第31話 5000兆分の1
愛美がライブ配信を開始するとコメントが一斉に流れた。
『待ってた!』
『きたきた! 不死身の聖女様!』
『HP5でヒヤヒヤ(死なない)を体験できると聞いて』
『【自動治癒(オートヒール)】を見にきました』
『RLO2配信者の中で一番好き』
『期待の超新星ゾンビ聖女様!』
事前にSNSで予告していたため同接が一気に1000になった。
愛美はコメントの量に圧倒されて一瞬だけ驚いたが、すぐに目立ちたがり屋の気質が前面に出て笑顔になった。
「皆さんこんにちは! 今日も元気に配信していきたいと思います!」
のほほんとした愛美の笑顔に、視聴者が『こんちゃ〜』と返してくれる。
「今日は見習い聖女の特殊クエストクリアが目標です。これをクリアすると聖女へのクラスチェンジ条件の一つを達成できるみたいですよ!」
『ニッケ:詳しく』
『姉さんいつもいるなw』
『見習い聖女でクエスト進めてるのアイミちゃんだけ』
現在のRLO2では見習い聖女から上級職・聖女へ転職方法は解明されていない。見習い聖女自体が希少であり、すぐ死ぬ不遇職のため多くの人が挫折。アクティブユーザーは現状で愛美しかいなかった。
「それじゃあ、詳しい説明は相棒のメリッサさん、どうぞ」
愛美が手を向けると、浮遊カメラがメリッサを映した。
いつも面倒なものは丸投げなんだから、とメリッサがぶつぶつ言いながらカメラに向き合う。
『きたたたたたたぁ〜!!』
『金髪ツインテールの暗黒姫!』
『可愛すぎぃぃぃ!!』
『脳筋なのに魔法少女と言い張る暗黒姫!』
『我らの血を姫に捧げます』
『我らの血を姫に捧げます』
『我らの血を姫に捧げます』
「そのシュプレヒコールみたいなのやめてくれる? 斬るよ?」
視聴者の扱いを理解し始めたメリッサが大剣に手をかける。
『すんませんでした』
『ごめんなさい斬らないでください』
『全職一の攻撃力こわひ』
「わかればよろしい」
メリッサが大剣の得から手を離し、視聴者のノリに乗っかったことがちょっと恥ずかしくなったのか、やや頬を赤く染めた。
数秒経って落ち着いたところでもう一度カメラを見た。
カメラの画角に愛美も入ってくる。
「ゲレーロ村にいる悪食の魔狼を退治するっていう、まあよくある討伐系のクエストね。推奨レベルは17。私たちもレベル上げをしたし、二人でなんとかなると思う」
「うん! 仲間はズッ友だけって相談して決めたからさ。メリッサが生き別れたズッ友を探すの手伝ってくれるんだ!」
「生き別れたって……まあ確かにそうだけど。まあ、あれよ。ズッ友の友達はズッ友、みたいな? だから私も愛美のチャンネルには今後もレギュラー参加するから、あらためてよろしくね」
メリッサがカメラに笑顔を向け、面映ゆくなったのかあわてて目をそらして口を開いた。
「勘違いしないでよ。別に良い人ぶるつもりはないから。私も楽しいから参加するだけで、全然そういうのじゃないから」
素直じゃないメリッサが顔を赤くしてそっぽを向く。
『ツンデレご飯五合食べれますわ』
『おほぉ〜〜〜恥ずかしがり屋さんでちゅねぇ〜〜』
『ニッケ:しゅき』
『姉さんww』
『メリッサちゃん友達のために配信手伝うのか。勇気あるな』
『尊い……これが友情か』
『そいつをしまってくれ……おっさんには眩しすぎる』
『拙者胸が苦しい。これが……KOI……?』
『忍者に誰か治癒魔法かけてやれw』
『そいつぁブラックなジャックさんでも治せない不治の病さ』
