第8話 アーカイブ機能とステータス
路面店の美人店主はニッケという名前の、気さくで優しいお姉さんだった。
RLO2は精神と肉体の乖離を防ぐ観点から本人の容姿をベースにキャラクタークリエイトされるため、おっさんが美少女になるなどのかけ離れた見た目の変更はできない。また、性別も現実世界に準ずる。
目を大きくしたり、眉毛の形や位置を変えたりなどは多少できるので、結構なプレイヤーが整った顔つきになっていた。顔のパーツは少し変わるだけでかなり見た目の印象が変わる。整形の参考にキャラクタークリエイトをする人もいるらしい。
ニッケは髪と肌の色だけを変えているプレイヤーだそうだ。
(小麦色の肌が素敵だね)
HP5を皮切りに、世間話をして愛美はニッケと打ち解けた。
「へえ〜、ニッケさんはベータテスターだったんですね」
「そうよ。職業は上級職の細工師。レベルは30ね」
「上級職かぁ、すごいなぁ。条件を満たすと下級職から転職できるんですよね」
「私は錬金術師から細工師に転職したの。細工師は最近発見された、わりとレアな職業だね」
ニッケが折りたたみ椅子に座り、長い足を組み替えた。
スリットが入った民族衣装のようなロングスカートから、小麦色の美しい脚がのぞく。
愛美は年上お姉さんの魅力に感動しながら、この人とは仲良くなれそうだな、と思った。
「ところで、アイミちゃんの職業は? 初期ステで体力が低いシスターかな? HP5っていうのは聞いたことがないけど」
ニッケが興味津々といった様子で聞いてくる。
「私は見習い聖女ですよ」
「あ……そう。へえ〜。うん、それならHPの低さも納得だね」
「あ、気をつかってもらわなくて全然平気ですよ。なんか地雷職なんですよね? 見習い聖女」
「そんな明るい顔で言わなくても……。大丈夫、ニッケお姉さんはあなたの味方だから」
ニッケは目を細めて、親戚の姪っ子を見るような視線でうんうんとうなずいている。
冒険者ギルドで申請をオール拒否されたのは地味にショックだったので、愛美は嬉しくなって「ありがとうございます」とお礼を言った。
ニッケは愛美を見て微笑んでいると、何かに気づいたような顔つきになり、まじまじと愛美の顔を覗き込んだ。
そして、「ああっ、噂の見習い聖女ちゃんか!」と手を打った。
「どうかしましたか?」
「いきなりごめんね。あなたが最近噂になっている見習い聖女ちゃんだったから、つい。まだ動画は見てないんだけど、白いリボンの見習い聖女ってので気づいたわ。動画、凄いわね。もう三万再生されてるみたいよ?」
ニッケがフレンドチャットを開き、動画の情報を見ながら言った。
愛美は意味がわからず首をかしげた。
「えっと、動画ですか?」
「え? 『アイミの聖女伝説』ってアイミちゃんのチャンネルじゃないの?」
「…………そうですけど」
「その顔、ひょっとして、知らないの?」
「一回だけライブ配信したんですけどシバイッヌにデスってしまってですね……恥ずかしくてあれから見てないんです。あの、動画ってなんですか?」
「これよ」
ニッケがステータス画面を共有に切り替えて、外部の動画サイトに接続した。
覗き込むと、幸せそうな顔でキラキラと粒子になる自分が映っている。
「本当にシバイッヌでダメージ受けてるわね……」
「えええええっ! なんでこの動画見れるんですかぁ?!」
愛美が大声を上げたので、買いだおれ横丁に来ていたプレイヤーたちが、ちらりと視線を向けてくる。愛美はあわてて声のトーンを落とした。
「私、ライブ配信しかしてないんですけど」
「アーカイブ機能を切ってなかったの?」
「なんですかそれ?」
ニッケが丁寧に説明してくれ、ライブ配信を自動で動画として残してくれる機能があることに驚き、愛美はだんだんとお腹が痛くなってきた。自分の黒歴史が世界中から閲覧できるなど、傷口に塩を塗りたくられている気分になってくる。
「消してください! 今すぐにぃ!」
顔を真っ赤にして愛美が叫ぶ。
「切り抜きもされてるから意味ないね。残念だけどあきらめなさい」
「そんなぁ……」
その場にしゃがみ込むと、ニッケが優しく肩を叩いてくれる。
