賽は投げられた
放たれた弾丸はリクの頬の真横を通過し、すぐ後ろの壁に着弾した。
「…わざと外したな」
「対戦相手といえど、仲間を撃つのは気が引けるから」
それを聞いたリクは眉をハの字にして溜息混じりに笑った。
観客席の静寂を打ち破るように大音量のアナウンスが流れる。
「勝者 Bクラスガーディアン、キリンジ!」
観客から一斉に歓声があがる。キリンジは歓声を浴びてやっと存在を認められた気がした──
試合後、自室のベッドに腰掛けていたキリンジは、照葉としての人生を振り返っていた。
友達なんてできるどころか、虐められてさえいた学校生活。
「何あの子感じ悪〜」「私の事睨んでたでしょ」「目障りなんだよクソ陰キャ」
散々な言われようだった。
親も照葉の成績がいくら良かろうが、虐められようが無関心。口を聞いてくれる事などめったに無かった。
(考えてみれば、あそこに私の居場所なんて無かったんだろうな)
自然と胸が苦しくなり、頬を伝った涙が手の甲へと落ちる。
その時部屋のドアがノックされ、開いた扉からニャルテが顔を覗かせた。
「キリンジ、部屋は気に入ったかニャ?」
照葉はニャルテに泣いている姿を見られまいと涙を拭う。
「うん! 凄くいいお部屋」
ニャルテは満足そうに大きく頷いた。
ジョーカーから入団記念という名目で譲り受けたミーティア本部の地下にある居住エリアの一室。
ウォールナット調の落ち着いた雰囲気の壁に、向こう側の世界の地図や本が並べられた棚、銃を保管するガンラック。その他最低限生活に必要な物は揃っていた。
ニャルテは部屋に入るなり照葉のすぐ隣に腰掛けた。
「キリンジ、何か悩んでるにゃ〜ね?」
照葉はニャルテから顔を逸らし答える。
「そんなに顔に出てた?」
「人の感情は匂いで分かるのニャ、突然環境が変っちゃう時の気持ちは、ミャ〜もよく分かるニャ」
するとニャルテは突然照葉を横にならせ、彼女に膝枕をする。
照葉はあまりの驚きに目が泳いでいた。
「ちょっ! ニャルテ恥ずかしいよ!」
「なんでニャ? 今ここにはミャ〜とキリンジしかいないニャ。キリンジはただ目を瞑ってリラックスすればいいのニャ」
照葉は渋々目を瞑る。
(膝枕、意外と好きかも…)
もし普通の家庭に生まれていたなら、もし優しい母親のもとに生まれていたなら。もっと早くからこの感情を知れていたのだろうか。
そんな事を考えていると、また涙が溢れてくる。
「やだ、私ったら…」
急いで涙を拭おうとする手を、ニャルテは優しく抑え言った。
「ニャルテはキリンジの相棒ニャ、だから泣いても誰にも言わにゃいし、できる事ならにゃんでもしてあげたいのニャ」
「ありがとうニャルテ、けど私は大丈夫だか…ら」
相当疲れていたのか、最後まで言い切る前に照葉は深い眠りについた。
「そう、それでいいニャ」
ニャルテは優しく照葉を撫でた後、蝋燭の火を指で消した────
目を覚ますと照葉は真っ暗な自室に一人でいた。
ニャルテの姿は見当たらない。
「おーい、ニャルテ〜?」
入り口を見ると部屋の扉が僅かに開いており、そこから赤い光が差し込んでいる。
照葉は恐る恐る歩いて行き覚悟を決め扉を勢いよく開けた。
しかし、あるのは部屋の前の広々とした通路で、赤い光は非常灯の灯であった。
「そっか、ニャルテも自分の部屋に帰ったのね」
そう言って部屋から一歩踏み出した時、足に何かがぶつかった。
「…?」
照葉が下を見ると、さっと彼女の顔から血の気が引いた。
そこにあったのは、血を流し横たわるニャルテではないか!
照葉は急いでニャルテの首元に手を当て脈を確認しようとする。
その時だ、ニャルテが勢いよく照葉の腕を強く掴み言った。
「どうして、助けに来なかったの?」
照葉は過呼吸になりながらも必死に問い返す。
「ニャルテ、それどういう事? ねえ!」
「キリンジは、まだ知らない」
その瞬間照葉の視界が黒一面に染まった────
「キリンジ…キリンジ起きるニャ!」
ニャルテの声に反応し飛び起きた照葉は、ニャルテをじっと見つめ、夢であった事を確認すると、何も言わず彼女を抱きしめた。
ニャルテは顔を赤くし、目を泳がせる。
「ど、どうしたのニャ? やけに積極的なのニャ〜」
「いや、何でもない。ただほっとしただけ」
「そ、そろそろ苦しいニャ…死んじゃうニャ…」
離されたニャルテは呼吸を整えた後、一つのファイルを照葉に差し出した。
「これ、キリンジの初任務の内容ニャ。おそらく攻略任務ニャ」
キリンジは聞き慣れない言葉に首を傾げる。
「コウリャクニンムって?」
「攻略任務は、ミャ〜達が住んでた世界、つまりこの世界の人間が言う 異世界 と融合したエリアの調査と安全確保を主な内容とした依頼ニャ」
パラパラとページを捲っていくと、パーティメンバーと記されたページが現れた。
そしてキリンジはメンバー欄に目を落とした瞬間、言葉を失った。
「ニャルテ、なんでジョーカーさんの名前はバツで消されてるの?」
ニャルテは申し訳なさそうに俯いて言った。
「それがニャ、ジョーカーはSクラスモンスター討伐に半ば強制で参加させられてもう出発しちゃったのニャ…」
その頃ジョーカーは…
「ボクはさぁ? キリンジと一緒に攻略行きたかったのにさぁぁ? なぁんでSクラス討伐の前衛しなきゃなんない訳ぇ?」
「お前がいるのといないのじゃ大違いなんだよ。グチグチ言ってねえで動け〜」
「もう嫌だよキリンジ〜、助けてよ〜〜!」
一時間前からこの調子なのであった───
照葉は暫しの沈黙の後、やっと口を開いた。
「え〜と、つまり?」
ニャルテは申し訳なさそうに答える。
「攻略は、一人で行くことになるニャ。大丈夫ニャ! ニャルテが遠隔でサポートするニャ!」
照葉は溜息の後、覚悟を決めたように勢いよく立ち上がり、ガンラックにかけてあったライフルを手に取った。
「まあ、早くクラスSになるためには経験を積まないとだし、見せ場も手柄も独り占めできるって考えたらラッキーじゃん!」
照葉はそう言うと素早く装備を着用し、部屋を後にした。
キリンジとしての最初の任務が、今始まろうとしている─────
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