培養液

 一足先に天球の中へとやってきた僕を待っていたのは一つの巨大な機械だった。

 結界の中を外でみたときに覆っていた霧は中に入ってしまえばもうきれいサッパリなくなっている。


「……何じゃ、こりゃ」


 僕の前にあるのはアニメとかに出てきそうな人が一人縦で入る培養液で満たされた水槽である。

 その中には人の心臓くらいの肉の塊が鼓動もなくただ浮かんでいる。


「こいつは、一旦置いておいて」


 とてつもなく気になる一品ではあるが、一旦興味を外して内部の方へと意識を割いていく。


「有害な気体はなし、気圧、大気成分共に何の問題もなし。問題なく人は暮らせますと」

 

 空気中に問題がないことを確認した後に僕は実際に手で結界へと触れて魔法にも人を害する術式がないことを確認する。


「完全に保護空間。邪なものを一切入れたくなかったみたいだね」


 しっかりと魔法を使って問題がないことを確認した僕は独り言を漏らす。

 僕はこれでも少しでも自分の圧倒的な才覚を見つけるために、色々なものに手を出している。

 その過程で数多くの耐性を得ていることもあって、僕が息をしていられるからここが安全とはならないため、しっかりと一から確認することが大切なのである。


「さてはて……そんな空間。ここを守るのは城内にいる大量のゴーレムに壁や床、天井を構成する木々の根っこ」


 僕は一切の油断なく構えながらぶつぶつと独り言を漏らしていく……まるで、どこかの物語の主人公かのように言葉を天に、己を見ているかもしれない第四の壁の向こう側にいる人々へと語りかけるように。

 こうすることで、幾分かの恐怖は薄れる。


「あー、あー、聞こえる?ルーエ」


 そして、己のメンタルを保つためのいつもの儀式、実にくだらなく浅ましい口上を終えた僕は魔道具を使ってルーエの方へと連絡を送る。


「天球の内部は問題なし。敵の数、一。僕でも負けないくらいの相手だから、みんななら問題ない。上の方で待っているね」


 一方的に連絡を送ったのち、僕は連絡を断つ。


「どんな物語、どんな道中にも最後の敵となるべき存在はいるものだ……そうだろう?それがお前かい?だが、まだ少し待ってくれ……まだ君が戦うべき相手はここにいないだから」


 培養液の周りに存在するゴテゴテとした機械。

 それより溢れ出してくる黒い影が徐々に一つの形を型どりだしていく中で僕は口上をの続きを紡ぐ。


「故に、しばしの間、僕と粗末な踊りをしてくれると嬉しいな」


『───ッ!』


 そして、人間にはわからぬ耳障りな鳴き声を上げる影に対して僕は笑みを向けるのだった。

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