第二十六話 途絶えた孫からの手紙

あれから私とアニーは、ジョンと約束した時間に橋の前まで戻った。

今は彼が御者をする馬車に乗って、マリーゼ邸へと向かっている。


正直なところ、私はすっかり気落ちしていた。


先生……いや、ラッシュさんの死が確定したこと。

そして葬儀に出席するのを、こちらから話を切り出す前に拒否されたこと。

シェアリアがこの屋敷にいた頃から、すでに変装した仮の姿だったこと。

それによって、指名手配の人相書きがそもそも役に立たない……つまり彼女が捕まる確率が下がったこと。


……そんな出来事が、順繰りに頭の中を巡っている。


しばらく時間が経つにつれ、馬車の窓から少しずつ、瀟洒な建物が視界に入り込んできた。

その屋敷の門をくぐり、屋敷の正面玄関に横付けした馬車から、二人で降り立つと……


「お帰りなさいませ!!!」


一斉に声が上がった。

ジェームスや屋敷の霊達が、玄関前に揃って、暖かく出迎えてくれている。


思えばこんな風に、帰宅して皆に出迎えられたことなんて、今までの人生ではなかった経験だ。

実家でも、婚家でも。


今、私が立っている、ここが、私の家なんだ。

そしてここにいる皆が、私の家族なんだ。たとえ生きていなくても。


「ただいま」


強張った心が解きほぐされていくようだった。




***




「ああ……今回も良かったな。幸せな気分だ」


「私達、もう五回もリピートしてるんですのよ。

ここに夫婦で参加するようになってから、家族仲も上手くいくようになって……」




今回も『幸せの幽霊屋敷ツアー』は大盛況だった。

すっかり元スレア領の観光名物になってしまい、リピーターも大勢いる。

クチコミで他の領や外国からも参加依頼が舞い込むほどだ。


しかし、これはこれで、困った側面もある。

私が自分でシェアリアを探しに行けないのだ。

今のところ、他にツアーの案内役を務められる人間はいない。




旅からの帰宅後、私はジェームスに相談していた。


「シェアリアはこの家にいる段階で、すでに変装していたの。

私はあの女の本当の姿を知らない。名前すら本名かどうか疑わしいわ。

女の人は化粧でかなり顔が変わるから、指名手配の人相書きも役に立ってないと思う。

どうしたらいいかしら……」


ジェームスはしばらく目を伏せ、考え込む。


「そういえば、マリーゼ様は力を得てから、直接シェアリアと対峙したことがありましたよね?」


「そうね、長い吊り橋を挟んで、だったけれど。

あの人の魂の禍々しさといったら……

毒蛇が絡みつくみたいに、うねってて……人間の物ではなかったわ。

今思い出しても寒気がする」


「でしたらマリーゼ様が、直接見て探すしかないですね。

あちこちを巡って、少しでも怪しい話があれば、その相手を探して魂を見るしかありません。

魂の姿は偽れないものです」


「そうね、だったら出向いていって、自分の足で探せばいいんだわ!」




しかしそうなると、長期間家を空けなければならない。

それではツアーの案内役がいなくなってしまう。


それに長期間家を空けるとなると、それだけ旅費に宿泊費に食事代など、何かとお金が必要になる。

むしろツアー自体は増やして、収益をたくさん確保しなければならないのだ。


メンバーの中で、ジョンとアニーは一応実体化できるけれど……

アニーは天使役がハマっているし、ジョンは大勢の人間の前に出てしゃべるのが苦手だ。


それに加えて、リピーターが増えたため、ツアー客を驚かせる仕掛けにも工夫や人数が要る。

アトラクションの部分だけでも、今いる幽霊達だけで手一杯なのだ。




「困ったものだわ……なるべく早く、代理を探さなくちゃ」




とりあえずツアーの案内係の制服から、リラックスできる私服に着替えよう。

そう思って二階にある私室へと向かうと、ホールの階段の上からジョンの後姿が視界に入った。

一階の隅で、背中を丸めている。何やら元気が無さげだ。


私はUターンすると、ジョンの後ろに立って、肩を叩く。


「ジョン、大丈夫? どうかしたの?」


「ヒッ!」


怯えた様子で振り向くジョン。

幽霊が生者に怯えるなんて……まあ、それはさておき。

驚いたジョンが取り落としたのは、封筒だった。


差出人のところにレンという名が見えて、彼の孫からの手紙だと悟る。


「実は、月に二、三通は届いていた孫の手紙が、もう二ヶ月以上も途絶えてしまって……

何かあったのかと心配してたんです。

それで以前の手紙の住所を見て、もう一度手紙を出そうと……」


「まあ! もっと早く言ってくれたら良かったのに」


「いや、だって、その……ハンター先生が亡くなっていたと知って……

ワシなんかのせいで、先生がそんなことになったのに、これ以上迷惑は掛けられねえですよ」


「だからって、そんなのレンには関係ないでしょ!」




レンには、ジョンとジェームスとアニーの共同葬の時に会ったことがある。

濃い茶髪の巻毛に深い緑の瞳の、利発で素直そうな男の子だった。あまりジョンには似ていない。


その時、隣国から彼を連れて来たのは、レンの母方の叔父と叔母だった。

エディと血の繋がりのある叔父には特に何も感じなかったが、叔母の方の印象はあまり良くない。


ジョンの墓の前で叔父が手を組んで、ほんのひと言、発した言葉。


「この子はうちで大事に面倒を見るからな」


その瞬間、隣にいた彼女の魂が、一瞬だけ黒ずんだのが見えたのだ。

あまりに一瞬だったから見間違いかと思ったけれど、そうじゃなかったのかもしれない。




「とにかくこの件はジェームスに相談しましょう。ツアーの日程をずらしてもらうよう、話をするわ。

隣国まで行って、レンの様子を見たいの」


私は着替えることも忘れて、ジェームスの執務室にジョンを引っ張って行った。

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