第3話 魔王様は新作スイーツを物色したいのに。

 さて、せっかく人間界に来たのだから、新作のスイーツでも物色してから帰ろうか。


 俺は城下町にある飲食店が立ち並ぶ路地を歩いていた。もちろん、魔王の姿のまま歩いていたら人間どもがパニックを起こすから、魔法を使って人間の姿に化けている。ツノも隠しているし、服装もごく一般的な住民のそれに似せてある。一応、人間の世界の通貨も持っているから、無銭飲食なんて品の悪いこともしない。


 しばらく歩いていると、「新作クレープ発売開始!」と書いてある看板が目に入った。……クレープ? また俺の知らない間に新しいスイーツが開発されたらしい。どれ、ひとつ食べてみるか、と店に近づいたときだった。


「兄さん……俺に少しでいいからめぐんでくれよ……」


 背後から誰かに声をかけられた。振り返ると、どこか見覚えのある顔――こいつは、いつも魔王城にやってきていた勇者だとわかった。しかし、顔には生気がなく、服装もみすぼらしかった。さっき魔王城に来たときはこんなではなかったはずだ。たった数時間で何が起きたというのだろうか?


「あん……あなたは勇者では?」


 正体がバレることはないと思うが、俺は言葉を選んで話しかけた。


「ついさっきまではな。何度も魔王討伐に失敗するもんだから、国王からさじを投げられたんだ。勇者の称号も、お金も、装備も全て剥奪はくだつされて、今では一文無しのただの一般人さ……いや、一般人よりも下だ……ちくしょう、魔王さえ倒していれば……ちくしょう!」


 なんとなくだが、勇者に対して申し訳ない気持ちがした。彼もいわば雇われる側。役に立たなかったり、用が済んだら捨てられるというのもなんだかかわいそうな気がしてきた。まあ、俺は倒されることはないんだけどな。


「これ、使ってくれ」

 気がつけば俺は持っていた硬貨を、勇者に手渡していた。勇者は驚いた顔で「こんなに……いいのか?」とてのひらを震わせていた。


「ああ、あんたには迷惑をかけたからな」


 しまった、つい余計なことを言ってしまった。勇者が「以前あなたに会ったことが……?」と俺の顔を見つめてくる。魔法で素顔を隠しているからバレるはずはないが……万が一のことがあるとマズイ!


 無言のまま俺は勇者に背を向けて、急いでクレープ屋に入った。そして、新作クレープを二つ買って、魔王城へ戻ったのだった。

 

 誤解するなよ、二つ食べるんじゃないぞ。魔王城にいる側近、ギースの分だ。あいつはスイーツを買ってこないとうるさいからな。

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