第17話 TS転生おじさん、怯える。
心の底から『怖い』と感じたのは、随分と久しぶりな気がする。あれは、そうだ。妻が交通事故に巻き込まれた時だった。警察から電話があって、大急ぎで警察病院に向かって。
ご遺体のご確認をお願いします、と。誰かの亡骸の上にかけられたシートを捲られる直前。あの絶望的な恐怖は、今でも忘れられない。
自分が死んだ時は。凛子を庇うのに夢中で、恐怖なんて感じる暇はなかった。咄嗟に体が動いて、シートベルトをしたままハンドルから手を放して、助手席に座る凛子だけでもなんとか助けなければ、と無我夢中だったから。
「ヒッヒッヒ! 可哀想になあ!」
「あんたが出しゃばるから悪いんだぜえ!」
「身から出た錆って奴だ!」
私を誘拐した男たちは、いかにもなゴロツキといった風貌の粗野な男たちであった。貧民街よりもスラム街にいそうないでたちの、柄の悪い男たちが、刃物を手に私を取り囲んでいる。
目が覚めた時、私は椅子に縛り付けられ、猿轡を噛まされていた。必死に抵抗しても、手足を縛る縄はびくともしない。かび臭く薄暗い、窓のない部屋。ジジジと薄暗い電球が揺れるだけで、今が昼か夜かも分からない。
「ま、すぐには殺さねえから安心しろよ!」
「たっぷり可愛がってやるように命令されてるからなあ!」
「あんたみてえな上玉とやれるなんて初めてだからよお!」
「なるべく優しくしてやるから安心しな!」
「勿体ねえなあ! こんな綺麗な顔を、最後には潰さなきゃなんねえとは!」
最悪だ。どうやら彼らは私のことを強姦し、その後に殺す、或いは半殺しにするつもりのようだ。卑しさ丸出しの陰湿な笑みを浮かべた暴漢のひとりが、椅子に縛り付けられた私の胸を乱暴に鷲掴みにする。
嫌だ、怖い、誰か助けて! 私は震えながら涙を流した。見知らぬ男に襲われる女性の気持ち、恐怖心や嫌悪感を嫌という程に痛感する。
映画や刑事ドラマなどでは、同じ状況に置かれたヒロインが敵に反論したり、勇敢に立ち向かったりすることもあるが、小市民である私にはそんな勇気は到底振り絞れそうになかった。
身動きができないように縛り付けられ、刃物を持った暴漢3人組に囲まれながら、全身をまさぐられ、顔や耳を舐められる。抵抗もできず一方的に嬲られ、嬲り殺しにされるかもしれない恐怖で体が震えた。
心臓は今にも破裂しそうで、涙は後から後から止まらなくて、悲鳴にもならないくぐもった呻き声が猿轡に阻まれる。
「そうだ。そうやっておとなしくいい子にしてりゃあ、俺らだって優しく可愛がってやるよ。あんたもどうせ死ぬんならなるべく苦しまずに死にてえだろ?」
「下手な気を起こすんじゃねえぞ。指の1本や2本、目玉の1個や耳の1個ぐらいなくなっても構わねえんだからな!」
「おいおい勘弁してくれよ! 俺は血まみれの女とやる趣味はねえぞ!」
着ていた服を刃物で切り裂かれ、下着姿にされる。嫌だ! 助けて! お願い誰か助けて! 親方! 親方あ!
「ワン! ワンワン!」
「あん? なんだ?」
「犬の鳴き声?」
「あの鳴き声、まさか!」
男たちが股間を膨らませ、舌なめずりしながらズボンを脱ぎ始めたその時である。ガタガタと地震が来たみたいに部屋が揺れ、それからドォン! という何かを打ち壊すような凄まじい轟音が響く。それからすぐに、バァン! と部屋のドアが蹴破られた。
「ヌエ! 無事か!」
「ほははは!(親方!)」
親方の鉄拳が炸裂し、顎を砕かれた暴漢のひとりが宙を舞う。残りのふたりが慌てて応戦しようとするが、どちらもズボンを脱ぎかけていたため足がもつれている間に叩きのめされた。
「なんだてめえら!?」
「それはこっちの台詞だ!」
「よくもヌエちゃんを誘拐しやがったな!」
「しかもこれから何しようとしてたのか一目瞭然じゃねえか!」
「てめえら全員、無事で済むと思うなよ!」
蹴破られたドアから怒涛の勢いで雪崩れ込んできたのは、親方率いるイカルガ楽器工房の職人たちだ。多勢に無勢。怒り狂った職人たちに複数人がかりで叩きのめされ、暴漢たちはあっという間に見るも無残な半殺し状態になっていく。
「ヌエ!」
「親方!」
私の手足を結んでいるロープを素手で引きちぎってくれた親方に、私は抱き着いて泣きじゃくった。死と強姦の恐怖から解放された安堵に、大声で泣いた。こんなにも泣いたのは久しぶりだ。
「怖かった! 本当に怖かったあ!」
「ああ、もう大丈夫だ! 大丈夫だ! 無事でよかった! 本当によかった!」
「うあああああ! ああああああああ!」
半狂乱になって泣き叫ぶ私を、親方は強く抱き締めてくれた。私はそのまま泣いて、泣いて、泣き続けた。
――
「親方、こいつらどう落とし前をつけてやりますか」
「今すぐにでもぶっ殺してやりてえが、まだ殺すなよ。一体どこのどいつがこんなふざけた真似しやがったのかを吐かせるまではな」
「うす。そんじゃ、全員揃って死んだ方がマシな目に遭ってもらうとしますか」
「手加減できるかな。難しいかも」
「なあに、3人もいるんだ。2人ぐらいくたばっちまったところで問題ねえだろうよ」
「それもそうッスね。んじゃ、職人の流儀を見せてやるとしましょか」
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