第34話 ところがどっこい無敵です


「さあこい!」


 大魔狼が飛ばした【捕食者の斬爪】は空気を切り裂き、三日月型に赤く煌めいてライトエフェクトを散らす。その大きさは最初の一撃よりも三倍ほど大きい。


(でっかいのに速い!)


 愛美は大魔狼がアンデッドウルフを捕食するたびに自身が強化され、【捕食者の斬爪】も攻撃力が増していることを目の当たりにする。


『愛美ちゃん!』

『流石に強化三回目の攻撃は無理じゃね?!』

『耐えろ! たのむ、耐えろ!』

『いくら魔力が高いって言ってもボスの本気の攻撃を【自動治癒(オートヒール)】で対処するのは無理あるだろ』

『クエストクリアの光景を見せてくれ!』


(くるっ!)


 愛美は全身に力を込める。


 斬爪が通過すると、ゲームシステムにより調整された痛覚がピリリと反応し、オーバーキルのエフェクトが自分の身体から綺麗に散った。


 ――1085ダメージ


『ぎゃああああああ!』

『四桁のダメージ!!!』

『紙装甲すぎ! さすがに無理あったか!』


「あたいの血は……綺麗だろ……?」


 なぜか最期の言葉をカッコよく決めようとする愛美。

 HP5では確実にデスする被ダメージ量だ。


 しかし、【自動治癒(オートヒール)】が髪の毛ほどのHPバー残量で減算を食い止め、HPバーを押し返した。ログには1058ダメージ、HP1回復、HP1回復、HP1回復、HP1回復、HP1回復と出ている。


 HP5、魔力365がなせる奇跡の【自動治癒(オートヒール)】0回復であった。


『まじかよ! 生きてるぞ!』

『1058ダメージを自動で0回復?』

『たまらなくスリリングで爽快なライブ配信』

『HP5が噛めば噛むほど味が出るスルメのごとく癖になってるわw』


(私……生きてる?)


 つぶっていた目を恐る恐る開くと、メリッサが大魔狼を攻撃している姿が見えた。デスっていたら大神殿に飛ばされて胡散臭い神父に蘇生料という名の上納金を収めろと言われているはずだ。


(生きてる! これなら……勝てる!)


「わはははははは! 大魔狼よ、私は、私こそが無敵の見習い聖女アイミ様であ〜る!」


 愛美は調子に乗りまくり、ずびしと効果音が鳴りそうな勢いで杖を大魔狼へ向けた。


 一方、【捕食者の斬爪】が愛美に当たる直前、メリッサが【月面歩行】で大きく跳躍してクリティカル狙いで懇親の一撃を叩き込んで、猛追を仕掛けていた。


 大魔狼は愛美を忌々しく睨むが、メリッサへ反撃をし、一進一退の攻防を繰り広げていた。


 メリッサは大魔狼の攻撃による被ダメージをなるべく減らし、攻撃の際に減るHPと【自動治癒(オートヒール)】による回復を見極めて、綱渡りのような攻撃をしている。メリッサのHPバーが中間位置で行ったり来たりしていた。


 大魔狼のHPバーの二本目が四分の一以下になると、大魔狼は跳躍して木の下に横たわっている白骨死体を守るように飛び退った。


「――【悲哀なる咆哮】」


 予備動作なしで大魔狼から衝撃波が円形に放たれた。遮蔽物がないため避けようがない全体攻撃が愛美とメリッサに直撃した。


 メリッサは300ほどのダメージ。愛美は1022の大ダメージを受けた。


 愛美は咄嗟に【レスト】を使ってメリッサの微スタン状態を回復させ、自分はMP節約のため自力で立ち上がった。


「――【悲哀なる影道】」


 大魔狼が影のように黒く染まって、ふっとかき消えると、愛美の背後に姿を現した。


「――ッ!」


「――【聖職者の生贄】」


 ――1009ダメージ


 ――1019ダメージ


 ――1055ダメージ


 ――1021ダメージ


 慈悲のない四連撃が放たれて愛美からキラキラと光るエフェクトが盛大に散った。


「ところがどっこい無敵です!」


 1000前後のダメージにもけろりとしている。


 大魔狼は残りHPがわずかになると回復役の後衛職を狙う攻撃スキルを使う敵であった。通常であればタンク役が回復職に張り付いて【かばう】などのスキルでダメージを肩代わりして攻略する相手だ。


