死に戻りなど望みません、公爵令嬢ですから無実の罪とて潔く受け入れましょう!と思っていたのに時を巻き戻したのはどなた?

綾森れん@精霊王の末裔👑第7章連載中

1,無実の罪で処刑されたシャルロッテは過去に戻る

「王太子妃シャルロッテ、貴様の罪状を読み上げる」


 後ろ手に縛られ処刑台に上らされたブロンドの少女は、そのおもてから気高さを失わず騎士団長の言葉を聞いていた。


「王家の財産を使い果たさんばかりの贅沢をしたと、王都の商人たちが証言しておる」


 全く身に覚えがない。シャルロッテはもちろん冤罪だと何度も訴えた。取り調べをしたのは宰相の息子である騎士団長だったが、彼は聞く耳を持たなかった。


「さらに王太子妃の立場にありながら庭師と関係を持っていたと、複数の使用人が明らかにした」


 冤罪をでっち上げるにしても、ひどすぎる作り話だった。貴族としての矜持を守り、夫である王太子を支える彼女は、業火に焼かれる心地に耐えていた。


(きっと何か大きな陰謀が動いているのでしょう)


 高貴な身分の者が毒殺や暗殺の憂き目に遭うのは珍しくない世の中。逆らえない計略にみ込まれてしまったなら、最期はせめて毅然とした態度で逝くまで。


(あなたがご覧になっていないのが、せめてもの救いだわ)


 愛する夫に無残な姿をさらさずに済んだことを神に感謝しながら、彼女は断頭台に横たわった。


(あなたの記憶と共に、私は黄泉よみの国へ旅立とう)


 王太子に愛された日々を思い出しながら、彼女は目を閉じた。




「アレクサンドル王太子殿下とグラン公爵家シャルロッテ嬢のご成婚を祝しまして、我らがミノーレア王国の更なる発展を祈願し――」


 宰相が読み上げる長々とした祝辞に、シャルロッテは我に返った。


(ここは――)


 高い天井から下がるシャンデリアのきらめきが眩しい。大広間は着飾った貴族たちであふれ返り、人いきれでむっとしている。


(過去に戻った!?)


 首の位置は変えずにしゃんと姿勢を正したまま視線だけ下ろすと、真珠の縫い付けられた豪華なドレスが目に入った。さっきまで彼女は白いモスリンドレスで、木枯らしに吹かれて断頭台に横たわっていたはず。


(これは一年前のあの日―― アレク様と結婚した日だわ)


 喜びより恐怖が彼女を襲った。これから一年後、また無実の罪を着せられる悲しみを背負い、処刑の恐怖に向き合い、人々からひどい言葉を投げつけられる屈辱に耐えねばならないのか――


 貴族女性としての振る舞いを身につけたシャルロッテは、姿勢を崩さず表情を変えず微動だにしなかった。だがかすかに頬が青ざめ、呼吸が速くなったことを、隣に座る王太子アレクサンドルが察したのだろう。


「君のことは俺が守る。必ず幸せにするから」


 彼は小声でささやくと、大きな手のひらでシャルロッテの白い手をそっと包み込んだ。


(あたたかい。覚えているわ、アレク様のぬくもり)


 彼の体温を感じると、少しだけ心が落ち着く。


(でも――)


 彼女はまた絶望に引き戻された。


(唯一の味方だったあなたが隣の帝国に留学しているあいだに、私は冤罪で処刑されてしまうのよ)


 華やかな晩餐会のざわめきが、彼女の心にかえって影を落とした。宮廷音楽家たちが今日の祝典のために作曲された華やかなソナタを演奏し、人々の笑顔とおしゃべりがあちこちではじけているというのに――


「殿下、シャルロッテ様、お祝い申し上げます!」


 でっぷりと太った宰相が、重そうな腹を弾ませながら二人のところへ近付いてきた。


「ありがとう、ゲルトナー侯爵」


 爽やかに礼を述べるアレクの表情を見たとき、違和感が彼女を襲った。目が笑っていない。


 彼女の記憶の中のアレクサンドル王太子は純粋な青年で、その碧い目はいつも彼の心を映して明るく透き通っていたのに。


「殿下とシャルロッテ様――いえ、シャルロッテ妃殿下に私の娘を紹介させてください」


 宰相であるゲルトナー侯爵は相好を崩して、孫娘かと見間違えるほど小さな娘を紹介した。


「娘のミアです。初めての娘でしてな。ほら、うちは男子ばかりが育ちましたから。いや女の子はかわいくて」


 六歳くらいだろうか――ミア嬢はぎこちないながらも習った通りに挨拶カーテシーをした。


(私がアレク様と婚約したのも、これくらいの歳だったわ)


 王家と公爵家のあいだで決められた政略結婚だったが、両家の計らいで幼い二人は度々たびたび顔を合わせるようになり、無邪気な愛を育んでいった。だから一年前の婚姻の儀では、二人はようやく王宮で暮らせることに心を躍らせていたのだ。


 そして今回も、王宮での幸せな暮らしがやってきた。


(でも私は分かっている。アレク様は必ず帝国に留学せねばならないことを)


 魔法留学という名目で、隣の帝国がミノーレア王国に『人質』を求めていることくらい、王妃教育で周辺国の政治を学んだシャルロッテは理解していた。


 小国であるミノーレア王国は、魔術が進歩した帝国に恭順の意を示すため、若い王族を数年間「留学」させねばならなかった。


(アレク様の留学を止めることはできない。それなら私もついてゆく!)


 帝国に逆らったりしたら、シャルロッテ一人が処刑されるだけでは済まない。国ごと地図から消えてしまう。それなら国内政治を動かして、彼女も王太子と共に帝国へ逃げればよいのだ。そのための方策を色々画策していたシャルロッテは、王太子の言葉に拍子抜けしてしまった。


「俺の大切なロッテ、一つ頼みがあるんだ」


「なんでしょう、アレク様」


「俺の帝国留学だが――一緒に来てほしい」


 彼の方から提案されると思っていなかったシャルロッテは、驚いて言葉に詰まった。聡明な彼女が口をつぐんだことで、アレクは不安になったのか、


「まだ王宮暮らしにも慣れてない君を異国に連れて行くなんて、身勝手だって分かってる。でも君をここに一人残していくのは――」


「アレク様、私も喜んでご一緒しますわ」


 淑女のほほ笑みではなく、心からにっこりと笑ったシャルロッテを見て、ほっとしたアレクは彼女を抱きしめた。


「よかった! 俺は絶対に君を離さないからな!」


「ちょっとちょっと、苦しいですわ、アレク様!」


 彼の腕の中でシャルロッテは笑い声を上げた。


「父上を説得しに行こう」


 明るい声で言ったあとで、アレクは急に声をひそめた。


「父上は主体性のない人間だから、強く主張すれば負けてくれる」


 いつもと違う声色に、シャルロッテは思わず彼の目を見た。一見すると美しい瞳の中には、碧い炎がちろちろと燃えているようで彼女は唾を飲みこんだ。


(前回のアレク様と違う。何かが――)



─ * ─




アレク王子が抱える秘密とは?

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