心の中で絶望し、全てを悟り切ったようにため息を吐く。

「んじゃぁ、なんか飯屋とか? 商店街とかないっすかね? めちゃんこ腹が減っちょるがですわ」

「ほうやのぉ~~、あ、ほいたら、この道をまっすぐ行きなさいや。四辻町という商店街があらぁな」

「四辻町?」

「ほうじょ~~、行ってみたらわからぁ」

「はぁ」

 先ほどより深いため息に似た返事をして、俺は駅員が指さした方向に向かった。

 駅員の話だと商店街まで数分とかからないらしい。大通りを出て総合病院を右折、商店街のアーケードがやっと見えた。

 頼むから、持ちこたえてくれよ、俺のトヘロス。足腰は既にガクガクと限界が来ている。運動せんとなぁーーと思いつつも、昔、仕事を辞めていったスキンヘッドの先輩のことを思い浮かべた。まるでストⅡに出てくるダルシムのような頭に、ザンギエフのような図体だったが、いつも会社の床で腕立てをしていた。もう俺もあの先輩の年齢を十に越えている。

 商店街に到着すると、なんのこっちゃぁない、ほとんどシャッターが閉まっている。不気味だ。ふと、どこからか声が聞こえた。

『うわぁん』

 なんだこれ? と同時に背中にゾクリとする寒気。額と脇下に冷や汗が出てきた。

『うわぁん……うわぁん……』

 風の音では無い。風が泣いているのだ。鳴くではななく、泣くと表現してしまったのは、俺がそう感じいるから。

「ひぇ……」

 まずい、この場所はまずい。俺は所謂、視える人間、感じる人間ではない。心霊スポットに言っても、脳内で『半熟英雄』の音楽を流せば、一気に場は脱力系冒険RPGになるし、夜の墓場で『スーパーマリオ64』のビッグテレサ戦のBGMを流せば、高揚感が高まる。

 だが、この「場」は違う。何かがある。

『うわぁ……ん』

 今、まだ夕方だよな? と空を見上げると、曇天になり、今にも雨が降りそうだった。耳を澄ませる。誰かのヒソヒソ声が聞こえる。辺りを見回す。視線を感じた。

「なんなんこれなんなんこれなんなんこれ……オトギリソウ系はあかんねんて、俺。ジャパニズムホラーはあかんねんて!」

 俺は追い立てられるように、壁に背を着いた。

 と、一瞬、楽になった。

 後ろを見ると、二階建ての平屋。切り株看板には大きく朱雀庵とある。

「ハァ……ハァ……朱雀庵……」

 俺はどこか安堵して、ガラス戸を開けた。

「し、失礼しますーー」

 誰もいないのか、俺はガラクタ同然の店内を奥まで入る。暗闇にやっと目が慣れてきた頃、二人の少女が目に入った。

「あ、あのーー、ここの子らぁ?」

「お待ちしておりました」

 一人の少女が言う。

光田寿みつだことぶき様」

「な、何で俺の名を知っちゅぅが?」

 先ほどとは違う、冷や汗が出てくる。

 説明しておくと、俺から見て右にいたのが、白い着物姿におかっぱ頭の女の子。左にいたのが、黒いゴスロリドレスに身を包んだ金髪の女の子。

 二人の少女は対照的な格好をして、橙の虚ろな瞳で俺を見ていた。まるで映画の『シャイニング』の館に迷い込んだみたいだ。まだ狂気に溺れて、血走った目で斧を持ったジャック・ニコルソンは登場してきていない。いや、登場されると俺が終わるが。

「私は魂緒たまおと申します」

「私はアセルスと申します」

「はぁ……」

 冷や汗はいつの間にか引っ込んでいた。

「あなたは憑かれていますね」魂緒が言う。

「疲れちゅぅ? まぁ、寝てないからね……あ、憑かれているか」

「そうです。うわんという妖怪に憑かれているのです」

「うわんは恐ろしい妖怪です」

「うわぁーーん!」

「……」

「……」

 俺渾身のギャグにも二人は無表情。ちと怖い。

「あなたは負けたくない相手をいつも作ってきた。学生時代、会社員時代、そして今も」

「そう、あなたは何かを生み出す事に必死で、そして必至になって仮想の敵を作ってきた」

「これは照魔鏡と言う真実を映し出す鏡です」

 金色の淵に覆われた鏡を魂緒が両手に持つ。

 ドラクエⅢでは、何故かヒミコに化けているやまたのおろちの変身は解除できなかった、そんな思いを頭に抱き、俺は意識を――

「さぁ、真実を―――」

「改変するのです」

 失った。


 * *


 『名探偵』と呼ばれる人間の物語を無邪気に紡げなくなった。ヤツがいたからだ。天水周一郎あまみずしゅういちろうという人間は、いつもいつも、俺よりずっと先にいた。

 高校時代、俺の友達、催川勝則さいかわかつのりが殺人事件に巻き込まれた時があった。俺は靴底をすり減らしてまで、頑張った想いがあった。そいつは俺に創作という新しい趣味を教えてくれたからだ。絵や音楽、小説を薦めて来てくれたのもそいつだ。そんな折、ヤツが聞いてきた。

