第35話 報酬と日常
特殊クエスト“悪食の大魔狼を浄化せよ”を見事クリアした愛美は、空へと消えていった大魔狼と少女のエフェクトを見つめ、ふうと一息ついた。
まだ配信中だと思い出して空中カメラに視線を向けた。
「ぶじび……でんごぐにびっべぐれるどおぼいばずぅ! ずびぃ!」
大魔狼と少女の冒険に同調しすぎて爆泣きし、ひどい顔になっていた。無事、天国に行ってくれると思います、と言いたいらしい。
隣にいたメリッサがやれやれとため息をついて、アイテムボックスからハンカチを取り出して、愛美の顔を拭いた。メリッサの瞳も潤んでいたが、彼女は強がって顔には出していない。
『いいコンビだな』
『ひでえ顔wwwww』
『つられて泣く俺氏』
『全国泣き顔選手権一位だろw』
愛美はしばらくコメント欄を眺めて気持ちが落ち着いてきて、視界の右端に光っているログを押した。
――――――――――
『聖なる魔狼の指輪』
・ユニークアイテム
・装飾品/聖女装備シリーズの一つ
・MP回復速度上昇率5%アップ
――――――――――
大魔狼を浄化した報酬が手に入った。
(おお! 装備が増えたよ!)
早速、装備してみる。
すると、さらにログがポップした。
――見習い聖女、伝説のはじまり3/聖女への転職。
――上級職『聖女』へのクラスチェンジ条件、三つのうち二つ目『聖女装備シリーズを装備する』を満たしました。
「メリッサ! 転職の条件二つ目を満たしたよ!」
愛美が嬉しくなってメリッサを見ると、彼女は漆黒に血の稲妻が走ったような大剣の柄を握りしめてうなだれていた。
巨大な鈍器と言われてもなんらおかしくないそのフォルムは、斬るというより叩き潰すといった表現が正しい見た目をしており、見るからにゴツくて禍々しかった。
「……全然可愛くない……」
「あの〜、メリッサさん? それ、クリア報酬?」
「うん。持ってた武器より倍以上強い」
「良かったじゃん!」
「ハハハ……わかってはいたんだよ。見習い暗黒騎士の装備は可愛くないってね。でも、どんどん可愛さから遠ざかっていくのは……ちょっとね」
「でもさ、メリッサはやっぱり暗黒騎士が向いてるんだよ! さっきの戦いなんか、ザ・ベルセルクって感じで超カッコよかったよ」
『我らの血を姫に捧げます』
『我らの血を姫に捧げます』
『我らの血を姫に捧げます』
愛美の言葉にコメント欄も賛同する。
メリッサは苦い顔つきになって、言い返そうとした。
しかし、メリッサに惚れ込んだツインテール美少女による巨大武器をロマンとする一団に物凄い勢いで切り抜き、編集、拡散をされていた。しかもバズり始めているらしい。
「メリッサ、生き生きしてたよ! グッジョブ!」
愛美がメリッサの肩を叩く。
「私は魔法少女になりたいのに!!!」
メリッサの悲しい叫びがエリアにこだました。
◯
見習い聖女が転職条件の二つ目を満たしたことで、愛美への注目度が一気に高まった。
ユニークスキル【自動治癒(オートヒール)】もかなりの注目度を集めていたが、やはり持っているのが地雷職の見習い聖女であったことで最前線の攻略組には入ってこないだろうと予想され、情報クランの説明書きを読んで済ませてしまうプレイヤーが多かった。
だが、未発見の上級職への転職方法は注目度が違う。
職業が攻略とプレイングの方向性を分けるRLO2では、新しい職業というだけで注目度が桁違いであった。
(チャンネル登録者数……五万まで増えてますやん)
愛美が自分のチャンネルを確認して戦慄している。
さらに、視聴者の勧めでメリッサも専用SNSを立ち上げ、そちらは一晩で1万フォロワーまで膨れ上がった。
メリッサが愛美に言われるがまま、朝起きて髪をセットした姿をアップしただけで、いいねが2000ついている。実物とキャラクリが同じで、なおかつ美人なため相当話題になっているようだ。
(くっ……フランス系美少女、つおい……)
無駄に張り合いたくなった愛美は、対抗意識を燃やして渾身のウインク(※当社比)画像をアップした。
ちなみに愛美のSNSアカウントは三万人のフォロワーがついている。
いいねは3000も押されたが、『ウインク…?』『特級呪物の間違いでは?』『新聞紙丸めるた顔』という愛のある辛辣ないじりコメントで満たされた。
(なんという仕打ち! 可愛いウインクやろがい! まあ下手くそだけどぉぉ!)
