第33話 悲哀なる晩餐


「――【自動治癒(オートヒール)】【クイック】【プロテクト】!」


 メリッサに補助魔法を連続でかけると、大魔狼が「グルオオオオオオッ!」と咆哮を上げた。


 大魔狼の叫びに呼応するようにして地面が不規則に隆起して、アンデッドウルフが十体ほど出現する。


 十体のうち五体がメリッサ目がけて飛びかかった。


「私の血で地獄へ落ちる栄誉をあげる――【ブラッドサークル】!!」


 HP50を消費する範囲攻撃が血飛沫を上げ、三体を弾き飛ばす。倒すには至っていない。


「ハアッ!」


 メリッサが一体をなで斬りにして消滅させるも、残った一体の攻撃を受けてダメージが加算された。


「――【月面歩行】」


 メリッサを攻撃して飛び退ったアンデッドウルフに【月面歩行】で追いすがり、振り下ろしの一撃を加えて倒し、後方へ弾き飛んだ三体も華麗な剣さばきで血祭りに上げた。


『今宵の大剣も血を吸うか……』

『暗黒姫!』

『姫、カッコいいですよ!』


「雑魚敵が連携の取れた動きになってる! 愛美はボスの攻撃に注意して!」

「オーケー!」


 愛美は戦うメリッサの背中を見ながら、補助魔法が切れるタイミングを冷静にカウントする。


 視聴者たちは手に汗を握っていた。


「――【悲哀なる晩餐】」


『あ!』

『ボスのスキル!』

『嫌な予感!』


 じっと戦いを見ていた大魔狼がスキルを発動。


 残る五体が縋るように大魔狼へと身体をこすりつけると、大魔狼は事もあろうにアンデッドウルフをすべて丸呑みにした。


「えええええっ! 食いしん坊!」


 愛美のズレたツッコミが響く。


 大魔狼の身体が淡く発行して、前足の筋肉がぼこりと隆起した。


(これは……筋トレ後にタンパク質を取って起こる……超回復?)


「あのウルフさん、マッチョになるのでは?」

「何のんきなこと言ってるの! こいつ、雑魚敵を吸収して強化する系のボスじゃない!?」

「てことはマッチョになるじゃん」

「愛美、防御態勢!」


 メリッサが愛美の近くへと戻ってきて、警護するように大剣を構えた。


 大魔狼が急激に肥大した前足をおもむろに振りかぶり、【捕食者の斬爪】というスキルを発動させると腕が赤く明滅した。


 周囲に風を巻き起こしながら腕が振り下ろされ、三日月型のライトエフェクトがかなりの速度で愛美目がけて飛んでくる。


 メリッサが剣で叩き落とそうとするが速度が早くて空振りした。


「――ッ!」


 わずか二秒ほどの出来事に愛美は呼吸を忘れ、咄嗟の判断で横っ飛びする。普段は抜けているが、昔からピンチの際に勘が冴えるタイプだ。


 愛美の頬をかすめるギリギリを斬爪が通過した。


「あぶなし! あぶなし!」


 愛美が転がって叫ぶ。


『後ろ! 後ろ!』

『志村、後ろ!』

『避けろおおおおおおお!』


 騒然とするコメント欄に気づかず、【捕食者の斬爪】が空中でブーメランのように軌道を変えてホーミングし、無防備な愛美の背中に直撃した。


「へ?」


 ――655ダメージ


 あわやデスかと思わせる致命傷のエフェクトが散るが、【自動治癒(オートヒール)】がHPバーを押し返した。


「……生きてる?」

「生きてる! 生きてる! 立って!」


 呆けている愛美をメリッサが引き起こした。


 大魔狼は大きく息を吸い込んで、次の咆哮の準備を行っている。


「愛美、回復魔法打ち込んで。相手はアンデッドでしょ? 私は次に湧いてくる雑魚をやる」

「よぉし反撃!」


 愛美は杖を構えてまずは得意の【自動治癒(オートヒール)】を大魔狼に行使した。淡く柔らかい光が敵を包んで自動回復を刻んでいく。思った通り、ボスのHPバーがじわじわと減算され始めた。自分、メリッサ、大魔狼にスキルをかけているため、MPの消費速度もやや早くなる。


「見習い聖女による華麗なるスーパー回復魔法……【大治癒(ハイヒール)】!!」


 MPを大きく消費して魔法が飛翔し、大魔狼に直撃して光り輝く回復エフェクトが散った。


「グアアアアアッ!」


 激痛を覚えているのか大魔狼が吠えるのと同時に1889ダメージがポップした。


『見習い聖女の【大治癒(ハイヒール)】やべええええ!』

『アンデッドに特攻!』

『MP消費がまずいぞ!』


 愛美はちらりとコメント欄を見る。


 確かにMPの消費が【治癒(ヒール)】の三倍強だ。回復効率が【治癒(ヒール)】三回分よりも上回っているが、連打はできない。


(MPが切れたら負けるよね。長期戦になるら防御に徹してメリッサに攻撃してもらったほうがよさそう……!)