 だが、ユニークスキル【自動治癒(オートヒール)】はタンク役すら必要としなかった。


「はっ!」


 メリッサが大剣で攻撃する。大魔狼はするりと避けて木の下へ戻った。


「メリッサ。大魔狼のHPはじりじり減ってるけど、先にMPが切れるよ」

「そうね」


 先ほど【自動治癒(オートヒール)】をかけたので、アンデッド系である大魔狼のHPは今も減少している。しかし、愛美のMPが先に底をつきそうであった。


 愛美がうなずいてみせると、メリッサが爽やかに笑った。


「合図したらお願い」

「オーケー!」


 何を、と聞かないでも理解し合うのが相棒というものである。


 メリッサは大剣を肩にかつぐようにして走り出す。


 ステータスをちらりと確認して、レベル上げで習得した新しいスキルを一瞥した。

 ステータスは前回からレベルが3上がったものである。


――――――――――

名前:メリッサ

職業:見習い暗黒騎士 Lv16(3アップ!)

HP:330/1130

MP:20/130

腕力:197(43アップ!)

体力:140(30アップ!)

敏捷:58(13アップ!)+5(クールニクスのワッペン(呪))

器用:40(7アップ!)

魔力:10

精神:12(2アップ!)

スキル:【血撃】【半死の一撃】【ブラッドサークル】【月面歩行(装備効果)】【血剣】【ブラッドエッジ】【血死の一撃】new!!

