超克
ミーティア本部からの距離約10キロ、キリンジは鬱蒼とした森の前に立っていた。
本部を出発する直前にニャルテから渡された腕輪に手を翳すと、目の前にニャルテのホログラムが投影された。
「ニャ〜ニャ〜、聞こえるかニャ?」
「こちらキリンジ、聞こえてるよ」
「良かったニャ〜、その腕輪はガーディアンの標準装備ニャ」
キリンジは腕輪をまじまじと見ながら、ニャルテに問いかけた。
「標準装備って、通信手段だけじゃないの?」
「まあ、使い方は後から教えるニャ。今は先へ進むニャ」
するとホログラムは消滅し、先程まで腕輪が纏っていた光も消えてしまった。
「進むしかないか」
深い溜息を吐いた後、ツタや草を掻き分けながら慎重に歩みを進める。
その時、近くの茂みがガサガサと音を立てて動いた。
キリンジは素早くライフルを取り出し、レバーを引いて茂みに銃口を向ける。
(いつでも来い)
息を殺し、集中する。
しかし状況はさらに悪化し、彼女の後ろの茂みもガサガサと音を立てて動きだした。
前後から狙われている彼女は、瞬時に二つのパターンを予想する。
一つは、前の茂みに潜むモンスターが先に飛び出してくるパターン。
もう一つは、後ろの茂みのモンスターが先に飛び出してくるパターン。
ゆっくりと後退りするが、不幸にも地面に落ちていた小枝を踏んでしまった。
パキっという音の直後、茂みに潜んでいたモンスターが正体を表した!
「ッッ! コボルト!」
【コボルト】
犬のような頭をもつ人型のモンスター。非常に好戦的で単体の獲物を群れで襲う傾向がある。
そして飛び出してきたタイミングは二匹同時、想定外の出来事だがキリンジは瞬時に思考を切り替えた。
(まずは前、次に後ろを片付けるしかないッ)
前のコボルトに素早く狙いを定め、発砲する。
弾丸はコボルトの頭部に命中し、撃たれたコボルトは血飛沫を上げながらその場に倒れた。
しかしまだ後ろの一匹が残っている。
(振り向いてちゃ間に合わないッ)
そう判断した彼女は、後ろから飛び掛かるコボルトの鼻先をストックで殴り、振り向き様にレバーを引いた後、怯んだコボルトに銃口を向ける。
「二匹目…」
引き金を引き、弾丸は轟く砲声と共にコボルトの脳天を貫いた。
頬に付着した返り血を拭い、腕輪に手を翳す。
「流石ミャ〜の相棒ニャ、じゃあここらで魔法の使い方を教えておくニャ」
それを聞いたキリンジは瞳を輝かせ食い気味に頷いた。
「魔法? 私も使えるの?!」
「もちろんニャ、その腕輪は持ち主が倒したモンスターの能力をそのまま魔法に変換するのニャ」
「それで、どうすればいいの?」
「まずは指を鳴らすニャ」
言われた通りにキリンジがパチンと指を鳴らすと、瞬く間に赤い炎が右手を覆った。
「ニャルテヤバいよ! 私の手燃えてる!」
「落ち着くニャ、それがキリンジの能力ニャ」
キリンジは再び自分の右手に目を向ける。
「これが、私の能力?」
「キリンジが最初に倒したモンスターはAクラスのレッドドラゴンニャ。つまりその腕輪には今、レッドドラゴンの能力がインプットされてるのニャ」
「どんな魔法を使えるの?」
「調査では、レッドドラゴンから得られる魔法は二つニャ。一つはハイジャンプ、もう一つはファイアボールニャ」
「ファイアボールは何となく分かるけど、ハイジャンプって?」
「にゃら試しにやってみるニャ、飛んでいる自分をイメージしてジャンプするニャ!」
キリンジは瞳を閉じ、想像する。
どこまでも広がる青空を、大空を羽ばたくドラゴンを。
そうしてキリンジはパッと目を見開き、地面を強く蹴った!