金髪碧眼ツインテールのハーフ美人さんが恥ずかしがっている姿は、日本人の大好物以外の何物でもなかった。
戦っているときとのギャップなのか、メリッサの人気が急上昇している。初見さんもご満悦のコメントを送っていた。
そんな中、愛美は「ジュテーム」とメリッサに抱きつき、ついでにメリッサの首筋に顔をうずめてふがふが言いつつ擦り付ける。メリッサが離れなさいと言って愛美を押し返して揉み合いになった。
愛美の抱きついたときの癖なのだが、メリッサが嫌がっているのでタチが悪い。
終いにはほっぺたを鷲掴みにされてぐいぐいメリッサに押され、ひどい顔になっていた。
『そしてこの聖女であるwwww』
『ひでえ顔ww』
『マジで憎めない子だよな、アイミちゃん』
『ニッケ:しゅき。養子にする』
『姉さんが日に日に壊れていくwwww』
しばらく内輪ノリでわちゃわちゃした後、ふざけてすみませんと愛美が謝罪し、レベルの話になった。
「そうそう! 結構頑張ってレベル上げしたんだよね」
愛美が言うと、視聴者から『レベルいくつ?』とコメントが入った。
「二人とも16になったよ。あ、ステータス知りたい?」
視聴者たちが見たい見たいとコメントを打ち込んだ。
当然と言わんばかりに愛美は五本指を大きく広げてカメラに向けた。
「聞いて驚け皆の衆! レベル16! HP5! MP3750! 魔力365! 運営によるとこのステータスになる確率は5000兆分の1であーる!」
極振りステータスをドヤ顔で言ってみせる愛美。
ちなみに確率は様々なデータを加味して弾き出されているらしく、運営が持つマザーコンピュータが独自に算出しているようだ。詳細な計算方法までは教えてもらっていない。
『5000兆分の1wwwww』
『5000兆円ほしい(豪華なフォント)』
『どういう引きしてんねんww』
『MPでかすぎてHPバーが爪楊枝くらいしかないやんけwww』
愛美のステータスにコメント欄は盛り上がる。
ひとしきり愛美が視聴者とやり取りをすると、メリッサが口を開いた。
「ということで、おそらくこのクエスト世界初だから、みんなどんどん拡散してね。私たちも頑張ってクエストクリアを目指します」
『暗黒姫からの司令だ! 下僕ども、拡散せよ!』
『我らの血を姫に捧げます』
『我らの血を姫に捧げます』
『我らの血を姫に捧げます』
「下僕とかいらないんだけど」
視聴者の悪ノリに苦笑いしつつも、こうして面白がってくれるのも撮れ高的にいいか、とメリッサが小声で言う。チャンネルの人気が出ればズッ友が見つけてくれる確率が上がるからだ。
愛美は他のズッ友を探す手伝いを当然のようにしてくれるメリッサに感謝し、「それじゃクエストスタート!」と歩を進めた。
愛美が村長に言われた場所へと視線を向けると、大きな桜の木があった。太い幹の下には動物の骨と風化した女性用の服と人骨が横たわっている。なぜか桜の周囲は草木が一本も生えておらず、不自然な空間が広がっていた。
『またホラー系か?』
『アンデッドが出てきそうやな』
コメントが流れるのを見ながら、愛美とメリッサは桜へと近づいていく。
動物の骨と、人間の骨。
調べると『???』と出た。詳細不明の白骨だ。
「物悲しい雰囲気だね」
「愛美、油断しないで」
「うん。【自動治癒(オートヒール)】はかけてあるから大丈夫」
二人がそこまで話すと、突然地面が隆起してボコボコと土がめくれ上がり、中から腐敗した狼が姿を現した。
――アンデッドウルフ出現!
