第22話 TS転生おじさん、戸惑う。

「ヌエ。すまんがこの小包を郵便局まで出しに行ってくれるか。急ぎで」


「分かりました。っと!? わあ!?」


「あぶねえッ!」


 あれはつい昨日のこと。職場で躓いた私は、危く顔面から転びそうになったところをイカルガ親方に助けられた。


 親方はドワーフなので人間の男性に比べ少し背が低いのだが、筋骨逞しく力強い。外見だけならば楽器職人よりも、鍛冶屋と言われた方が納得できそうな風貌をしている。


 まるで少女漫画のヒロインのように、親方に抱きとめられた私は、一瞬心臓が跳ねてしまったことに戸惑い、お礼を言うのが遅れてしまった。


「大丈夫か? 気を付けろよ」


「あ、すみません! ありがとうございます! よかった、荷物は無事ですね」


「荷物なんかどうでもいいだろう。いや、よくはないが。それより、お前さんに怪我がなくて何よりだ」


 転んだ拍子にずれてしまった伊達眼鏡を上げながら、あたふた謝罪する私の頭を、親方がポンポン撫でる。私も凛子が幼い頃はよくやってあげていた仕草だが、まさか自分がされる側に回るとは。


 いや、問題はそこではないのだ。やはり心臓のドキドキが止まらない。あの誘拐事件以後、自分が女の子であることを強く意識させられてしまった私は、同時に親方が『男』であることを折に触れ強く感じてしまうようになっていた。


(吊り橋効果、なんでしょうか?)


 あの誘拐事件の時。私を助けにきてくれたイカルガ親方は、とてもかっこよかった。九死に一生、地獄に仏。顔は閻魔様みたいな髭面のお爺さんなのに、私にとってはどんなハンサムよりも素敵なヒーローだったのだ。


 その印象が色濃く焼き付いてしまった影響か、あれからずっと、私は親方のことばかり考えるようになってしまっていた。その、なんというか。男性として意識してしまって、その。


 いけない。確かにこの体は13歳の乙女のものだが、中身はもう50代のおじさんなのだ。それが同年代より少し上のお爺さんにその、なんというか、淡い恋心のようなものを抱いてしまうだなんて、あってはならないだろう?


(……私は男だ。男なんだ)


 確かに親方のことは、素敵だなと思う。無才故に、前世では平凡な会社員であった私からすれば、己の腕一本のみで人間国宝にまで成り上がった彼のことは、尊敬に値する。


 喧嘩も強く、頼り甲斐があって、大勢の職人たちから親方、親方と慕われる親分肌の豪快な生き様は、平凡なサラリマンが憧れるには十分すぎる程に眩い存在だ。


 そうだ、きっとこれは憧れなのだ。同じ男として、あんな風になりたいという憧憬を、吊り橋効果と合わさってこ、恋心だと錯覚しているに過ぎないに違いない。頼むから、お願いだからそうであってほしい。そうでないと、困る。


――


「恋の香りがするわ!」


「どうしました? 急に」


「ううん、自分でもよく分からないのだけれど、なんだか新鮮な恋の波動を感じたの。きっと誰かがどこかで恋に落ちたのね!」


「はあ、そうなのですか?」


「それはまたなんと言いますか……凄い嗅覚ですわね? (何かを嗅ぎ付けた……いや受信した? さすがは攻略キャラ全員の好感度を教えてくれる乙女ゲームの親友キャラ、といったところなのかしら?)」


 休日を利用して、私たちは以前クレレさんが話していたアップルパイの美味しいカフェに足を運んでいた。ふたりには心配をかけてしまったため、どうしても誘いを断り辛かったのだ。


 閑静な高級住宅街にあるセレブな雰囲気のカフェは、学生が来るには些か背伸びをしすぎな気もするが、マンダリンお嬢様がいるととても画になる。生まれ付いてのお嬢様なのだな、彼女は。


「わあ! このアップルシナモンケーキすっごく美味しいよ! 食べてみて!」


「いえ、お気持ちだけで結構ですよ。お気遣いありがとうございます」


「そんなこと言わずに一口だけ! ね?」


「分かりました。では、一口だけ」


 ケーキ1個で日本円に換算して1000円以上する高価なお店なだけあって、味はとてもよかった。あまり甘いものが得意でない私でも、美味しいと感じるのだから相当美味しいのだろう。


「まあ! クレレ様だけずるいですわ! ヌエ様! わたくしにもあーんをさせてくださいまし! というかしてくださいまし!」


「はあ。お嬢様のお望みとあらば」


 彼女のアップルタルトと交換で、フォークで切ったアップルパイを、マンダリンお嬢様の口に運ぶ。なんというか、若い女の子たちに混じるのはいつまで経ってもなれない。嫌なわけではないのだが、どうしても照れ臭いというか、気恥ずかしいのだ。


「美味しいですわ!」


「それは何よりです」


 勘弁してくれ。これではまるで本当に、本当にただの女の子みたいじゃないか。


「リンリン様だけずるーい! ヌエちゃん! 私にも私にもお!」


「あの、いえ、分かりました。はい、あーん」


「あーん! うん、美味しー!」


 女友達とケーキ屋さんを訪れ、それぞれ違うものを頼んで一口ずつシェアし合う。私がおじさんの生まれ変わりでなければきっと、当たり前のような光景なのだろう。


「ウフフ! なんだか夢見たいですわ! わたくし、こうやってお友達と楽しくお喋りするのが夢でしたのよ!」


「あれ? でもリンリン様、学食でよくサロン開いてるよね?」


「あれは社交の一環、貴族の責務ですもの。政治色のない、和やかな談笑の場ではありませんから」


「そっかあ。お金持ちってのも大変なんだね! あ、でも私、リンリン様のサロンに参加するのは楽しいよ!」


「フフ。ありがとうございます。わたくしもクレレ様やヌエ様とお話するのはとても楽しいですわ。おふたりとお友達になれて、心から嬉しく思います」


 花が綻ぶように、ニッコリと笑うマンダリンお嬢様。そんなまっすぐな好意を向けられてしまうと、なんだか照れ臭くなってしまう。


「わあ! ヌエちゃん照れて赤くなってる! 可愛い!」


「ええ! 本当に可愛らしいですわあ!」


「おふたりとも、からかわないでください」


「からかってなんかないよ! ねー!」


「ねー!」


 女3人寄れば姦しい、なんて言うが、若い女の子のパワーにはやはり勝てそうもなかった。凛子、お父さんは異世界で困ってるよ。こういう時はどうやって場を切り抜ければいいんだい?

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