「おい、みっちゃん、お前進路は?」

「おぉーん? 俺、大阪の佐々木デザイナー学園に行くきに。そこでCG習って、任天堂入るーー」

「あんなぁ、お前そんなんじゃぁ……」

「おンシこそ、東大に行くための勉強はどうなっちょるねん」

「ま、まぁ、模試でそこそこは取ったけん」

「はぁーー、頭のええ奴は違いまんなぁ!」

 そんなことを言い合っていた。そこへいつも割って入ってくるのが、その自称『名探偵』天水だ。

「ちょっと良いかね二人とも」

「うわ、出た! 高知に住んじょるがやったら、土佐弁使わんかーーい!」

「まぁまぁ、みっちゃん、ええやん。何や? 天水」

「ふむ、催川君」

 とまぁ、このように俺は友達を奪われたと完全に嫉妬していた。しかもこの天水という男はそれまで数々の事件を所謂学生『名』探偵として解決してきていた。そんなある日のことだ。俺たちが通っていた高校の三階にある、情報処理室でとある密室殺人が発生した。

 情報処理室で一人の生徒、名を加賀田幸信かがたゆきのぶと言う――が首を絞めて殺されていたのだ。その部屋で、一緒になって気絶していたのが、催川ときたもんだ。校長の岡崎忠弘おかざきたかひろが首を絞め殺すシーンを、目撃したという。当時、スマートフォンも無いが、岡崎はデジカメが趣味で、その動画機能で、その姿を撮影していた。そう、催川が加賀田を絞め殺すという、カーテンに映る影を。

 高知県警、東平署の刑事たちは、もちろん催川を重要容疑者として、連れて行った。

「カーの『ユダの窓』やなぁ!」

「カーの『ユダの窓』だ」

 俺と同時に叫んだのが、天水だった。

 そう、ジョン・ディクスン・カーが、カーター・ディクスン名義で出した名作『ユダの窓』は密室殺人を扱っている。

 あらすじは、以下の通り。結婚の許しを請うために恋人の父親を訪ねたジム・アンズウェルは、薦められた飲み物を口にした途端に意識を失ってしまう。意識を取り戻したジムの目に映ったのは、胸に一本の矢が刺さった恋人の父親の死体だった。しかし室内に犯人らしき人物の姿はなく、しかも部屋は内側から施錠された完全な密室だったのである。殺人容疑で起訴されたジムの無実を信じる名探偵、H.M卿は、法廷で困難な弁護に臨むことになる。

 俺が好きだったのは、もちろん密室トリックの意外性もあるが、この太くてハゲで、普段は暴言を周囲に当たり散らしている、H.M卿が珍しく友情に熱く、最後はジムの冤罪を晴らすところにある。

 この密室の中に被害者と容疑者一人がいるという設定はその後、幾度も無く様々な作者がオマージュしてきた。

 そんな中、先ほどの天水がこちらを見て訪ねてきた。

「フフン、光田君も本格ミステリに詳しいのかね?」

「おぅ、おんどれもか?」

「あぁ、少なくとも君よりかはね」

五月蠅うるさいボケぇ! 催川を救うのは俺やきにのぉ!」

「ほぉ、良かろう。『ユダの窓』にH.M卿は二人もいらない。どちらが早く密室トリックを解いて、催川君を救うか競争といくかね?」

「おンシなぁ、友達の冤罪をそうやって、虚構のミステリに落として楽しんで……。何が分かるんや!」

 俺はあの時、怒っていた。が、同時に嫉妬していたのかもしれない。目の前の天才に。そして俺はこう答えることとなる。

「え、ええやろう!」

「フフン、では僕は捜査に行くよ」

 かくして、俺と天水、二人のどちらが先に催川を救い出すかの勝負が始まった。


 * *

 

