2,アレクサンドル王太子と共に帝国へ

 アレクは確かに、国王の侍従に「三人だけで話したい」と伝えたはずだった。だが国王の執務室を訪ねると、執務机の脇には宰相ゲルトナーが立っていた。


「王族の留学に妃殿下が同行されるのは前例がありません。おやめになった方が良いかと」


 ゲルトナー侯爵にささやかれた国王は、あっさりとうなずいた。


「うむ、そうだな。帝国側に面倒をかけるのは好ましくない」


 ミノーレア国王は今や宰相の傀儡だった。ゲルトナー侯爵は十年前に宰相に就任して以来、敏腕を発揮し優柔不断な国王を支えてきた。国王は全幅の信頼を寄せ、彼を親友だと信じている。


「父上。お言葉ですが、帝国の第三皇子ブルーノ殿下に手紙を送り、すでに手筈を整えてもらっております。帝都魔法学園の寄宿舎には当初、男子寮の私の部屋しか用意されておりませんでしたが、今は女子寮にシャルロッテの部屋もございます」


 滔々とうとうと述べるアレクの言葉を聞きながら、シャルロッテは不思議に思った。


(帝国の第三皇子といつの間にお知り合いになったのかしら)


 外交の場で知り合ったに違いないのだが、前回の記憶を探っても帝国留学前に親しくなっていた覚えがないのだ。


「殿下、帝国に負担をかけるのは感心しませんな」


 ふくらんだ腹を抱えながら、宰相ゲルトナーがゆっくりとした足取りでアレクに近付いてきた。身長はアレクよりやや低いが、横幅は二倍以上ある。


「殿下もご存知でしょうが、帝国に王族を送るのは我が国だけではない。周辺諸国は皆、王族を留学させ、帝国に媚びを売っている。我がミノーレア王国は諸国の中でも小国。できる限り波風を立ててはいけない」


 無表情のまま黙って立っているアレクに、宰相はずいっと顔を近づけた。


「お分かりですかな?」


 アレクの唇がぴくっと動いた。わずかに首を傾け宰相の禿げ頭に近付くと、声をひそめて耳打ちした。


「使用人たちに小銭を握らせているあなたが国際問題に興味がおありとは」


 ゲルトナーの重いまぶたが、カッと見開かれた。


「宰相の地位に昇りつめたあなたが身分の低い者たちに金子きんすを配るのは、どういうわけです?」


 アレクの声は、国王にもシャルロッテにも聞こえない。


「あなたが庭師にまで銀貨を握らせていると噂になっていますが」


 クスッと笑ったアレクに、ゲルトナーは震える声で否定した。


「ね、根も葉もない噂だ」


「ほう。では王都の商人たちの税金を免除してやったのは? 彼らがあなたに賄賂を贈るなら理解できるが、逆というのは面白いな」


 アレクの整った顔に嘲笑が浮かんだ。


「わ、分かった」


 金縛りが解けたように、ゲルトナーはアレクから後ずさる。


「陛下、アレク殿下には彼なりの考えがあるようです。若い方に帝国との関係をゆだねてみるのも悪くはないかと」


「ふむ。そちがそう言うなら――アレク、シャルロッテとの帝国行きを許可しよう」


 国王の承諾を得た。




 翌月、シャルロッテはアレクと共に王家の紋章入り馬車に乗り込んだ。うしろに続く二台の馬車にはそれぞれ侍女と侍従が乗っている。といっても身の回りを世話する最低限の者たちだけ。護衛の騎士団に前後をはさまれて、三台の馬車は帝国に向かって出発した。


「いってらっしゃいませ、兄上」


 正門に向かって走る馬車の窓から振り返ると、アレクの弟クラウス第二王子が手を振るのが見えた。


 馬車が帝国領に入ると、護衛は帝国騎士団に代わった。やがて帝都が見えてくる。ミノーレア王都と違って幅の広い道、整然と敷き詰められた石畳。大通りの左右には五階建ての豪奢な屋敷が並ぶ。


「よくぞいらっしゃいました」


 帝国の法衣貴族が歓待する中、


「アレク!」


 親しげに王太子の名を呼ぶ若い男の声。


「ブルーノ! 会いたかったよ!」


 帝国の第三皇子ブルーノと抱き合うアレクを見ながら、シャルロッテはますます疑惑を深めた。


(一回目とは違う人生を歩んできたアレク様ってこと?)




 一回目の人生では味わうことのなかった学園生活を楽しむうち、シャルロッテの胸を曇らせていた暗雲は消えて行った。


「アレク、ロッテちゃん、知ってる? 学園には帝国皇族専用の談話室があるんだぜ?」


「知ってるよ、ブルーノ。俺もロッテも入れないんだろ? 自慢か?」


「何言ってんだよ、アレク。俺様の許可があれば入れるさ。しかし教師は入れない」


 黒髪のブルーノは、ニヤッと悪ガキのように笑った。


 宮殿の応接間のように美しく整えられた談話室に入ると、ブルーノは鍵を閉めた。


「よっしゃ! 早弁するぞ、アレク!」


「いや、俺はまだ腹減ってない。――ってブルーノ、そのためにここへ来たのか!?」


「ホウホウ(そうそう)」


 ブルーノはすでに、トリュフ・クリームチーズ・スモークサーモンをはさんだサンドイッチにかじりついている。シャルロッテはこらえきれずに笑い出した。


「ブルーノ様って優等生なのに、生活態度は自由なんですね!」


 第三皇子は魔術の天才として名高く、学園に通いながらすでに帝国魔法騎士団の団長を務めていた。


「こいつが優秀なのは魔術の腕前だけだから、ロッテ」


 呆れ顔のアレクに、ブルーノが真顔で返した。


「俺様、性格も顔も優秀だろ?」


「自分で言うか?」


 彼らと過ごしているとき、シャルロッテはいつも笑っていた。


 だが半年ほど経ったある日、穏やかな学園生活はミノーレア王国からやってきた騎士団により突如、終わりを告げられた。




─ * ─




順調だった学園生活をぶち壊しに来たのは?

だがアレク王子は余裕の笑み!?

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