「新人の配信者で宣伝もなしに三万再生はすごいわ。RLO2の動画配信は群雄割拠の戦国時代よ。それにほら、こんなに可愛く映ってるし問題ないって! 愛美ちゃんすごい! 天才!」
「えへへ……そ、そうですかねぇ?」
調子のいい愛美はすぐにテンションが上がってきて立ち上がった。
「きっかけはなんにせよ、最初に知ってもらうのが難しいのよ。シバイッヌでデスるなんて、最高に美味しいわね。これはまだまだ伸びるよ」
「あ〜、でもチャンネル名はさすがに調子に乗りすぎました。変えておこうかなぁ……」
「いい名前だと思うけどね。そういえば、アイミちゃんはなんで動画配信をしようと思ったの? 多分、本名だよね?」
心配も含まれた純粋なニッケの質問に、愛美は包み隠さず事情を話した。
転校を二十回繰り返していること。そのせいでズッ友と会えなくなってしまったこと。その友達を探すために配信者になったことなど。
ニッケは自身も一度転校を経験していることもあり、涙ながらに話を聞いてくれた。
「なんて健気なの……うん、うん……ズッ友と会えるといいね!」
「はい! 会えるって信じてます!」
「フレンドになりましょう。いつでも相談に乗るからね」
――ニッケからフレンド申請がきています
ログが出てきたので、愛美は了承のボタンを押した。
ピロン♪ ニッケとフレンドになりました!
(初めてのフレンド! やったね)
さらにニッケが口を開こうとすると、路面店に来たプレイヤーが商品を見始めたので、「ごめんなさい。もう店じまいなの。明日もやっているからよろしくね」とニッケが男性プレイヤーに妖艶な笑みを飛ばして送り出した。
「場所を変えましょう。見習い聖女について知っていることを教えてあげる」
「いいんですか?」
「いい話を聞かせてくれたサービスよ。私、こう見えて情報クラン『春風のたより』のサブマスターなの。色々知ってるわよ〜」
お茶目なウインクをして、ニッケはアイテムボックスに商品を入れて瞬時に店じまいをし、近くにあるお洒落なカフェに移動した。
半個室になっている部屋で紅茶とケーキセットを注文し、商品が来ると、ニッケが話し始めた。
「先に動画配信のことだけど、チャンネル名は変えちゃもったいないよ。このまま伝説を残しちゃえばいいのよ」
ニッケは愛美がただならぬタレント性を秘めているなと思い、全力で後押しする。
「そうですかね。うん、そう言ってもらえるなら」
「あと、見習い聖女についてね」
ニッケはダージリンティーを一口飲み、説明をしてくれた。
海外サーバーも合わせて見習い聖女は何人か出現しているが、HPの低さと紙装甲のせいで、前線で攻略を進めているプレイヤーは一人もいないらしい。
フランスのサーバーに聖女親衛隊というクランがあって、つい最近まで姫プレイで見習い聖女のレベルを上げていたそうなのだが、転職方法がわからず、見習い聖女はデータを削除して、キャラクターリメイクしてしまったそうだ。
「彼女の最終的なレベルは20で、体力は17までしか上がらなかったみたいね」
「え? 17もあったんですか?」
愛美は驚いた。
「……ちなみにアイミちゃんの体力っていくつ? あ、情報量は払うから安心して」
「1です」
「1……。レベルは?」
「4ですね。あ、ステータス見ますか?」
閲覧許可を出して、ステータスをニッケに向ける。
――――――――――
名前:アイミ
職業:見習い聖女 Lv4
HP:5/5
MP:430/430
腕力:1
体力:1
敏捷:1
器用:5
魔力:115
精神:50
スキル:【治癒(ヒール)】【祈り】【レスト】
【小さな祝福Ⅲ】
ユニークスキル:【自動治癒(オートヒール)】
称号:【無手の博愛者】
装備:初心の杖、初心のローブ
所持金:0 G
――――――――――
ニッケはステータスを見て目を見開き、持ち上げようとしたカップを落としそうになった。
「レベル4で魔力115?! MP430?! バグじゃないの……?!」
「すみません……所持金が0Gで」
愛美は無一文が恥ずかしくて顔を伏せた。
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