 愛美の考えを汲み取ったのか、メリッサが素早く攻撃に移行しようとしたところで、大魔狼が再び召喚の咆哮を上げた。


 ぼこぼこと地面が不自然に盛り上がり、十二体のアンデッドウルフが出現した。


「数増えるの!?」


 メリッサが驚きながらも出現しきる前に二体を撃破。

 愛美が「まかせろ!」と勇猛に叫んで毒針片手に走っていく。


「たあ!」


 ぷすりと毒針が土から出てこようとしているアンデッドウルフに突き刺さる。


 ――1ダメージ


 ようやく土から出て戦闘態勢に入ったアンデッドウルフたちが怒りの形相で愛美に飛びかかり、500前後のダメージが連続で愛美の頭上にポップする。メリッサは難なくアンデッドウルフを背後から襲撃して数体を倒した。


「――【悲哀なる晩餐】」


 だが、大魔狼が召喚したアンデッドウルフを五体ぺろりと丸呑みにした。


 ボコッと今度は後ろ足が膨れ上がり、いよいよ肉体が強靭な見た目に変化していく。


 大魔狼は肥大した下半身で地面を踏み固め、前足をおもむろに振りかぶり、【捕食者の斬爪】を発動させた。前足が赤く発光する。


「させるか――【月面歩行】――【半死の一撃】!!!」


 メリッサが空中を闊歩し、スキルキャンセルを狙ってHPの半分を消費して強烈な一撃を放つ【半死の一撃】を行使した。


 スキルキャンセルは敵がスキル発動させて放つまでのわずかな時間に、タイミングよく強力な攻撃を入れるとスキルの発動が強制的に停止されるという技だ。判定がシビアであるため、ボス戦では何度か対戦して練習し、ここぞというところで使うテクニックであった。


 断末魔のような効果音とともに大剣がどろりとした血の色に変化して、ぐしゃりと血飛沫が飛び散る。ツインテールが衝撃で舞い、赤黒い波動が大魔狼の首筋に一撃を与えた。


「グアアアアアッ!」

「ダメか!」


 メリッサが大剣を叩きつけながら眉間にシワを寄せる。


(あかんやつ……!)


 スキルキャンセルは失敗。ダメージは入ったが【捕食者の斬爪】は先ほどよりも倍の大きさの三日月型のライトエフェクトを発生させて愛美に殺到した。


「ふりゃ!」


 敏捷1の見習い聖女による渾身の横っ飛び。


 奇跡的に二発目も回避したが、やはりホーミング弾のように空中で軌道を変えて斬爪が愛美に迫る。


 愛美は転がりながら杖で防御態勢をどうにか取った。


 ――832ダメージ


 オーバーキルの光り輝くエフェクトが愛美の全身から放出される。


 誰しもがデスった、と思ったが、【自動治癒(オートヒール)】はしれっとHPを0付近で押し返してHP5まで回復させた。


『832ダメージで死なないとかwwww』

『【自動治癒(オートヒール)】どうなってんねんww』

『メリッサちゃんのホッとした顔スクショ連射』


「無敵!」


 愛美は内心で冷や汗を流しながら立ち上がる。


「攻撃する! 回復ちょうだい!」

「りょ!」


 残りHPが二割を切っているメリッサに愛美は【治癒(ヒール)】二回飛ばす。


 そうこうしている間にも、メリッサの攻撃に加えて、【自動治癒(オートヒール)】がじわじわと大魔狼のHPを削っており、大魔狼の頭上に浮かんでいた二本あるHPゲージの一本目を破壊した。


「グオオォォォッ」


 再び、大魔狼が咆哮の準便に入る。


 メリッサが【月面歩行】で跳び上がり、大剣を裂帛の気合いとともに大魔狼へ叩きつける。


 クリティカル判定が飛び出すのもお構いなしに、メリッサが流れるような剣さばきで首元を狙って斬撃を浴びせた。


 大魔狼のHPが減っていき、メリッサのHPも攻撃の度に減っていく。


「――削りきれない」


 大魔狼による咆哮。そして地面からアンデッドウルフが十四体出現した。


「【治癒(ヒール)】!」


 愛美がメリッサのHPを回復させる。


(残りのMPがヤバいね。この感じだとギリギリかも)


「愛美! 私が言うまで【治癒(ヒール)】は飛ばさなくていいよ。【自動治癒(オートヒール)】

で回復するからこっちで管理する!」

「節約だね」

「そういうこと――はあっ!」


 メリッサが指示を出しながら、新たに出現したアンデッドウルフを二体倒し、「出てきてすぐだけどゴメンね!」と土から這い出してきて無防備のアンデッドウルフをさらに一体退治。


 愛美が毒針で突撃してヘイトを稼いで、メリッサが残りのアンデッドウルフを処理した。


「――【悲哀なる晩餐】」


 大魔狼はアンデッドウルフをまた五体丸呑みにした。


「あああっ! またタンパク質を取ってる!」


 愛美の気の抜けるツッコミを受け、大魔狼は前足、後ろ足に続いて、今度は胴体がボコッと膨れ上がった。最初に出現したときよりも二回りほど体躯が大きくなり、腐敗して剥がれ落ちた毛皮の間からは盛り上がった筋肉が見えている。


 大魔狼は間髪入れずに後ろ足を地面に固定させ、大胸筋をみしりと膨らませて前足をおもむろに振り上げた。


「今度こそ斬る!」


 メリッサが愛美の正面に立つ。


(避けても無駄だから、0回復を入れる? 超速いから無理そうだよね……ここは致命傷にならないように防御がいいか。【自動治癒(オートヒール)】と魔力を信じて……)


「メリッサに当たったらデスっちゃうよ。私が受け止める」


 愛美はメリッサの前に出て、杖をぐっと引き寄せて防御態勢を取った。

 回避しても敏捷1のためホーミング弾には当たってしまう。


「それよりも攻撃しちゃって。攻撃は防御なり」

「……いいわね、それ」


 メリッサが驚き、獰猛な戦士のようににやりと笑って大魔狼に向かって走り出した。


 大魔狼が前足を振り下ろし、【捕食者の斬爪】がライトエフェクトをきらめかせて愛美に殺到した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る