悔しくなって、黙っていれば美人とよく言われた過去を思い出し、これを払拭してフォロワーたちに目にものを見せようと夏目漱石の坊っちゃんを朗読する動画をアップする。喋っても美人だと思い知らせてやろうという魂胆だ。題材が坊っちゃんである理由は特にdない。
動画にいいねが5000ついた。
しかし、気合いを入れすぎた愛美の朗読は爆音朗読になってしまい、視聴者の爆笑をかっさらった。
『勢いありすぎる坊っちゃんwww』『この坊っちゃん、きっと街を破壊するw』『鼓膜死亡』とまたしてもいじられまくった。
(くぅっ……これだけいいねがつくと動画削除も勿体ない……なんというジレンマ……!)
地味なところで少庶民を発揮して、下手くそな雄叫び朗読動画を削除できない。
そんなこんなで、相棒メリッサへの無駄すぎる対抗意識を燃やしている中、学校では常に二人で行動していた。
メリッサはその見た目から学内でかなりの注目を受けているが、愛美との関係が強固であったため、クラスにはそれなりに馴染んで自分から交友関係を広げようとはしていない。
実業家の娘である愛美と超絶美人フランス人ハーフのメリッサはクラス内のサンクチュアリ的なポジションになっていた。ちょっと用事がないと話しかけづらい、という空気である。
愛美としてはメリッサと合流できて大満足であり、メリッサは若干の人見知りが入っているので別に問題はなかった。孤立しているわけではなくクラスメイトがそっとしておいてくれるため、街を歩けば必ず二、三回男に声をかけられるメリッサはクラスの居心地がいいとすら思っている。
愛美は昼休みにRLO2のアプリを起動した。
「ステータス確認?」
隣にいるメリッサがツインテールの片方を手で押さえて、画面を覗き込む。
「そうだね。メリッサのも見せて」
「いいよ」
二人がRLO2をプレイしているのも、今のところクラスメイトには知られていなかった。別に隠してはいないが、言うほどのことでもないと二人は思っている。
愛美は自分のステータスを確認した。
――――――――――
名前:アイミ
職業:見習い聖女 Lv20
HP:5/5
MP:5450/5450
腕力:1
体力:1
敏捷:1
器用:5
魔力:465
精神:190
スキル:【治癒(ヒール)】【祈り】【レスト】【プロテクト】【クイック】
【祝福Ⅰ】【キュア】【大治癒(ハイヒール)】【マジックシェル】【フライ】【ディスペル】
ユニークスキル:【自動治癒(オートヒール)】
称号:【無手の博愛者】【ジャイアントキリング】
装備:回復術士の杖、見習い聖女のローブ、見習い聖女のリボン、見習い聖女の靴、聖なる魔狼の指輪
所持金:0G
――――――――――
大魔狼戦ではレベル16であったが、ボス戦でレベルが上がり、さらにレベル上げをして20まで上がっている。
HPは5。MPは驚異の5450。魔力は白魔道士レベル40に匹敵する465まで上がっている。
(レベルアップでHPが上がらず魔力が上がり続ける確率は……なんと7777京分の1だそうですゾ。もう訳がわからないヨ)
運営によるレベルアップ時のステータス上昇率は個性や職業、その場の状況など複雑な要因が絡み合うため情報開示がされていないが、現在の愛美のステータスになるには7777京分の1の確率を引かなければならないようだ。
(怖い……偏った運の自分が怖い……。現実世界でふくびきとか当たったことないのに……)
ほしいときには当たらない。
よくある話であるが、愛美の場合は顕著であった。
(あと所持金0Gが地味に腹立たしい)
次なる大物に備えてMPポーションを買ってぴったり0Gになっている。
幸いにもデスっていないので神父にむしり取られてはいない。
また、新しいスキルも習得していた。
【マジックシェル/対象の魔法防御力を上昇させる(強度は魔力依存)】レベル16で習得。
【フライ/宙を浮くことができる】レベル18で習得。
【ディスペル/デバフを解除する】レベル20で習得。
(魔法攻撃から味方を守る魔法と、空を飛ぶ魔法ね。空飛ぶ魔法は後で試すとして……ディスペルは新しいエリアのスロウ攻撃をしてくる敵に使えるよね)
スロウ攻撃は対象の敏捷を下げるデバフ攻撃である。
ディスペルがあれば一発で解除できるため、アタッカーのメリッサに多用することになりそうだ。
「何回見てもおかしなステータスよねぇ……」
メリッサが肩をすくめている。
続いてメリッサがスマホに出してくれたステータスを見てみる。