完全に白骨化していない体躯からは毛皮が剥がれ落ち、落ち窪んだ目は曇り空のように濁っている。
アンデッドウルフは次々と地面から湧き出てきて合計で五匹になった。
「愛美!」
メリッサが大剣を構える。
「【自動治癒(オートヒール)】【クイック】!」
愛美はメリッサに補助魔法をかけ、自身は一歩引いた。
今回はボス戦のため、【自動治癒(オートヒール)】によるゾンビタンク戦法ではなく、正攻法で戦うと事前に相談していた。
さらに愛美は自身に【クイック】【プロテクト】をかけ、メリッサにも【プロテクト】を飛ばす。
補助する間に、メリッサがアンデッドウルフへ先制攻撃を入れた。
「一発じゃやれないか」
アンデッドウルフがメリッサを驚異と認識したのか、前方にいた二匹が飛びかかる。
メリッサは大剣を腰溜めに構え、腰を落とした。
「私の血刃で血塗れになりなさい――【ブラッドエッジ】!!」
ズシャアという不気味な斬撃音とともに凝固した血の刃が大剣から射出され、HP100を消費して放たれた斬撃がアンデッドウルフ二匹に直撃。その首を斬り落として宙へとかき消えた。メリッサは詠唱付きスキルが恥ずかしいからを使わないと言っていたが、勝負勘が働き、今使えば最大効果が見込めると勝手に身体が動いていた。
さらにメリッサはアンデッドウルフの首が地に落ちる前に跳躍し、
「――【月面歩行】」
MPを消費しクールニクスのスキルで空中をステップして初撃を与えて後退していたアンデッドウルフに肉薄し、自分の背丈ほどの大剣を叩きつけた。
回避する間もなく、三匹目のアンデッドウルフがデジタルエフェクトを散らして消えていく。
「……スキルを使ってしまった。可愛くない……」
地面に埋まった大剣を引き抜き、メリッサが不服そうに言う。
『メリッサちゃんTUEEEEEE!』
『暗黒騎士カッコ良すぎるぅぅ!』
『ロマン! 全国少年少女のロマン!』
『これで魔法少女って言い張ってるんだぜ…信じられないだろ…』
そうこうしているうちに、打ち漏らした後衛にいた二匹が愛美に飛びかかる。
「愛美、そっちに行った!」
「【治癒(ヒール)】! もういっちょ【治癒(ヒール)】!」
愛美が杖を向けて二発の【治癒(ヒール)】をアンデッドウルフに行使する。
飛びかかったアンデッドウルフが緑色の光に包まれ、440ダメージ、439ダメージというログがポップした。
(よし! やっぱり【治癒(ヒール)】が効いたね!)
アンデッドウルフの攻撃が愛美の腕にかすってダメージを受けるのと同時に、二匹がエフェクトを散らして消滅する。
『たかが【治癒(ヒール)】で強すぎやろwww』
『聖職者はアンデッド特攻!』
『かすっただけの愛美ちゃん320ダメージ受けてます』
『320ダメージなら平気だなぁ〜と完全に麻痺している自分がいる』
『初見ですけどなんで死なないんですか?』
『【自動治癒(オートヒール)】が自動で0回復をしています。なお、HPが低いのと異常な魔力のせいでほぼ無敵状態』
『初見さんいらっしゃい!』
『初見さんの困惑する反応最高のつまみ。うま、うまっ』
「メリッサ、かすってこれなら死なないよ」
「それならガンガン行くよ。あ、【プロテクト】は切らさないようにね」
「了解!」
二人が杖と大剣を構える。
だが、しんと静まり返って、敵が出てこない。
(ん? もう終わり?)
愛美がそう思ったときだった。
ボコボコボコボコ!
地獄の入り口が空いたかのように周囲の地面が一斉に隆起し、アンデッドウルフが湧き出した。
その数、約百体。
「グルルルルオオオッ!!!」
命なき狼たちが生を喰らおうと咆哮を上げた。
『ゲレーロ村のイベント初見だけどこんな感じなのか!』
『見習い聖女限定のクエストっぽいな!』
『これは……さすがに二人じゃ無理ゲーじゃね?』
「……そういうイベントね」
メリッサが後ずさりしながら不敵に笑う。
「メリッサ、短期決戦でいこう。ボス戦までMPを節約したい」
(野犬に囲まれるとこんな気分になるのかな)
約百体のアンデッドウルフに囲まれた愛美は静かに杖を向けた。
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