第二十五話 焼け落ちた館

洞窟の入り口付近まで来た私と川の主は、椅子のような高さの手頃な岩に腰掛けた。

そして、スレイター兄弟の話が終わるのを、激しく落ちる滝の水音を聞きながら待つ。


「二人とも、大丈夫かしら……」


「まあ、焦りなさんな。待つ身には長く感じるかもしれんが、兄弟の永の別れだ」


永の別れ……

やはり話が終わったら、先生は天に召されてしまうようだ。

寂しいけれど、彼にとってはその方が幸せなのだろう。


川の主は滝の雫を手に受け止めて、飲んでいた。

その様子が、自然が持つ力を身体に取り込んでいるように見えて、思わず尋ねる。


「あの……主様は、この川の神様か何かなんですか?」


「神様!? いやいやとんでもない!

ワシはただただ長くここにいるだけの爺だよ。

そうさなあ、かれこれ五百年くらいはここにいるかの」


「五百年!? 凄い!

なんて言うか、あなたから見たら私なんか、ただイキがってるだけの青二才ですね」


「いや、ワシは長くこの世に残っちゃいるが、強くない。見りゃ分かる。

アンタのように無鉄砲じゃないし、平和主義だからねえ。大人しいもんさ」


「無鉄砲……」


私の不服そうな顔が面白かったのか、主はケラケラ笑った。


「いやいや、それはそれで悪い事じゃないさ。むしろ羨ましい。

ワシは強くはないが、昔の事はよく覚えとるよ。

五百年……いや、前世を含めれば六百年というところか。

聞きたいことがあれば、知ってる限り教えてやろう」


「本当に凄いですね。私は前世の事、戦っている最中の記憶しか浮かんでこなくて。

私、こうして生まれ変わる前は地縛霊になってて、三百年くらいこの世に居座ってたんですけど」


「ほう……フムフム……三百年とな……?」


主は両手の指先でこめかみを押さえ、しばらく黙考していたが、何か思い出したらしい。


「そういえば、隣国に昔、世界に名だたる幽霊屋敷があってな。

その名は何百年も鳴り響いていたもんだ。

二十年くらい前に焼け落ちて、今は無くなってしまったが……」


「えっ…………」


一瞬、記憶の蓋が開きかけた気がした。


「あ、あの、その屋敷の名前は分かりませんか!?」


私は主に迫った。その迫力に気圧されたのか、彼は焦った様子だったが、少し時間をおいて、何とか記憶を導き出す。


「そう、その名は確か『グランデ人形館』だったはず」




『グランデ人形館』……




名前を聞けば一気に過去を思い出せるかと思ったが、そうでもなかった。

だけど、その名前は、何かがしっくり来る。多分、私にとって重要な何かが。


隣国、イルソワール……いつか必ず行かなければ。

そして『グランデ人形館』のことをもっと知りたい。




***




しばらくすると、誰かの足音が近付いてきた。


「待たせたな、話は終わった」


私が川の主と話し込んでいた間に、先生とアールは別れを終えたようだ。


「せ……ラッシュさんは、天に昇られたの?」


「ああ、おそらく」


「そう……」


そっと天井を見上げて、涙をこらえる。

アールは何か言いたそうだったが、言わなかった。


「……私は一旦、元スレア領の屋敷に帰るわ」


「そうか……俺は兄貴を連れて、実家に戻る。しばらく忙しくなるだろう。

……手助けをしてくれたのに悪いが、あんたを葬儀に呼ぶことはできない」


「仕方がないわ。そんな義理はないもの。しょせん私は患者の一人に過ぎないわ。

だけど、彼が次は幸せに生まれてくることを、遠くから祈ってる。

あとは……」


私は周囲の空気を暖めると、温い風を起こして、驚くアールの全身に当て続けた。


「そのまんまじゃ風邪を引くわ。顔色だって真っ青じゃないの……」


彼の服も髪もあらかた乾いたところで風を止める。


「……随分と芸が細かいんだな、いや、ありがとう」




***




私達は川の主にお礼を言うと、赤い石の出口から洞窟を出た。

先生の身体と、私の抜け殻とアニーのいるところへ、二人で向かう。


ふと、アールが神妙な面持ちで、こちらに話しかけてきた。


「そうだ、あんたに伝えようと思ってたことがあった。

初日の聞き込みで見付けたんだ。

もう少し下流まで付き合ってくれるか?」


「下流?」


そう言えば私とアニーは滝のところまでしか川沿いを歩いていない。

その先に、何かあったのだろうか。


下流に進むと、川幅は広く、水深は浅くなっていく。

川の縁には河原のような、直に川に降りられそうな場所がたくさんあった。

その一角には、葦の穂が生い茂っていて、葦の陰には砂利が溜まった小さなスペースが見える。


「ここだ」


アールに手を引かれながら河原まで降りて、砂利の溜まっている場所を見ると……

そこにはゴミか何かを焼いたような痕跡が残っていた。


昨日や今日の物ではなく、焼かれてから日数が経っているようだ。

火をつけた後、雨にでも降られて燃え残ったらしい。

焼け焦げて縮れた白いシャツや、男物のズボンの切れ端が、湿ってグシャグシャになって落ちている。


その隣には……


「これって、カツラ…!? ストロベリーブロンドって、まさか……!」


緩いウェーブのかかった、もしも生えていたら、肩の下辺りまでの長さがある髪の毛。

シェアリアと同じ長さだ。

吊り橋を切っていた彼女は男のような、白いシャツにズボンをまとっていた。

では、このカツラも……


「人相書き付きで世界中に指名手配されたからな。この姿は捨てたんだろう」


アールは冷静な表情で、手先の部分を掴んで、燃え残ったカツラを持ち上げた。


そんな……スレア邸でいつも見ていた彼女。

一見可愛らしい笑顔で、私をいびったり、殺そうとしたりした悪女。

あれは本当のシェアリアじゃなかったの……!?


頭の中が真っ白になった。

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