第10話 修行と0回復


 ニッケと出会った翌日。


 日曜日で学校は休みだ。


 早朝、祖父母とラジオ体操をしたあとに朝食を取り、家の掃除を手伝ってからRLO2にログインした。


 自分の動画とチャンネルがどうなっているか、ちょっと怖くてまだ見ていない。


(目標があるから楽しいよね! ズッ友たちもやってるかな〜)


 昔の約束だからどうなっているかわからないが、きっとRLO2をやっていると信じている。


 ログインが完了すると、見慣れた大教会の中庭があった。


「おお、見習い聖女アイミよ。今日も一日頑張りましょう」


 碧眼の神父がにこりと微笑む。

 慈愛の込められた笑顔なのだが、どうにも胡散臭い。


「あの、神父さん。お供を連れて行けと言ったのに、一人でモンスターを倒してこいとはどういうことですか?」


 ちょっとした好奇心で聞いてみる。


「……これも試練です。さあ見習い聖女アイミよ、信仰を忘れず悪を退治してくるのです」


 適当なセリフになっている気がしないでもない神父にうなずき、愛美はニッケと約束している有料訓練場に向かった。


 300G払うと、HPが0になっても死なない特殊なバリアが張られた広場を借りられる。スキルも撃ち放題だ。


 ニッケが手続きを済ませてくれたようなので、【自動治癒(オートヒール)】で事故ってデスらないようにしながら街を歩く。


(そういえば植木鉢が落ちてくるのと、馬車に轢かれるのは、そこそこレアなクエストのフラグらしいね。私は死んだからフラグすら立ってないけど〜。ちょっと悲しいけど〜)


 道行く馬車を横目で見ながら、愛美はむうと頬を膨らませた。

 冒険者ギルドの近くにある訓練場に入ると、ニッケと一人の男性が待っていた。


 訓練場は体育館ほどの大きさで、他プレイヤーから見られないプライベート空間になっていた。


「よう! 君が噂の見習い聖女ちゃんだな! 聖騎士のアキラだ。よろしく!」


 テンション高めの爽やかな金髪青年が白い歯を見せた。


「はじめまして、アイミです。今日は貴重なお時間をありがとうございます。よろしくお願いします!」


 愛美がぺこりとお辞儀をする。


 起業家である父から、他人の時間は貴重なものと教わってきた愛美だからこそ、心から言える言葉だった。


 聖騎士アキラはニッケの顔を見て、笑った。


「いい子だな」

「でしょう? キャラクリで見習い聖女の職業が出現したのも納得なのよ。すごく無欲だし」

「へえ」


 ニッケの言葉にアキラがうなずくと、愛美は違いますと首を振った。


「いえいえ。私、欲望まみれですよ。目の前にできたてホカホカの唐揚げを出されたら、ひれ伏して一個もらおうとする自信があります」


 愛美が腰に手を当てて言うと、ニッケが笑った。


「どんな自信よ」

「嘘つけなそうな子だなぁ」


 アキラはニッケとうなずき合うと、愛美に視線を戻した。


「俺は上位クラン【明星の騎士団】のマスターをしているぜ。大船に乗ったつもりでいな」


 ニッと笑うアキラは聖騎士らしい白銀の甲冑を着て、凝った装飾のされた剣を装備している。


 短めの金髪に黒目。顔つきは整っている。女性ファンがいてもおかしくない風貌だった。


「アイミちゃん安心して。アキラは見た目チャラ男だけど奥手だから。私に告白するときもやたら時間がかかってね、催促してようやく――」

「おおっと! そろそろ訓練したくなってきたなぁ! レベル差があるから【手加減】スキルが付与された木刀でいいかな?」


 アキラがあわてた様子でアイテムボックスから木刀を取り出した。


 愛美は二人の仲が良さそうな空気にくすくすと笑う。


(まずは普通に攻撃してもらって、どれくらいダメージが入るかやってみよう)


 時間がもったいないので、早速お願いする。


 アキラのレベルは33。

 腕力は220あるそうだ。


「本当に斬っていいのか?」


 アキラが木刀を片手で構えて、ニッケと愛美を交互に見る。


「ユニークスキルがあるから大丈夫よ。私も見たいし」


 ニッケは【自動治癒(オートヒール)】の効果に興味津々だ。


「じゃあいくぜ!」

「お願いします!」


 愛美は杖で防御体勢を取った。


 アキラが木刀で肩のあたりを斬りつけてくる。


 ――110ダメージ


 HPバーが一気に減るが、【自動治癒(オートヒール)】が即座に押し返した。


「……ユニークスキル、半端ないわね」

「だな……」


 ニッケ、アキラが驚いて息を飲んだ。


「【パワースラッシュ】もいいですか? クリティカル狙いでお願いします!」

「いいぜ」


 アキラが今度はスキルを行使する。

 木刀が青白い光の軌跡を描き、愛美の首元に殺到した。


 ――クリティカル! 230ダメージ


 愛美のHPバーが0になって点滅した。死亡だ。


(230ダメージか。まあこうなるよね)


 愛美は『復帰しますか?』というログに、はいのボタンを押す。


 すると、HPが5に戻った。


「引き続きお願いします。避けてみたいと思うので、本気でやってください」

「いいぜ。こういう秘密の特訓は燃えてくるな」


 アキラがにやりと笑い、ニッケが頑張ってと応援してくれる。


 それから一時間ほどパワースラッシュ避けの練習をしたが、敏捷が1のせいで、攻撃の発動が見えても避けることはできなかった。


 アキラとニッケからアドバイスをもらっても、コツすらつかめない。


「敏捷1じゃ回避は無理かな?」


 ニッケが椅子に座り、スカートのスリットから美脚を出して言う。


「レベルを上げるってのはどうだ?」

「見習い聖女の敏捷上昇率は絶望的よ」

「だよなぁ……」


 悩んでくれる二人を見て、愛美もどうにか突破口を探そうと頭を回転させる。


 普段、少々まぬけなところがあるが、突飛な発想ができるのが愛美だ。父親ゆずりのアイデアと行動力が愛美の魅力でもあった。


(見習い聖女は攻撃を避けられない。回復しかできない職業。うーん……それなら……あ、そうだ! ぴーんときちゃった!)


