第16話 エリアボス


(ジョーキンさんがエリアボス! 顔がグロい〜!)


 愛美は困惑して杖を構えた。


 右下に見えるコメント欄をふと見れば、気をつけて、ジョーキンは敵だ、という言葉が流れていた。


「コメント見る余裕がなくてすみません! アドバイスありがとうございます!」


 愛美は新しいスキルを使えというコメントを見て、【プロテクト】を唱えた。

 魔力依存で対象者の防御力を上げるスキルが、愛美の身体を優しく包み込む。


「見習い聖女アイミがあなたを浄化してあげましょう!」


 視線をコメント欄から戻すと、ゆらりとジョーキンが動いて、地面を踏みしめて跳躍した。


 愛美は咄嗟に杖でガード体勢を取る。


 バスタードソードが青白い光の軌跡を残しながら、愛美の首筋めがけて振られた。


「――【パワースラッシュ】」

「――【治癒(ヒール)】」


 ――クリティカル! 428ダメージ


 アイミがスキルを見切って0回復を入れた。


 急激に減ったHPバーが0のギリギリのところで踏みとどまって、HPバーを押し返した。


 防御体勢を取っていたにもかかわらず、ノックバックが入って尻もちをつき、スタンしてしまった。


(あぶないぃぃぃ! いきなりスキルは聞いてないよ!)


 内心で冷や汗をかきつつ、愛美は【レスト】を使って転がるようにして立ち上がり、ジョーキンに杖を向ける。


「【自動治癒(オートヒール)】!」


 ジョーキンの身体が黄金に包まれ、HPバーが少しずつ減っていく。

 HPが高いのか減る速度が遅い。


「これは長期戦になる予感」


 ジョーキンの攻撃は騎士の剣技なのか、鋭く、どれも急所狙いだ。


 身を屈めたり、ひねったりしてクリティカルだけは避ける。


 【パワースラッシュ】だけは0回復を入れないと死にそうなので、クリティカル覚悟で回復のタイミングに集中している。


 通常攻撃は220前後のダメージだ。


 一度、【プロテクト】が切れてしまい、通常攻撃で300ダメージを受けたときは肝を冷やした。


(【プロテクト】を切らしたらデスるかも。ダメージが低かったから助かったけど)


 愛美はHPバーの減算速度を見て、300ダメージが死亡のボーダーラインだと思うことにする。


(【自動治癒(オートヒール)】がなかったら即死だよ)


 じりじりと減っていくジョーキンのHPバーをにらみながら、愛美は攻撃を耐え続ける。


 相手がスキルを使ったあとに生まれる隙を狙ってMPポーションを使う。


 【プロテクト】【治癒(ヒール)】を継続してかけ、【自動治癒(オートヒール)】を自分とジョーキンにかけ続けている。MPの減りが早い。四本あるうちの三本を使って、残り一本だ。


(MPが切れたら負ける……! クエストクリアしたい! 負けたくない!)


 愛美は【プロテクト】が切れないように秒数を確認しながら、【治癒(ヒール)】をジョーキンに使う。


 ――199ダメージ


 ジョーキンのHPバーが減る。


 戦いから十五分が経過し、敵のHPが残り二割になった。

 息つく暇もない攻防で疲労を感じて、愛美は深く息を吐く。


「……」


 すると、ジョーキンが攻撃をやめた。


(あれ……? ジョーキンさん、なんか悲しそうだね)


 愛美は戦いながら、ジョーキンが苦痛とも違う、悲しげな表情を浮かべることに気づいた。


「あの、ジョーキンさん」


 愛美が話しかけようとしたとき、バスタードソードが黄色に点滅して振り下ろされた。


「……【騎士剣技・五連斬】」


 黄色い閃光が愛美の頭上から五本落ちてくる。



 ――280、298、300、299、287ダメージ


 ダメージが五回連続で入り、愛美はノックバックして地面に倒れた。


 固唾をのんで観戦していた視聴者たちから『ああああっ!』という悲鳴が上がる。


 だが、【自動治癒(オートヒール)】が0ギリギリのところでHPバーを連続で押し返し、HPが5に回復した。


「びっ……くりしました。【レスト】」


 愛美はスタン状態を回復させ、立ち上がってジョーキンを見つめる。


 技を使ったジョーキンは顔を伏せ、バスタードソードを振り抜いた格好のまま硬直していた。


 墓地の冷たい空気が愛美の頬を撫でる。


『このクエスト、普通にクリアできなくね?』

『俺も思った。見習い聖女ソロのクエストでこれだけの攻撃。ユニークスキルがないとクリア不可能でしょ。ゲームバランス大丈夫か?』

『他の見習い聖女でもクリアできる仕様のはず』


 コメント欄では愛美がここまで耐えたことを称賛する言葉と、特殊クエストのクリア方法が別にあるのでは、という考察が始まった。


『ニッケ:【自動治癒(オートヒール)】なしでジョーキンを倒すのは不可能。戦闘以外にクリアの方法がある? ヒントはあった?』


 コメント欄の考察は見えておらず、愛美は沈黙しているジョーキンに近づいた。


『アイミちゃん?!』

『あきらめたのか?!』


「ジョーキンさん。何か事情があってこんなことをしているんですか? 悩みとかあれば相談に乗りますよ!」


 愛美が明るく言うが、ジョーキンは硬直したままだ。


 しかし、ジョーキンの片目からは涙が流れ、頬を伝っていた。


 愛美は大教会のお手伝いクエストで、祈りを捧げるNPCが涙を流している姿を思い出し、神父仕込みの祈りのポーズを取った。


『え? アイミちゃん?』

『何するつもり?』

『ニッケ:あっ、見習い聖女の』


「……【祈り】」


 見習い聖女の初期スキル【祈り】が発動。

 黄金の煌めきが小さく弾け、優しくジョーキンを包んでいく。


 小さな泡が割れるような音が断続的に響き、ジョーキンの手からバスタードソードが落ちた。


「……俺は……騎士に憧れていた」


 ジョーキンの口から昔語りがこぼれ落ちる。


 弱者を救う騎士に憧れて騎士団に入団したこと。訓練は厳しかったが良き仲間に恵まれたこと。しかし、王命で他国の女、子どもを斬り、心が闇に包まれていったこと。罪滅ぼしのために旅に出て人助けをしたこと。王と名乗るモンスターに心を乗っ取られてアンデッドモンスターになってしまったこと。いつしか墓地に魂が囚われていたこと――。


(めっちゃ可哀想……!)


 愛美は涙を流してずびずばと鼻水をすすりながら、ジョーキンの話を聞いていた。

 コメント欄も涙と悲しみであふれている。


「……見習い聖女アイミよ。ありがとう……最期に……心が温かくなった」


 ジョーキンが穏やかな表情で、愛美を見つめた。


 気づけばジョーキンの身体は半透明に透け、剥がれ落ちた顔は元に戻り、目の下のくまはなくなっていた。


 愛美の前には立派な騎士を目指した、まっすぐな目をした青年が立っていた。


「大丈夫ですよ。天国で……立派な騎士になってくださいね」

「……感謝する……」


 ジョーキンは光の粒子になって、天へと消えていった。


 墓地は静寂を取り戻し、不穏で冷たい空気が静謐なものへと変わっていく。


 共同墓地全体に愛美の祈りが届いたようにも見えた。



 ――特殊クエストクリア!


 ――エリアボス・亡霊騎士ジョーキンを浄化しました!



 愛美はハッとして袖で涙をぬぐい、杖をかかげた。


「クエストをクリアしたぞ〜!」


 ライブ配信中に号泣して鼻水まで垂らしてしまったことに気づき、照れ隠しで大きな声を出してみた。


(みんなまた茶化してきそうだなぁ〜)


 そんな思いでちらりとコメント欄を見てみる。


『感動した。涙、涙』

『うおおおおお、ジョーキーーーーン!』

『RLO2はこれだからやめられない』

『誰やアイミちゃんが見習い聖女らしくないとか言ったの? キャラクリで見習い聖女が出てきたの納得だわ』

『ノーヒントで祈りを捧げるアイミちゃんマジ聖女』

『ニッケ:私、あなたのファンです』


 思わぬ賛辞が飛び交い、愛美はにやにやと笑みが止まらなくなった。


「いやぁ、やっぱり清楚さがあふれ出ちゃってますかね〜? 見習い聖女のオーラ出ちゃってますよねぇ、私」


 調子に乗って頭をかきながら、ぺこぺこと頭を下げる愛美。

 先ほどまでの聖女感が台無しであった。


『やっぱアホ聖女ですわ』

『調子に乗るなwww』

『シバイッヌにデスったのは忘れないw』

『皆さん! この人は笑顔でウルフをぶすぶす刺す人ですよ!』


「ええええっ?! さっきまで褒めてくれてたのにひどくないですか?! もっといいんですよ褒めてくれて! 聖女っぽいって!」


 愛美は手のひらを返した視聴者にぷりぷりと怒る。


『ニッケ:しまりのない笑顔も好きよ』


「ニッケさんまでひどいですよ〜!」


 愛美とニッケのやり取りに、視聴者たちが大笑いした。



      ◯



 最終的に特殊クエストのライブ配信は同接が1000まで伸び、残されたアーカイブ動画は視聴者によって拡散されて、かなりの再生数を稼ぐことになった。


 そしてジョーキンを浄化したアイミの姿が運営の目に止まり、公式PVに採用される運びとなった。

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