称号:【天職の加護】【ジャイアントキリング】

装備:黒いブロンズの大剣、冷めた血の胸当て、冷血のレオタード、赤き血の鉄靴

所持金:3800G

――――――――――


 【血死の一撃/HPを生贄にして凶悪な一撃を放つ。残HP1までHPを消費。消費したHP×2倍、攻撃力2倍のダメージ】


 見習い暗黒騎士が習得できる最大にして最凶と呼ばれる、単体攻撃スキルだ。HPが1になってしまうため、使い所が非常に難しいが決まれば大ダメージを相手に与えられる。


 大魔狼が全体攻撃【悲哀なる咆哮】を先ほど放ったときと同じよう、白骨死体を守るかのように位置取りした。


「愛美!」


 メリッサが残りMPをすべて使い【月面歩行】で大魔狼の頭上に跳び上がる。


 愛美は間髪入れずに【大治癒(ハイヒール)】を飛ばし、メリッサのHPを最大まで回復させた。


「これで終わり――」

「いけぇ、メリッサ!!」


 メリッサの瞳の周囲と唇が真っ赤に染まり、口の端から血の色をしたスチームような煙が吐き出され、大上段に振り上げた大剣が脈動して真紅に変化した。


「――【血死の一撃】!!!!!」


 グシャアッ、と不気味な効果音が響いて大魔狼の首筋に大剣がめり込むと同時に、血のエフェクトが波紋状に広がった。



 ――3277ダメージ



『強すぎいいいいいいいい!』

『ダメージ量えっっっぐ』

『レベル16が出していいダメージじゃねえぞw』

『魔法少女???』


 コメントが一気に流れる中、メリッサが攻撃後にバク宙して距離を取る。


 システムがメリッサの呼吸を荒らげさせ、肩で息をさせた。文字通り【血死の一撃】。HPは1になっている。


 大魔狼のHPバーが0になり、巨体をずんと地面に沈めた。


「やったか?!」


 愛美がとてとてと駆け寄る。


「……その言い方フラグにならない?」


 メリッサが肩をすくめる。じりじりと回復してくれるHPバーを見て、【自動治癒(オートヒール)】のありがたさと暖かさを再認識した。


「HPは0になってるよね?」

「うん。でも、消えないね」


 愛美はメリッサと並んで、警戒しながら大魔狼に近づく。


 すると、大魔狼がぴくりと動き、緩慢な動作で木の下に横たわる白骨死体に顔を寄せた。


「大魔狼はずっと骨を守ってたよね」


 メリッサが分析するように動かなくなった大魔狼を見つめる。


「消えないってことは……クリア条件を満たしてないのかな? あ、私のクエストはクリアになってるみたい。でもモンスターは倒すと消えるのがデフォだからな……愛美、どう思う? 愛美?」

「……」


 愛美は大魔狼を見ていたら、なんだか悲しそうな横顔だなと思い始め、大魔狼が不憫な子に見えてきてしまった。


 自然と身体が動いて大魔狼に近づき、ひざまずいて両手を組んだ。


 見習い聖女の初期スキル【祈り】が発動し、愛美の周囲に丸く発光した温かいエフェクトの光が現れ始めた。ふわふわと浮いている光はその数を十、二十と増やしていく。


「愛美……」


(大魔狼さん……そこにいる骨の人と仲良しだったのかな? 私たちはその人をいじめたりしないよ。どうしてそんな姿になっちゃったのかわからないけど……もう、大丈夫……)


 愛美の想いに呼応するようにして、光は増え続けた。


「……綺麗……」


 メリッサが光にあふれる幻想的な光景に目を奪われる。


『やっぱり愛美ちゃんが聖女様だわ』

『こういうところだよなぁ……』

『優しそうな横顔やで……』

『ああ……いつもアホなのに……』


 視聴者もこの光景に目を奪われているのか、コメントもスローペースだ。

 やがて光が集合して大魔狼の上で弾けた。


 キラキラとした光彩が降り注ぐと、腐敗した大魔狼の身体が修復されていき、真っ白でふわふわの毛並みに変化した。


「大魔狼さん……もとの姿はこんなに綺麗なんだ」


 愛美が立ち上がり、笑ってもふもふと毛並みを楽しむ。メリッサも控えめに大魔狼を撫でた。


「わふぅ」


 大魔狼が気持ちよさそうに人懐っこく鳴いた。


 光はそのまま大魔狼の頭上で輝き続け、愛美とメリッサに映像を見せた。


 大魔狼がとあるやんごとなき出自の少女と旅をし、少女を守るために戦っていたこと。少女が病に倒れ、死んだあとも、ひたすらに遺骨を守っていたこと。いつしかアンデッド化してしまい、魔と飢餓に飲まれて意識を失ってしまったこと。その映像は、大魔狼と少女による冒険の軌跡と、悲しい最期の記憶だった。


「もう……あなたは十分に頑張ったよ。主の元へお帰り」


 愛美が笑顔で言うと、魔狼は「わふ」と鳴いて、身体が透けていき、真っ白なエフェクトとともに散った。


 それを追いかけるようにして、少女の白骨も光の粒子になって空中へと散っていく。


 風に舞う花びらのように、ふわり、ふわりと一匹と一人の輝きが空へと舞い上がって、やがて見えなくなった。


(さよなら、大魔狼さん。主と天国で元気に過ごしてね……)


「わふ」


(今、鳴き声が聞こえた気がした。喜んでるみたい!)


『RLO2……泣かせるストーリー』

『わかる。下町パン屋の復活の話、すげえ泣けたよね』

『アイミちゃんは笑って泣ける配信をしてくれるからすばら』

『……会社で嫌なことあったけどまた頑張ろうって気持ちになりました。ありがとう』


 配信コメント欄は感動したという好意的なものであふれていた。


 見習い聖女の未発見クエストを配信していた珍しさからSNSで拡散がされており、いつしか同接は3000を超えていた。


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