第24話 TS転生おじさん、相談する。
「えー!? イカルガさんがお見合い!?」
「お静かに」
「あ、ごめんごめん。ビックリしちゃって」
親方のお見合い当日。私は国立音楽学院の近くにある、モンブランが美味しいと評判の喫茶店に足を運んでいた。
マンダリンお嬢様とクレレさんと3人で集まるのがすっかり習慣になってしまい、場違いさにも慣れてきたためか、居心地の悪さもだいぶ薄れてきたように思う。
「お父様から伺っておりますわ。なんでもお相手は王族の遠縁の親戚の方であるとか」
「王家筋からの斡旋ですか。さすがにそれは、会いもせずお断りするわけにはいかなかったのでしょうね」
「本来は会ってお断りするのも大変な無礼にあたるのですが、さすがはイカルガ様ですわね」
「あ、やっぱりそうなんだ」
「ええ。彼は確かに素晴らしい腕をお持ちの人間国宝ですが、平民の出自ですから」
「平民が王家の血を引くお嫁さんもらえるだけでも大出世じゃない?」
「それは、その通りでしょうね」
親方、本当に大丈夫なのだろうか。
「うちの国で出世したいなら音楽家になるか楽器職人になれって言うもんね」
「事実、工房にやってくる弟子入り志願者は後を絶ちません。それで揉め事になったことも、何度かあります」
「平民が栄光を勝ち取るための手段としては、最も堅実な道ですもの。無理もありませんわ」
よくも悪くもハングリー精神は大事だ。誰かを押しのけてでも自分が上に行きたいと強く願えるだけの精神力がなければ、熾烈な競争を勝ち抜くことなどできはしまい。
……私はどうだろう。私はどうなんだろう。なあなあで現状維持に甘んじているだけの、意気地のない私は。
「あら?」
「あれ?」
「どうかなさいましたか?」
「はい。表にフォルテ様の馬車が」
鎧に身を包んだ騎士たちが店に入ってくる。店長さんと何やら話し込んでいたようだが、すぐに慌ただしくなった。そう、この国の王子様であり、マンダリンお嬢様の婚約者でもある、フォルテ王子のご来店だ。
「やあ、奇遇だね、リンリン」
「義姉さんもここのモンブランがお目当て?」
「フォルテ様。それにアルトも? 何故ここに?」
フォルテ王子と公爵家のアルト様。何やらわざとらしい笑みを浮かべた彼女の関係者ふたりが、店員さんに椅子とテーブルを運ばせてきて相席をする。こちらに拒否権はない。
「言っただろう? 奇遇だと。僕たちは評判のケーキを食べにきた。そこで偶然にも君たちと出会った。よければご一緒しても?」
「ええ、構いませんが」
大いに構う。王子様は笑顔なのに、目がちっとも笑っていない。何か不評を買ってしまっただろうか、と私は不安になった。目上の相手に弱いのはサラリーマンの常だが。まさか生まれ変わった後も胃痛を感じるはめになるとは。
4人がけのテーブルに4人がけのテーブルをくっ付けて、8人がけになったテーブルに5人で座る。席順は女子3の男子2。まるで男子が1人足りない合コンのようだ。
「君たちは随分と仲がいいようだけれど、こういったお店にはよく来るのかい?」
「ええ。わたくしの方から気分転換にお誘い致しますの。付き合ってくださるおふたりには感謝しておりますわ」
「こういう店に来たいんだったら、僕に声をかけてくれればいつでも付き合うのに。ただでさえ義姉さんは寮生活になってしまったから、一緒に過ごせる時間が減ってしまったっていうのにさ」
「フフ。まだまだ女心が分かっておりませんわねアルト。あなただって家族で出かけるのと、気心の知れた男友達と遊びに行くのとでは違うでしょう?」
その後、しばらくはあたりさわりのない会話をしていたのだが、『わたくしちょっとお花を摘みに』とマンダリンお嬢様がトイレに立ったと同時に、場の空気がピリっと引き締まった。
「ああ、そんなに緊張せずとも大丈夫だよ。僕は確かに王子だが、今ここにいるのは一介の学生だ。リンリンの彼氏とでも思ってほしい」
「左様でございますか」
「それで? 君たちは随分僕のリンリンと仲がいいようだね?」
「畏れ多くも、マンダリンお嬢様にはよくして抱いております」
「実に興味深い存在だよ、メヌエットくん。君と出会うまで、リンリンは随分と自虐的で卑屈な子だった。僕らがどれだけ手を尽くしても、僕らの言葉は彼女には届かなかった。それをたった一晩で変えてしまった君のことは、以前からとても気になっていたんだ」
「同性同士であればこそ、伝わるものもあったのではないでしょうか?」
「なるほど女の子同士の秘密、と。確かに男子では無理なこともあったのかもしれないね?」
笑顔なのに、ちっとも笑っていない。何かを見定めるような、こちらを値踏みするような、冷たい視線。非常に居心地が悪い。これならばまだ、若い女の子ふたりに挟まれてキャッキャウフフしている方がはるかにマシだ。
「……あまり図に乗るなよ」
苛立たしげに口を挟んできたのはアルト様だった。彼は以前から、私に敵意を向けてくる子だ。あのマンダリンお嬢様を一喝した日も、その後演奏会に招かれて少しだけ挨拶をした時も。
「義姉さんは誰にでも優しい人だから、お前たちのような平民相手にも気さくに接してやってはいるが、本来ならばお前たちのような平民からすれば手の届かない、雲の上の人なんだ」
「そんなこと、あなたに言われるまでもなく知ってるわよ」
「なんだと?」
バカにしたように、クレレが笑った。
「リンリン様が公爵家のお嬢様なのも、貴族のお嬢様とは思えないぐらいいい意味で変わり者なのも、とっくに知ってるわ。だってお友達だもの。その上で、彼女が私たちをお友達と呼んで、そういう風に接してくれるのなら、私たちはその信頼に応えるだけ。何よ、偉そうに。あなたなんかに言われるまでもないわ」
「貴様! 平民の分際でよくも!」
「まあまあ。彼女の言う通りだ」
王子様が弟くんを諫める。一体どうしたんだクレレさん。貴族どころか王族相手に盾突いても、得られるものは何もないぞ?