勢いよく飛び上がり、先程までの暗い森とは一変し、そこには雲一つない青空が広がっていた。
「私、飛んでるよニャルテ!」
「レッドドラゴンの討伐難易度は高いけど、得られる恩恵はSクラス級なのニャ」
その後、キリンジは滑空しながら地面へと降りていった。
しかし彼女が着地する直前、地面から現れた巨大な手が彼女に襲いかかった。
「ッッ?!」
飛び去って行く鳥達の鳴き声と共に通信機からニャルテの声が聞こえる。
「キリンジ! そいつはゴーレムニャ! しかもAクラスの巨大種ニャ!」
「こいつがッ」
【ゴーレム】
土から成形される人型の生物。個体によって大小様々であり、その大半がBクラスに認定されるが、一部の巨大種と呼ばれる個体はAクラスとして扱われる。
「とにかく、今は逃げるニャ!」
キリンジは空中からゴーレムを見下ろすなり、ライフルを取り出し装填口に弾薬を込め始めた。
「キリンジ、まさか戦うにゃんて言うニャよ?」
ニャルテの問いに対しキリンジは即答する。
「いや、ここで仕留める。見たところこいつがこの地域一帯のボスみたい」
装填を終えたキリンジはレバーを引き、排除された空薬莢は足元に広がる森へと消えていった。
そして、キリンジは銃を構えるなり三発連続で発砲した。
しかし、命中はしたものの効果は無いようである。
「硬い…それなら!」
キリンジは勢いよく降下し、指を鳴らしてファイアボールの用意をする。
「喰らえッ!」
キリンジがファイアボールを放つ直前、ゴーレムの拳がキリンジを直撃し、キリンジは吹き飛ばされた。
「ッッ?!」
「キリンジ! 大丈夫ニャ? 応答するニャ!」
気絶しているキリンジは力無く落下していく。
「キリンジ起きるニャ!」
ニャルテが必死に呼びかけるも、目を覚ます様子はない。
キリンジが目を開けると、そこは何処までも広がる一面白の空間だった。
「来てしまったのですね」
謎の声に驚き振り向くと、白い光を放つ人型の何かが立っていた。
しかし、光で顔は見えない。
「ここは何処なの?」
「あなたが来るべきではない場所」
そう言うとキリンジから見て右の方へ手を伸ばし、キリンジもその方向へ視線を向けた。
そこには繰り返し自分の名前を叫ぶニャルテが映っていた。
「彼女はあなたを待っている。さあ、行きなさい」
次にキリンジが瞬きをすると、気絶する前の景色が広がっていた。
「ニャルテ、ただいま!」
体勢を立て直したキリンジを見たゴーレムは、勢い良く彼女に向かって走り出す。
「キリンジ、そろそろ撤退するニャ!」
キリンジはレバーを引いてパチンと指を鳴らし、炎を纏った右手を彼女は握り締め言った。
「ニャルテ、言い忘れてた事があるの」
首を傾げるニャルテは問う。
「何なのニャ?」
「私はね、大がつくほどの負けず嫌いなの!」
そう言うとキリンジはゴーレムの拳が直撃する寸前に急降下し、森の中に姿を消した。
キリンジを見失ったゴーレムは混乱しながら辺りを見回し、無闇に地面に拳を叩きつけている。
その間キリンジは森の中を駆け、ゴーレムの真下に着くと足を止めた。
「ここでいい…」
「ニャ、何をする気ニャ?!」
キリンジは不敵な笑みを浮かべ言った。
「AクラスのモンスターにはAクラスの魔法だよ! ハイジャンプッッ!」
キリンジはゴーレムと共に空高く飛び上がり、投げ上げられたゴーレムは何の抵抗もできずにいた。
空中で仰向けになるゴーレムの上に立ち、ライフルを腰に構え銃口を向ける。
「核を壊すニャ!」
引き金を引いた後即座にレバーを引いて戻し、再び引き金を引く。
この一連の動作を素早く繰り返すことによる連射は、ボルトアクションでは実現する事のできない毎秒二発の領域───
土の肉体はみるみるうちに削り取られ、ついに紅く輝くクリスタルが姿を現した。
指を鳴らし、メラメラと揺れる炎を纏う左手をクリスタルへ向け叫ぶ。
「ファイアボールッッ」
炎に包まれたクリスタルは瞬く間に塵と化し、ゴーレムは魂が抜けたように抵抗をやめた。
キリンジはゴーレムと共に落下し、最後には地を揺らし、土煙を上げながら墜落した。
「キリンジ! 無事かニャ?!」
ニャルテが問いかけるも、応答がない…
「ミャ〜はなんて罪深い子ニャ、初任務の子がミャ〜のせいで死んじゃったニャ……」
その時、ニャルテの通信機からキリンジの声が聞こえた。
「もしも〜しニャルテ〜、聞こえてる?」
ニャルテは泣きながら続ける。
「ついには幻聴まで聞こえ始めたのニャ…」
「幻聴じゃないよニャルテ、勝手に殺さないでよ!」
現実だと気づいたニャルテは顔をくしゃくしゃにしながらも涙を拭い笑顔を取り戻した。
「キリンジ、やったのニャ?! ゴーレムを倒したのニャ?!」
「ええ、なんとか倒したよ」
「と、とりあえず帰還するニャ! 帰ってきたらまずはお説教ニャ!」
ニャルテは怒鳴りながらも、その声からは喜びと安堵が感じられた───
暫くしてキリンジが森を出ると夕陽が彼女を照らし、迎えのヘリの音が聞こえてきた。
(私がガーディアンになったの、まだ昨日なんだ…疲れたなぁ、カレー食べたいな。最後に食べたのいつだっけ…)
そんな事を考えながら、ドサっと地面に座り空を仰ぐ。
「キリンジ〜! 迎えに来たニャ〜!」
着陸したヘリから現れたニャルテがこちらに手を振っている、それを見たキリンジはゆっくりと立ち上がり歩き出した────
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