第24話 特殊エリアボス


「やるしかないみたいね」

「だね」


 メリッサが黒いブロンズの大剣を構えて、クールニクスを睨む。


「行くよ相棒」

「まかせろ相棒」


 愛美とメリッサは同時に互いを見つめてうなずき合う。

 ずっと離れ離れだったが、苦楽をともにした時間はお互いの距離を感じさせない。


 変わらぬ相棒の反応に、愛美もメリッサもにやりと口角を上げた。


『なんかカッコいい!』

『さすがズッ友』

『連絡先がわからずゲームで再会して……エモすぎる』

『ニッケ:来世はその輪に入る』

『姉さんさっきからwww』

『初撃に気をつけろ!』


 集中してコメント欄を見ていない愛美はクールニクスのHPバーを見つめた。


(HPバーが二本ある。かなり体力が多いってことだよね)


 二足歩行で体長三メートルのウサギは確かにタフな雰囲気がある。鋭い牙が口から飛び出し、両手には巨大な鉤爪がついていた。


「【クイック】と【プロテクト】はなるべく切らさないようにお願い。【治癒(ヒール)】は最小限で。ヘイトがそっちに行く」

「了解」


 メリッサの指示にうなずく。


 愛美が即座に【自動治癒(オートヒール)】【プロテクト】を自分にかける。

 それと同時に戦闘が開始され、クールニクスが素早い跳躍をした。


(速い……! てか宙を蹴ってる?!)


 ――スキル【月面歩行】


 クールニクスが空中を蹴って、前衛であるメリッサの頭上を越える。

 目で追える速度だが奇襲攻撃に二人とも反応できない。


 すれ違いざまの鉤爪攻撃が愛美を切り裂いた。デジタルのダメージ演出が愛美の腹部付近に広がる。


 ――358ダメージ


 愛美は衝撃で地面に転がった。


『ああああっ!』

『初見殺し!』

『うちの回復術師もこれでデスった!』


 誰しもがやられたと思ったが、愛美の【自動治癒(オートヒール)】が減算されるHPバーを0.1ほどのギリギリで押し返した。


 愛美がデスして消えていない姿を見て、視聴者の全員が安堵のため息を付いた。


『【自動治癒(オートヒール)】ヤバ過ぎぃぃ』

『358ダメージを押し返した!』

『見習い聖女紙装甲すぎる!』

『このスリルを味わいたくて視聴してる』


(……っぶない〜! デスったかと思った)


「ウサギさん、よそ見してていいの――かな!」


 メリッサが禍々しい黒の大剣を振り上げて連続で斬りつける。


 見習い暗黒騎士のパッシブスキル【血撃】による連続攻撃にクールニクスはダメージを受ける。


 メリッサのHPがみるみるうちに目減りしていくが、愛美は即断で【自動治癒(オートヒール)】をメリッサに飛ばした。


 攻撃によって減ったHPが回復していく。


 さらに愛美は自身に【レスト】をかけてノックバック状態から復帰。

 続けざまに【クイック】【プロテクト】をメリッサにかけた。


「ありがと!」


 クールニクスが巨体に似合わずメリッサから距離を取る。


「【自動治癒(オートヒール)】があれば私は死なないよ。気にせずやっちゃって」

「ほんとぶっ壊れ性能ね」


 メリッサが大剣を握りしめ、じゃあ遠慮なくとつぶやいて、防御無視の攻撃を開始した。


 クールニクスはそれに応えるようにして鉤爪を振るう。


 メリッサは最小限の動きで鉤爪をかわしつつ、大剣で滅多斬りにしていく。


『キタ!』

『魔法少女志望とは思えないバイオレンスアクション!ww』


「グルルッ!」


 ――【月面歩行】


「私の血で地獄へ落ちる栄誉をあげる――【ブラッドサークル】」


 空中に飛び上がったクールニクスに反応してメリッサが【ブラッドサークル】を行使する。血しぶきが舞う凄惨な演出が描かれ、宙を跳躍したクールニクスに直撃した。範囲攻撃なので威力は高くないが、その分当たり判定が大きい。