 なんだこれは? 俺は何を見せられているんだろうか。二人の少女の鏡で、俺はそこに立っていた。そうだ、過去のその場所に立っていたのだ。

 目の前を過去の俺が走り過ぎていく。屋上に向かって。

『違う、お前の考えは間違っちゅぅがよ!』と、叫んでも、過去の俺には届かない。体育倉庫から、運動会で使う綱引き用のロープを持ってきて、屋上から何か吊るそうとしているが、俺は良く知っている。何故なら、あれは過去、失敗した俺だから。

「へへん! これであの自称名探偵の鼻をあかしちゃる」

『違うねん、お前、いや、俺か。お前の推理はロープを輪っかにして、情報処理室の窓に貼り付けておく。そして携帯電話で加賀田を呼び出して、窓から顔を出した瞬間、屋上から引っ張りあげるて、首にハメるんやろうが、それはちゃうねん!』

 その後、屋上から出ていた、デカい釘に引っ掛かって過去の俺の学生服が少し破れた。

 あぁ、そんな事もあったなぁ。でもその時の俺はそれさえも気づかずに、ニヤけている。

「へへへ、こうすりゃぁ……」

『待ってくれ、お前のはロープの重さと、引っ張り上げる力を計算に入れていない! そのロープでは首が入ったとしても――』


 * *


「そのロープでは首が入ったとしても、太さと重さで明らかに加賀田君の首を絞めれないよ。それに、屋上から引っ張り上げると言っても、ロープの太さで手を痛めてしまう。絞殺なんて出来ないぜ。」

 案の定次のシーンで、天水に否定されている俺が映った。

 催川を含め、警察官、教師、校長、他の容疑者とされた情報処理部の生徒らの前で否定されている俺が。

 校長である岡崎などはクスクスと笑っていやがる。嫌な思い出だ。

「さて、皆さん。光田君の解決篇はどうやら終わったみたいです。では次は僕の番ですね」

 と、堂々たるバリトン声がその場に響いた。天水だ。

「良いですか、この情報処理室をいう場、そして空間を使ったトリック、実に見事でしたよ。そう――犯人は――さんです」

「な、なにぃ!」

「なんやと!」

『……』そうだ。この先は俺が一番よく知っている。

「まず、情報処理室にある、この白いスクリーンを使わせていただきます。これこそが加賀田さんが自殺を他殺に見せかけた正体です。そう、三階下の駐車場から、校長先生が目撃し、デジカメの動画で撮った、影の正体ですよ」

 そうである。白いスクリーンの前には映写機が置かれていた。そこに情報処理室によくあるコピー用紙を切った紙が置かれている。所謂、影絵の要領で、白いスクリーンに絞め殺される影が映る。それが反射し、カーテンへ……。

 止めろ、何が改変だ。何が過去だ。こんなものは、こんなものは――……。かくして天才、『名探偵』天水周一郎に惨敗した、ヘボな探偵わきやくの姿だけがそこにあった。

 悔しかった。

 所謂、ワトソン役のヘボ推理にされたことではない。

 俺の解決で催川を救えなかったことが憎らしかった。

 その後のことはあまり覚えていない。今回の事件をワードに書いて、どこかの賞に応募したのだけは覚えている。あの糞忌々しい名探偵を何とか、この世から引きずり下ろすため、あの解決に異を唱える者を全国から見つけるために。

 だが、駄目だった。賞にも落ちて、警察も認め、その場から、証拠も見つかり、加賀田の事件は単なる自殺で片が付いた。

 過去の俺は屋上にいた。飛び降りるか心配したが、それをしないことは俺自身が一番よくわかっている。そうだ、失敗したのだ。惨敗したのだ。大丈夫だ、お前は悪くない。


 * *


「……」

「どうでしたか?」

「これが、あなたの望んだ記憶の改変です」

「何が改変や……。俺の古ぅて、イタい記憶を呼び起こしただけやないか」

 俺は自分が、いたたまれなくなった。いつのまにか頬を涙が一筋、流れていた。

「本当にそう思いますか?」

「真実を覗いてきたのにですか?」

「真実は事実を覆い隠す霧に過ぎない。by、プッフェ・ルンダー」

 俺は二人に言ってやる。

「すみません、そのようなことを言われたのは初めてです。では言い直します。を覗いてきたのにですか?」

「事実て……天水の解決が……」

 ちょっと待て、と俺は思い浮かぶ。

 それはあの頃はガキで気付かなかった、情報処理室の広さだ。天水の推理ではスクリーンは黒板の前、つまり窓の外から見ると、情報処理室の奥にあった。

「ん? 待てぇ、ちゅぅことは……どーーいうこっちゃ? あーー分からんなってきた。大体ここはどこやねん! 俺はどの世界線で生きちょるねん! 俺は誰やねん!」頭をボリボリと掻きむしる。