「アキラさん。もう一回【パワースラッシュ】いいですか?」

「何か思いつたのか? いいぜ」

「ありがとうございます」


 アキラが木刀を振って【パワースラッシュ】を行使した。


 青白く木刀が光り、かなりのスピードで愛美に攻撃が振られる。


「【治癒(ヒール)】!」


 タイミングを見計らって、愛美は攻撃を受けた瞬間に【治癒(ヒール)】を入れた。


 HPバーが0の手前まで一瞬で削れたが、【治癒(ヒール)】が入ってHPバーを押し返した。


「やりました! 成功です!」

「え……今の、狙ってやった?」


 アキラが驚愕して聞いてくる。


「はい。攻撃された瞬間に回復すればいけるかなって」

「今の技、0回復って言われてるんだ。上位攻略組のヒーラーが使う戦術だよ」

「そうなんですね。みんな考えることは一緒ですね」

「思いついてもできる人はほとんどいないけどね……タイミングがシビアすぎて」

「そうですかね? 【パワースラッシュ】は結構わかりやすいので、頑張ればいけると思いますけど」


 愛美はいけると言うが、スキルを使うタイミングを外されたり、剣を振る角度などを変えられたりすると、ワンテンポずれてあっという間にデスだ。


「なあ……この子、なんかすごくない?」

「可能性しか感じないわね」


 アキラの問いに、ニッケが嬉しそうに笑う。


「通常攻撃は【自動治癒(オートヒール)】でゾンビ回復。パワースラッシュは【治癒(ヒール)】で0回復。いいわね。これなら一人でも流浪のスケルトンを倒せそうだわ」

「ありがとうございます! もうちょっと練習お付き合いお願いします!」


 それから、パワースラッシュのダメージが入るタイミングの練習をする。


 防御力が低いため、減算速度も相当速い。


 コンマ数秒を見極める練習に二時間ほど付き合ってもらうと、成功率を九割まで上げることができた。


「アイミちゃん、普通にヒーラーの素質あるよ。どうだ? 『明星の騎士団』に入団しないか?」

「こらこら、勧誘はダメよ」


 アキラの言葉に、ニッケが笑いながら言う。


「音ゲーは得意なんです」


 愛美は見当違いのことを言うが、たしかにシビアなタイミングで回復を使うのは、音ゲーの要素があった。


 アキラとニッケが笑い、面白い子だなぁと言う。


 二人はこれからゲーム内での予定があるそうなので、解散となった。


 ニッケとアキラに頑張れと激励され、一度ログアウトをしてお昼ご飯を食べ、再ログインし、装備を整えてから流浪のスケルトンがいる草原へと向かった。



      ◯



 二時間ほど探索すると、足元にひやりとする冷気が流れてきて、周囲が霧に包まれた。


(レベルを上げてもよかったけど、いけそうな気がするんだよね。杖も新しいのを買ったし!)


 ニッケからもらった情報料で回復術士の杖とMPポーションを五本買った。

 杖が一点物でお高かったので、所持金は3000Gまで目減りしている。


 防具は【自動治癒(オートヒール)】があるので先送りした。


「それじゃあやろうか」


 愛美はステータスを出し、画面を操作して動画配信のボタンをオンにした。


(ニッケさんから、この戦いは絶対に配信したほうがいいって言われてるんだよね。SNSのアカウントを作って呼びかけたし、誰か見に来てくれるといいけど)


 動画撮影のカメラが出現し、ふわふわと愛美の前に浮かんだ。


 しばらく待つと、同接が次々に増え、50まで伸びた。


(五十人も来てくれたの?! すごい!)


 愛美は嬉しくなって、笑みを浮かべた。


「えー、皆さんはじめまして! 見習い聖女アイミです。これから徘徊モンスター、流浪のスケルトンを退治したいと思います!」


 ちょっぴり大きな口を全開にして笑顔を作ると、コメント欄が一気に騒がしくなった。


『見習い聖女ちゃんきたーーーー』

『シバイッヌから来ました。楽しみです』

『白いリボン似合ってる』

『一人? パーティーメンバーは?』

『なぜ瀕死?www』


 いきなり流れるコメントに愛美は面食らうも、丁寧に答えていく。


「あ、パーティーメンバーはいないです。一人で退治したいと思います! それから瀕死じゃありませんよ。HPが5なだけです」


 愛美の言葉に、視聴者たちは一斉に『やめとけ』『ワンパンで死ぬよ』『HP5ってw』と心配し始めた。地雷職で誰ともパーティーを組めなかったのかと、哀れんでいるコメントも流れた。


 ――徘徊モンスター出現! 流浪のスケルトン


 ログが流れたので、愛美は杖を握りしめた。


「モンスターが出現しました! また後でお話ししましょう!」


 愛美が身構えると、カタカタと骨を鳴らしながら、流浪の剣士であるスケルトンがゆっくりと迫ってきた。


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