第17話 フランスにて
日本ではゴールデンウィークが終わろうとしているその頃。
フランスのハイスクールに通っている鈴木メリッサは、日本アニメを観ようと自室でノートパソコンを起動した。
親譲りの美しい金髪を耳の上で結ぶラビットスタイルのツインテール、猫のように大きな碧眼、顎周りはシャープで、口と鼻は小ぶりだ。
メリッサは日本人の父とフランス人の母から存分にいいところを受け継いだ美人高校生で、地元でも可愛いと評判である。
「今期のアニメはあんまり好きなのがないなー」
ビッグサイズのウサギの人形を膝の上に置き、もっふもっふと遠慮なしに揉みながら、お気に入りの動画サイトから目を離した。
「やっぱりパパについていって、日本のハイスクールに入ったほうがよかったかもしれない」
そう日本語でつぶやくメリッサ。
メリッサは日本が好きだった。
牛丼サラダセットが五百円で食べられることや、公共トイレの綺麗さ、時間が正確な電車、繊細さと素朴さを味わえる和食、奥深い日本文化、生真面目だけど親切な人々を思い出して、心が温かくなる。
なにより、フランスでの生活は可愛い成分が不足していた。
「アニメのグッズもこっちだと手に入りづらい。フランスの田舎は不便すぎる」
メリッサは形のいい顎をウサギ人形にうずめる。
ふと、机の上にある写真立てが目に入った。
写真にはメリッサと黒髪ボブカットに白いリボンをつけた女の子が、フランスの中学校を背景に映っている。
「愛美の通ってる高校がわかればすぐ転校するんだけど」
フランスに四ヶ月だけ留学してきた女の子。
メリッサは写真に映る愛美の笑顔を見て、ため息をついた。
あの子のことだから、スマホをなくしたんだろうとメリッサは当たりをつけていた。
在籍していた中学に問い合わせをしたが、個人情報なので連絡先は教えてもらえず、記憶をたよりに次に転校すると言っていた日本の学校に連絡してみるも、こちらもダメだった。
メリッサはノートパソコンを脇にずらして、机に顔をあずけた。
頬がひんやりする。
その格好のまま写真立てを手に取って、愛美の弾けるような笑顔を見つめた。
「ズッ友って約束したじゃん……」
こんなことなら、もっと愛美のことを聞いておけばよかった。
両親は起業家らしいので、会社名の一つでも聞いていれば連絡する手立てはあったのにと、メリッサは写真立てに向かって唇を突き出した。
付けっぱなしになっていたパソコンの動画サイトに、動画広告が流れた。
広告は世界中のゲーマーを虜にしているRLO2だ。
派手な稲妻を操って魔物と戦っている魔法使いの映像が流れ、続いて聖騎士らしき男性が黒ずくめの集団に追われている光景が映る。さらに、鍛冶屋で剣を作る男性がハンマーを振るうと火花が散り、爽やかな笑顔で冒険者を案内する美人な受付嬢が映った。
――あなたの人生は自由ですか
そんな煽りの文字が画面で躍ると、白いドレスのようなローブを着た一人の少女へと映像が切り替わった。
少女は涙で頬を濡らし、騎士の青年へ笑みを浮かべた。
「天国で……立派な騎士になってくださいね」
「……感謝する……」
青年は満足そうな顔で礼を言い、黄金の光を放ちながら、粒子になって空へと消えていった。
――第二の人生をあなたとともに
――Real Life Online 2
RLO2の動画広告を見てメリッサは、いいCMだな、と机に頬をくっつけたまま思う。
愛美といつか一緒にやろうと約束したゲームだ。
「……? あ、愛美ッ!」
メリッサは勢いよく立ち上がり、ノートパソコンを両手でつかんだ。
「愛美じゃなかった?! あの聖女みたいな女の子!」
食い入るように動画広告を見つめる。
広告は別会社のものに切り替わっていた。
「ああ、じれったいなぁ、もう!」
動画サイトの広告は各社ランダムで再生されるようだ。
メリッサはRLO2の動画広告が流れるまで、動画サイトを何度も更新した。
七回目でRLO2の動画が流れ始める。
壮大なメインテーマとともに、映像が流れ、問題のシーンになった。
「……愛美だ。黒髪、白いリボン! 間違いない! 愛美だ!」
メリッサは居ても立ってもいられなくなってその場で足踏みをし、なぜ愛美が超人気ゲームの広告に出ているのかを調べ始めた。
そして、愛美の動画配信チャンネル『アイミの聖女伝説』にたどり着いた。
「本名……しかも聖女伝説って……相変わらず剛毅というか適当というか……」
調子に乗って名前をつけたズッ友の顔が浮かび、笑みが溢れる。
そしてメリッサは愛美のチャンネル概要欄を見て、思わず口を押さえた。
『アイミの聖女伝説・概要欄。
連絡先がわからなくなったズッ友を探すために動画配信をしています。
RLO2の大教会で会いましょう!』
「愛美……忘れてなかったんだね」
メリッサは自分と同じで、愛美も自分を探してくれていたことに目頭が熱くなってくる。
中学時代、四ヶ月という短い時間で築いた友情。
二人で過ごした日々は花火のようにあっという間に終わり、ずっと心の中で輝いていた。
愛美の存在を夢か幻かと思ったこともある。
概要欄を見てメリッサは嬉しさで跳び上がりたい気持ちになった。
友情は不滅だ。
「こんな方法で見つかると思ってるのが凄いよ。日本とフランスでサーバー違うのに。ああ、愛美は機械音痴だったっけ? さすが……意味不明な行動力」
メリッサはくすくすと笑い、愛美のライブ動画アーカイブをクリックした。
「ゲームの世界でもやらかしてるな〜」
メリッサは愛美のライブ配信動画を見て笑い、切り抜き職人による切り抜き動画を見て爆笑した。ハイタッチで死亡して粒子になる姿は滑稽を通り越して哀愁まで漂っている。
ひとしきり楽しむと、こうしてはいられないと「ママ、ゲームショップに連れていって!」と風呂上がりの母にお願いして、ヘッドセットコルタを購入しに家を出た。
運良く在庫があったのでお小遣いでコルタを購入し、ウィキでおすすめ職業を検索して、日本サーバーのアカウントを作成してログインした。
「そういえば、愛美にはズッ友が他にもいるって言ってたよね。合流して探す手伝いをしてあげよう。友達の友達は友達だよ」
世話焼きのメリッサはそう言って笑い、職業選択まで初期設定を進めた。
「……ジャポンKAWAIIを堪能できる職業につきたい! レア職業の魔法少女、出てきて!」
メリッサは可愛いものが大好きだった。
部屋はぬいぐるみでいっぱいだ。
ツインテールにしているのも好きなキャラの髪型を真似したものだ。
愛美は聖女、自分は魔法少女。そんな妄想をするとワクワクしてくる。
「……え? これだけ?」
『職業を選んでね!』
「これだけ、ですか?」
『うん。君の才能を最大限引き出せる職業だよ!』
案内係のフェアリーからスマイルを向けられ、メリッサは愕然とした。
選べる職業が一つしかなかったからだ。
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