「落ち着いてください」魂緒が言う。

「……お、おぅ。つまりや、あのカーテンには映らん! そうやわ、あのスクリーンには影絵が映っても、それが反射してカーテンの影になる時には……既に影の全体像がボヤけて……映らんのや!」

「そうです。それで良いのです」アセルスが言う。

「ん、ちゅぅことは……さっき、やなかったね。あの時や、あの過去のあの時、校長の持っちょった、デジカメに映っていたという影絵は……」

「「偽物の証拠ということになります」」少女たちが同時に言った。

「え、ということは……校長が犯人。ただどうやって、トリックは……」

 とその時だ、過去の俺が屋上でロープの実験をしていたときのことが思い浮かんだ。あの時の――あのデカい釘は――。

「そうか……」

「思い浮かんだようですね」

「人に間違いばかりを教えて、眠れなくさす、うわんはそれで離れていきます」

「あぁ、分かった。犯人も……そしてトリックもな!」


 * *


「アンタが加賀田殺しの犯人やったんやな」

 岡崎『元』校長は鼻にチューブを刺し、呼吸器で弱い息を吐きだしていた。頭はすっかり禿げており、残りの後ろ髪は白髪になっている。

 ここの東平市中央病院、あれからどうやって帰ってきたかは覚えていない。だが、あの二人の少女の言葉だけは忘れていない。

「光田様、貴方は貴方の使命を果たしてください」

「うわんの最後の憑き物は貴方自身の心で落とすのです」

 そう言った。

 そして俺は、元高校に電話をし、現在、岡崎が入院している東平市のこの病院までやってきた。

「トリックは簡単やった。あの時、あの時代の俺はええとこまでいっちょった。あの時、屋上に釘が刺さっちょったんや。グラウンドなんかでリレーの時にロープを張るためのデカい釘やがな」

「コホォーーコホォーーーー」

「そいで、アンタは綱引き用ロープを、駐車場から、滑車の要領で引きずり下ろしたんやろ。全体重をかけて、引き下ろす方が、引っ張り上げるんよりも全然簡単に出来るんやきにね。綱引き用のあんな長いロープやからこそ出来るトリックやったんや」

「コホォーーーーコホォーーーー」先ほどよりも息が長い。動揺している。

「そしてあの時のビデオカメラの映像は偽物やったんや。今現在のスマホやったら誤魔化しは聞かんけど、ミレニアム、即ち、ゼロ年代前半のデジカメやったら、いくらでも工作は出来るやろ。アンタが前日かそこいらに影絵をカーテン側に向かって作ったやつを上書きしてとかでなぁ!」

 そう、これは一人で出来る。俺は目の前の老いた一人の男にとどめを刺す。

「ただ、このトリックは一人では出来んと思ったんやろ。せや、事件当日、加賀田一人では出来ん。既に殺されとったんやからのぉ。そこで俺の友達の催川にスポットを当てちょったがやきに。だからこそ、催川を気絶させて、密室に閉じ込めたんやろ。その必然性があったんは、あのスクリーンの影絵トリックを実践したというアリバイが欲しかっただけや。ただ、一つだけ誤算があった。俺や、あの自称名探偵も、大切な友達を無罪という前提として、推理を始めた。ただ、あの名探偵のアホはその推理過程を間違えただけやろ。どや? あぁ、こらぁ! 何か言えや、クソジジイ!」

「コホォコホォッ! ゴホッギホォッォ!」

 咳き込んだ。呼吸器が鼻から落ちる。病室のドアが開き、家族――孫娘だろうか? が入ってきた。

「全部外で聞いていました……。お願いします! もう、もうお爺ちゃんを苦しめんといてください! お願いしますから!」

「……」

 俺はむなしくなって、そのまま病室を出た。

 やっぱり人生はクソゲーだ。


 * *


 東平市のとある喫茶店。

「何かね、光田君、急に呼び出して」

「まぁまぁまぁ、お前も間違うことはあるんやけんねーー」

 そう言って、珈琲を奢ってやった。

 目の前の男は胸ポケットからハイライトを取り出し、火を付け、上手そうにくゆらせる。

 あの商店街に行かなければ、俺はこの真実に覆い隠された事実に気付かなかった。

 あの少女たちに感謝をしたいと思う。

 だから、もう一度、紡ごう。

 この男の、目の前の大嫌いな学生時代の同期の物語を。

 そう、――名探偵の物語を。

 だってそうだろ?


 それが、人生のではなく、となってしまわないうちに。



<了>

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