「女の子同士のお付き合いに、男子が口を挟むもんじゃない。それはその通りなんだけど、いかんせん彼女は僕の婚約者、未来の王妃だ。どうしても過保護になってしまう。その気持ちは、君たちも理解してくれるよね?」
「それは、もちろんです」
皆の視線が私に集まる。
「なにせ公爵家のお嬢様であり、フォルテ殿下の婚約者ですから。平民と遊び歩いていては苦言を呈されて当然ですし、その平民が何者か、徹底的に素性を調べ上げて当然でしょう」
「では、その平民が誘拐事件に巻き込まれ、その原因が、元を辿れば彼女のお節介にあったと知った時。リンリンを大切に思う者たちは、どう感じると思う?」
「ちょっと!」
私は怒りのあまり口を挟もうとするクレレさんを手で制し、王子様を真っ向から見据えた。
「存じ上げません」
「ふうん?」
「それとも、こう申し上げた方がよろしかったでしょうか。知ったことか、と」
「貴様! さっきから聞いてれば調子に乗りやがって!」
バン! と弟くんがテーブルを叩いて立ち上がる。対して王子様は涼しい顔だ。むしろ、冷笑すら浮かべていた。
「黙っていなさい。アルト」
「ですが殿下! こいつらは義姉さんにも公爵家にも、いやそれだけじゃない! 学院にだって多大な迷惑を!」
「黙れ、と言ったのが聞こえなかったかな?」
弟くん、撃沈。
「君はイカルガ殿の養女であるそうだね」
「いえ。ただの従業員です」
「同居しているんだろう?」
「親方のご厚意で、格安で下宿させて頂いております」
「ただの従業員のためだけに、貴族嫌いの彼が公爵家に借りを作るかな」
「作りますよ。親方はそういう男(ひと)ですから」
もはや店内は静まり返り、王子と私の一騎打ちのような様相を呈していた。何故私は、この国の王子様に喧嘩を売っているのだろう。得られるものなど何もないどころか、失うばかりであるというのに。
ああ、と。ふと気付いた。これは、そうだ。怒りだ。私は、怒っていたのだ。気付かなかった。
「君も知っての通り、彼には何度目かも分からない縁談の話が持ち上がっている。だがどれだけの好条件を提示し続けても、断られ続けてきた。恐らくは、これからも断られ続けるだろうね」
「結婚するつもりのない相手に、愛のない結婚を無理強いしても無駄でしょう」
「だが、君が説得すれば或いは」
「あり得ません。その程度でどうにかなる男性ならば、どこかで妥協して折り合いをつけていたでしょう。そういう器用な生き方ができない不器用な人なんです」
「まるでイカルガ殿のことを世界で一番よく知っている女(の)は自分だとでも言わんばかりの口ぶりだね」
「少なくともあなた様よりは」
「ふうん?」
すっこんでろ部外者、というニュアンスを、彼はしっかりと感じ取ったのだろう。
「好きなんだね。イカルガ殿のことが」
「嫌いな人間の下で働きたいとは思いませんよ」
「それだけ?」
「あなたになんの関係が?」
「平民である君には理解できないかもしれないが。我々のような優秀な人間には、後継者を残す義務がある」
ふざけるな! と声を荒げそうになった。イカルガ親方は種馬ではない。それに、後継者ならば工房の職人たちがいる。だが、ぐっと堪えた。私が彼を怒鳴りつけたところで、意味がない。
「……と、周囲からよく言われるんだ。無責任な部外者から、その血の責任を取れ、とね」
「……そうですか。それは、大変ですね。本当に」
フォルテ王子の表情が、やわらかくなった。それまでの冷笑するような、値踏みするような嫌な笑みが、柔和な微笑みにふっと変わる。
「なるほどなるほど。確かにリンリンが君たちをお友達に選ぶわけだ。実に有意義な時間だった。その上で、謝らせてほしい。試すような真似をしてすまなかったね」
「いえ、私の方こそ、大変失礼致しました」
「君にひとつ忠告しておく。イカルガ殿が王族相手だろうと己を曲げない頑固職人であることを許されているのは、僕たちが彼の腕に敬意を払っているからだ。これまでがそうだったからと言って、これから先もずっとそうだとは限らない」
「それは、そうでしょうね」
「うん。それが理解できているのであれば、きっとこれからも大丈夫だろう。君の親方が作ったピアノは、本当に素晴らしかったからね。彼には是非幸せになってもらいたいんだ。それは、彼のファンである父上も同じさ」
ああ、そうだ。春の演奏会で、マンダリンお嬢様が独唱を披露した時。彼女のために特注で作られたピアノを演奏していたのは、彼だったのだ。私は強張っていた肩の力が抜けていくのを感じた。心臓に悪い。
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