 クールニクスがスキルをキャンセルされて地上に落ちる。


 大きな体躯が地面に衝突し、ズンと音を響かせた。


『見習い暗黒騎士TUEEE!』

『メリッサちゃんに惚れてまう』

『【自動治癒(オートヒール)】とのシナジーやばいな』

『クールニクスが!』


 クールニクスのHPバーの一本目がついに弾け飛んだ。


 すると、クールニクスの動きが止まって瞳が赤く染まった。

 クールニクスがゆっくりと立ち上がる。


「グルルルルルル……」

「第二段階ってわけね」

「だね。今のうちに【治癒(ヒール)】」

「ありがと。補助魔法もばっちりね。さすが愛美」

「猟奇的でカッコいいよ、メリッサ」

「……可愛いって言われたいんだけど」


 そんなことを言っていると、クールニクスの鉤爪からガシャンと音が鳴り、爪の長さが三倍ほどに伸びた。さらに爪の形状が刃物へと変化していく。


 愛美とメリッサは戦闘態勢を取る。


 クールニクスが跳躍して一撃を放った。


「速い!」


 太い豪腕から振るわれた鉤爪をメリッサがどうにか大剣の腹で受け止める。がきりと硬質な物体が接触する音が響いてノックバックする。


「メリッサ!」

「大丈夫!」


 メリッサは後方へと流れる不利な体勢にもかかわらず、大剣を下から上へと強引に振り抜いた。


 ずしゃ、とクールニクスにダメージが入る。


 メリッサは大剣を振った遠心力を利用して器用にバク宙を決め、「ふう」とクールニクスに対峙する。誰しもが転倒してしまうと思う中、見事な体捌きだった。


『おおおおお!』

『プレイヤースキル高すぎなんだが!』

『美少女、金髪碧眼、暗黒騎士、イケメン、高いPS、属性多すぎw』


 コメント欄が盛り上がる中、メリッサは速度が上がったクールニクスの攻撃を大剣で凌ぎ、大剣で斬りつける。何度かダメージを受けるが【自動治癒(オートヒール)】の回復がじわじわと入った。


 メリッサは攻撃の手を緩めてHPバーが半分以下にならないように調整しながら戦う。


 第二段階に入ったクールニクスの攻撃が先ほどよりも速く、防御中心でないと一気にHPをもっていかれる。【自動治癒(オートヒール)】と強固な【プロテクト】があるとはいえ、先ほどのような攻撃重視の戦法はあまりに危険だ。


「パッシブスキル【血撃】、ほんとピーキーすぎ!」


 メリッサは見習い暗黒騎士にクレームを入れながらも、フェンシングで培った体捌きで華麗に立ち回る。


「回復いる?!」

「ヘイトが愛美に行く! 【自動治癒(オートヒール)】でも第二段階の攻撃は耐えられないと思う!」

「わかった! 頑張って!」


 愛美はヘイトを買わないように、補助魔法のみで立ち回る。


 メリッサの顔には薄っすらと笑みが浮かんでいた。


 ピンチな状況が楽しいようだ。


『血紅の暗黒姫!』

『ツインテール魔法少女(物理のみ)誕生!』

『血湧き肉躍る笑みを浮かべるメリッサ氏。惚れる』

『拙者、ファン一号』


 コメント欄は盛り上がり、ライブ映像は拡散されて視聴者が倍ほど増えていた。


 ――38ダメージ


 クールニクスの一撃がメリッサに入った。


 見習い暗黒騎士は回避職ではないため、敏捷がそこまで高くない。完全に攻撃をかわしきるのは至難の業だ。


「くっ……」


 デジタルのダメージ演出を散らしながらメリッサがたたらを踏むが、愛美がすぐに【レスト】を飛ばし、メリッサはクールニクスが左腕から繰り出された次撃をしゃがんでかわす。


 メリッサのツインテールがひらりと舞い、彼女の頭があった場所を豪腕が通過する。


 緊迫した一進一退の攻防。愛美も補助魔法をカウントして正確にメリッサへと届けている。


 MPがかなり減ってきているため無駄打ちはできない。


(なるべく効果が切れるギリギリを狙う。5、4、3、2……【クイック】! 3、2、1……【プロテクト】!)


 脳内で秒数を数えながら補助をメリッサへ入れる。


 十分ほどの攻防に視聴者からも応援のコメントが飛ぶ。全員が手に汗握っていた。


『綱渡り状態』

『愛美ちゃんのMPが切れたら負けるな』

『メリッサちゃん攻撃を避けるのが上手い! 武術経験者!?』


 クールニクスのHPが四分の一まで減ると、【月面歩行】でメリッサから距離を取り、両手を大きく振りかぶった。


『あっ!』

『避けろぉぉぉ!』


 コメントが飛ぶが二人の視界には入っていない。


 クールニクスが太い腕を振り抜くと、鉤爪が強弩のように射出された。

 鋭利な刃物と化した鉤爪がかなりの速度で飛ぶ。


 予想外の出来事にメリッサも愛美も反応できない。


「きゃあ!」

「ッ!」


 ――69ダメージ

 ――354ダメージ


 二人が大ダメージを受けて吹き飛んだ。


 HPが72しかなかったメリッサは瀕死でスタン状態。


 愛美は直撃こそまぬがれたが右腕に鉤爪が掠っただけで354ダメージだ。【自動治癒(オートヒール)】で持ちこたえたが、同じくスタンを受けて動けなくなった。


『あああああ!』

『まずいぞ!』


 クールニクスがにやりと笑うと、数秒で両手から鉤爪が十本生えてくる。鉤爪が生えきるまで待たずにクールニクスは【月面歩行】を三度繰り返し、メリッサの遥か頭上まで飛び上がって両足で対象者を踏み潰すスタンピングを繰り出した。


 重力に逆らわず巨体が落下する。


 ドゴッ!!!


 クールニクスはメリッサごと地面を踏み潰し、激しい衝撃音とともに地面を抉った。


 土埃が舞って一時的に視界が遮断される。


『ああああ! メリッサちゃん!』


 視聴者のコメント欄は阿鼻叫喚となった。


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