――――――――――
名前:メリッサ
職業:見習い暗黒騎士 Lv20
HP:1790/1790
MP:170/170
腕力:255
体力:180
敏捷:72+5(クールニクスのワッペン(呪))
器用:50
魔力:10
精神:14
スキル:【血撃】【半死の一撃】【ブラッドサークル】【月面歩行(装備効果)】【血剣】【ブラッドエッジ】【血死の一撃】【愉悦の輸血】
称号:【天職の加護】【ジャイアントキリング】
装備:大魔狼の大剣、冷めた血の胸当て、冷血のレオタード、赤き血の鉄靴
所持金:7700G
――――――――――
メリッサもレベル20に到達しており、HP、腕力もかなり上がっている。
魔力はまったく上がらず、MPは10ずつ申し訳程度の上がり幅を見せているものの、現状だと月面歩行でしか使用しないため、そこまで気にならない。
新しいスキルも習得している。
【愉悦の輸血/HPを500消費して敏捷を三分間50上げる。クールタイム六時間。青い血は騎士を暗黒面へと誘う】
一時的に敏捷を上げるスキルだ。敏捷が上がらない暗黒騎士にとってメリットのあるスキルである。レベル20で習得でき、下級職ながら破格の性能だ。
「うむ。脳筋ですな」
愛美が腕を組んで言うと、メリッサがスマホを持ったまま机につきそうなほど頭をがっくりと下げた。
「否定できない……下級職で腕力255って職業『アームレスラー』とか『筋肉戦士』とかと同じっていうね……」
「大丈夫大丈夫。メリッサは可愛いから。問題ないって」
「……この学校の制服が私の癒やしだよ」
メリッサは高校指定の制服がかなり気に入っていた。都内の高校と比較しても話題に上がるほど、凝ったデザインでかわいいと評判だ。
その後、愛美はメリッサと昼食を食べながら、ああでもないこうでもないとステータスやRLO2の会話を楽しんだ。
話題は転職の話に移った。
「聖女の転職条件の最後がわからないよね。ヒント、自己犠牲とは慈愛であるって何?」
愛美が自分で作ったタコさんウインナーをフォークにさして唸る。
「ウィキにも載ってないしね。視聴者さんの予想だとまたクエストが出るんじゃないかって話だけど、どうだろうね?」
メリッサがパックのコーヒー牛乳を飲み、スマホを眺める。
RLO2はレベル20になると上級職への転職が可能となる。
一般的な上級職であれば、職業ギルドでクエストを受けると条件が満たされるため、難易度は低い。
ハイタッチで聖女殺しの汚名を着せられたアキラの職業、聖騎士になるには難易度の高い条件クリアが必須で、特殊護衛クエストで死傷者数0、上位アンデッドを聖属性の武器で単独撃破、王族からの推薦書入手、という項目がある。下級職業が騎士であることも条件の一つだ。
また、世界に三人しかない一つ星パティシエという職業は下働きで500時間働き、料理長の試験を一発合格するという、やり込みゲーマーにしか出現しない上級職であった。
こういった、ノーヒントで職業を発見していくのもゲームの醍醐味の一つでもある。
「私は転職できるようになったからね。お先に転職するよ」
メリッサは嬉しそうにコーヒー牛乳のパックを机に置いて、愛美にステータス画面をスライドさせて見せた。
メリッサのステータス画面にある職業欄の部分が、白く点滅している。タップすると『上級職・暗黒騎士へ転職しますか?』と出ていた。
「明日配信でお披露目だもんね!」
愛美は嬉しそうなメリッサを見て、自分も笑顔になる。
情報がまったくない見習い聖女は転職方法も手探りだが、見習い暗黒騎士はRLO2の世界にプレイヤーが十人ほどいる。彼らの一人であるクランマスターの暗黒騎士が情報クラン春風のたよりに情報提供をして、転職方法が明らかになっていた。
「まあ、上級職の転職方法はすぐに見つかるものでもないしさ、一緒に探そうよ」
「うん! メリッサ、ありがとね」
「愛美のことだからきっとすぐ見つかるよ」
愛美は相棒の爽やか笑みに癒やされ、自分が世界で唯一の聖女になったことを夢想して、でへでへとだらしない笑いがこぼれた。
(聖女になったら超有名人になっちゃうかも? サイン……考えておかないとな)
「また調子に乗ってない?」
メリッサのツッコミは聞こえず、愛美は「聖女様!」とみんなに囲まれて褒められる光景を妄想するのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます