第15話 特殊クエストとライブ配信
共同墓地の入り口で、愛美はライブ配信をスタートさせた。
突発的なライブ配信にもかかわらず、三分ほどで同接が150になった。
「わあ……百五十人も……ありがとうございます!」
『待ってました!』
『HP5の脳筋聖女がいると聞いて』
『新しい装備可愛いですね! イラスト描いてもいいですか?』
『地雷職なのに健気で……応援しています!』
早速、コメントが流れ始めた。
愛美が未成年なので不適切なコメントは自動ブロックされる。
すべてに目を通して受け答えをし、雑談をしてから今回のライブ配信の目的を説明し始めた。
「神父さんに転職のことを聞いたらフラグが立ったみたいで、特殊クエストが発生したんですよ。今から墓地の浄化をしていきたいと思います!」
拳を握って気合いを入れると、未発見の特殊クエストに、コメントが加速する。
『ニッケ:発生条件をあとで教えてね。報酬出します』
フレンド登録していると、コメントが上部に来る仕組みだ。
愛美はニッケのコメントに気づいて顔をほころばせた。
「ニッケさん! もちろんいいですよ。あとで個別チャット送りますね」
『ニッケ:新装備、素敵ね』
「あ、はい! この前も褒めてもらっちゃって嬉しいです」
『ニッケ:またお買い物一緒に行きましょうね』
ニッケと愛美のやり取りに、視聴者たちはほっこりする。
美人と可愛い女子の会話は万国共通で見ていて微笑ましい。
「ああっ。あのときは武器屋でデスってすみませんでした」
愛美は照れ隠しに目を伏せた。
武器屋で転んで陳列していた最高級の剣に頭から突っ込んだことを思い出す。
『ブレイブソードの斬れ味よw』
『無口な武器屋のおっちゃんの叫びが聞けてよかったw』
『いい死にっぷりだった』
『切り抜き見ました。私はシバイッヌVerがお気に入りです』
コメントで視聴者が茶化してくるので、愛美は恥ずかしくなって顔を赤くした。
「あれは悲しい事故です。次からは転ばないように気をつけますよ〜。というか、ブレイブソードの斬れ味がすごすぎじゃないですか? 2200ダメージって……さすがまだ誰も装備できない武器ですよ」
そんなやり取りを交わしつつ、愛美は念のため【自動治癒(オートヒール)】をかけ直して、共同墓地に足を踏み入れた。
(おばけとか全然平気だけど……不気味だね)
墓地は洋風の作りをしていて、芝生の上に墓石代わりの女神ナリアーナの簡易石像が点々と立っている。入り口付近は真新しい墓石ばかりであったが、奥に進むにつれて老朽化した墓石が目立つようになり、女神像の顔が削れ、周囲の木々も半分が枯れていた。
更に進むと、老婆のような萎れた木が墓地の視界を悪くさせ、空気が冷たくなってきた。
振り返ると、木々のせいで自分がどの方向から来たのかわからなくなってくる。
光と闇の世界エターナリア。
RLO2の世界観が存分に出ている気がした。
『ふうん。怖いじゃん』
『共同墓地のクエストってこんな感じ?』
『シスターとか神官はここでアンデッドと戦わされるクエストあるよ。ソロではないけど』
『アイミちゃん一人でよく平気だな』
『墓地よりHP5が不安を煽る』
じめっとした空気が身体にまとわりつき、愛美は杖を握りしめた。
視界の右下に小さく流れているコメントと浮いている動画配信カメラが心強い。
すると、ぶん、ぶんと鈍い音を立てて、剣を素振りをしている男の姿が見えてきた。
「……誰だろ?」
愛美が近づくと、男は剣を振る手を止めて、ゆっくりと振り返った。
茶色の髪に、青い瞳。服装は騎士のような甲冑姿だ。寝不足なのか、髪は湿っていて分厚いくまが目の下にあった。
「聖職者か?」
男が低い声で尋ねてくる。
(身体は透けてない……ね。亡霊じゃないみたい)
「見習い聖女のアイミです。神父さんに頼まれて墓地を浄化しにきました」
「……そうか。それは助かる。俺の名前はジョーキンだ」
「ジョーキンさんですね。よろしくお願いします」
愛美が頭を下げると、ジョーキンは覇気のない目を向けてからすぐにそらし、墓地の奥へと足を向けた。
「こっちだ……。着いてこい」
『ジョーキン感じ悪いな』
『気をつけろ。戦闘が始まりそうだ』
コメントが流れるが、愛美はジョーキンの後を歩いて周囲に視線を向けているため見ていない。
愛美は一つのことに集中すると他が見えなくなる。一点突破は得意だが、マルチタスクは苦手だった。
(アンデッドモンスターが出てきそう)
朽ち果てた墓石、冷たい空気、すえた匂いが鼻の奥を刺激する。
「ジョーキンさん。ここは危険な気がします」
「ああ、危険なのは知っている……。私では、亡霊を、倒せないのだから」
そう言ってジョーキンが手に持っていたバスタードソードを構えると、白い光が墓石の下から浮かび上がり、気味の悪い摩擦音を響かせて形状が変化していく。
(人魂みたいなのが人間になっていく! ちょっとキモい!)
――亡霊者が出現!
一人、二人、三人と身体の透けたアンデッドモンスター亡霊者が増えていく。
村人のような服装の者から冒険者らしき者まで、亡霊者に統一感はない。持っている武器だけはなぜか現実の物で、透けていなかった。
(今、墓地から復活しましたって感じだね)
愛美は【自動治癒(オートヒール)】が自分にかかっていることを確認し、斧を振り上げてくる村人に【治癒(ヒール)】を行使した。
薄暗い墓地に、やわらかい緑の光が浮かび上がる。
――259ダメージ
魔力190の見習い聖女から繰り出された【治癒(ヒール)】はアンデッドモンスターである亡霊者に大ダメージを与えた。人気ヒーラー職、白魔道士のレベル20に相当する魔力だ。
「ぎゃあああぁぁぁっ」
村人の亡霊者が断末魔を上げ、光の粒子に変化する。
ぼとりと斧が地面に落ちた。
「なんと強力な回復魔法だ」
ジョーキンが驚き、愛美を狙っていた冒険者の剣をバスタードソードで受け止め、回転させて巻き込むようにして弾き飛ばした。
「浄化を頼む」
「了解です!」
愛美はジョーキンに背中を預け、【治癒(ヒール)】を亡霊者に向かって打っていく。
息つく暇もなく、次から次へと人魂が亡霊者へ変化するので、愛美はシューティングゲームのように【治癒(ヒール)】を打ち続けた。
ジョーキンは堅実な剣さばきで、愛美に攻撃を近づかせない。
「キリがないですよ! 【治癒(ヒール)】!」
「……頼む」
「やりますけどぉ!」
ジョーキンがこちらを見ずにバスタードソードで亡霊者の振り下ろした斧の軌道を変え、そのまま腹を斬りつけた。
バスタードソードは半透明の亡霊者を通り抜けてしまう。
ジョーキンは舌打ちをして、再び振られた斧をバスタードソードで受け止めた。
「やはりダメか。逃げろ。このままでは二人ともやられる」
ジョーキンが低い声で言う。
気づけば亡霊者に囲まれていた。ざっと二十体はいる。
「逃げませんよ。私は無敵なので」
「……気が触れたか?」
愛美の戦いぶりを見守っていた視聴者たちはこのやり取りに、『ゾンビ戦法来るか?!』と盛り上がる。
「亡霊者の皆さん! こちらです!」
愛美はジョーキンを守るため、杖を抱いて亡霊者たちに突っ込んだ。
――123ダメージ
――157ダメージ
――138ダメージ
ダメージのログが大量にポップするが、魔力の上がった【自動治癒(オートヒール)】が0になろうとするHPバーを押し返し、HPバーが増えて減ってを繰り返す。
「これが見習い聖女の力です!」
愛美は振り返り、攻撃を食らったまま仁王立ちしてジョーキンに見せつけた。
安心させたいと思ったからやっているらしい。
『相変わらず意味不明な絵面www』
『HPバーが忙しいw』
『【自動治癒(オートヒール)】が有能すぎる』
『ゾンビ聖女ちゃんのドヤ顔しゅき』
『ジョーキン氏が固まってるwwww』
愛美はジョーキンの驚く顔を見て満足し、MPポーションで回復を入れて、湧いて出てくる亡霊者を根こそぎ【治癒(ヒール)】で浄化した。
(全員を回復できるスキルがほしい)
キラキラと宙へ溶けていく光の粒子を見上げる。
「ようやく終わりましたね」
「……そうだな」
ジョーキンが暗い表情のままうなずく。
濃いくまのある目を愛美に向けると、だらりとバスタードソードを下げた。
剣先が崩れた墓石に当たり、不快な音を立てる。
「ジョーキンさん……どうしたんですか?」
「……」
ジョーキンは無言を貫いている。
愛美の見ていないコメント欄がにわかに騒がしくなり『嫌な予感……』『アイミちゃん気をつけて!』という言葉が飛び交う。
「まさか……お腹がすいたんですか?」
『皆目検討違いw』
『この状況で腹減るやつおるん?w』
『ニッケ:コメント見て! 気をつけて!』
コメントの呼びかけも虚しく、愛美はジョーキンの甲冑が凹んでいることに気づいた。
「ケガですか?! 気づかなくってすみません。【治癒(ヒール)】!」
愛美は即断で回復を入れる。
ジョーキンがやわらかい緑の光に包まれると、壊れたおもちゃのように震え始めた。
「痛い……痛い……痛い……」
ジョーキンの顔半分が剥がれ落ち、眼球の一つがぼとりと地面に落ちた。
「痛い……」
――210ダメージ
ダメージログがポップして、愛美は何が起きたのかわからず固まった。
――エリアボス・亡霊騎士ジョーキンが出現!
甲冑をがちゃりと鳴らし、ジョーキンがゆっくりとバスタードソードを愛美に向かって構えた。
その目は片方がなくなり、落ち窪んだ眼窩だけがあった。
ライブ配信の同接は200まで増えていた。
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