夜空に響くのは願いの音
藍葉詩依
空に響くのは願いの音
十二月二十四日。澄んだ空気の中で、軽快な音楽に合わせてキラキラと輝くのは、色とりどりのイルミネーション。
公園一帯を埋め尽くすように作られたイルミネーション会場は、今年も多くの人達がクリスマスソングを耳にしながら、雪で転ばないように足を進め、穏やかに、楽しげに笑い、綺麗だねと語り合う。
そんな光景は毎年見ていてもやっぱり好きで。
フラフラと人波の中を流れに逆らわないよう歩いていると、微かな泣き声が聞こえた。
少しずつ端の方に寄って、邪魔にならないところで立ち止まる。
顔だけ動かして周りを見れば、泣いている子はすぐに見つけることが出来た。
私以外にも泣いている少女が気になった人はいるようで、ちらちらと目を向けているけど話しかける人はいない。
私は一度トートバッグに視線を向けて、つぶらな瞳を見てから、少女の元へと向かった。
「こんばんは、どうしたの?」
トートバッグに入っていたぬいぐるみを取り出して、パペット人形のように手を動かすと女の子はキョトンとした顔で瞬きをした。
「……トナカイさん……?」
「そうだよー、トナーっていうの。可愛いでしょう?私のお友達なの」
「……うん、かわいい」
女の子が触りやすいようにトナカイのぬいぐるみを近づけると女の子は恐る恐るとトナカイを撫でて、たどたどしくなりながらもお友達とお友達のお母さん、自分のお母さんとはぐれたということを教えてくれた。
つまりは迷子だ。
「じゃあ一緒にお母さん探しに行こっか」
「おねえちゃんもさがしてくれるの?」
「うん。私はのえる。お名前は?」
「せいらだよ」
「せいらちゃんね。じゃあ行こうか」
トナカイのぬいぐるを渡すとせいらちゃんは片手でぎゅっと抱きしめた。ぐえっという声が聞こえたような気がするけどきっと気のせいだろうということにして、手を差し出すとせいらちゃんは笑顔で手を繋いでくれた。
素直なせいらちゃんをみて誘拐に発端するようなことにならなくて良かったと胸を撫で下ろす。
「お母さんとはどこではぐれたの?」
「うんと、緑と青のおっきいキラキラしてるところ」
せいらちゃんはきょろきょろと顔を動かしながら教えてくれたけど、青と緑のイルミネーションなんてたくさんあって、ヒントにはならない。
ひとまず迷子センターにでも連れていこうと考えて、ゆっくりと歩く。
せいらちゃんは私の方から聞かなくても様々なことを教えてくれた。
来年からは一年生になること、今日一緒に来た友達とは家が隣同士なこと。楽しそうに話す声に、こちらまで笑顔になっているとせいらちゃんは急に顔を歪めた。今にも泣き出してしまいそうな表情に慌ててどうしたの?と声をかける。
「せいら、サンタさん来ないかも……」
「どうして?」
「ママにはなれないでって言われたのにはなれちゃった」
「大丈夫。そんな小さなことでサンタさんが来なくなることは無いよ」
「でも、でもね。よーくんはいい子なのにね。サンタさん一回しかきてないの」
よーくんとはせいらちゃんの隣に住んでいるという男の子のことだ。
「よーくんはね、サンタさんはねおいそがしーなんだって。でもね、せいらのところには来るの。よーくんのところにもサンタさんきてほしいの」
たどたどしくも必死に紡ぐ言葉はとても優しい願いだ。
「大丈夫。よーくんにサンタさんは来てるよ」
そういえばせいらちゃんはこてんと首を傾げて、ふるふると首を振る。
「きてないよ。プレゼント、なにもなかったもん」
「プレゼントはね、目に見えるものだけじゃないんだよ」
私の言葉を理解できなかったせいらちゃんはまたまた首を傾げたけど、答えを言うつもりはなかった。
歩き続けていると公園のシンボルにもなっているタワーへとたどり着いた。
タワーにいた迷子センターのお姉さんにもせいらちゃんは元気よく自己紹介をして、しばらくお姉さんが様子を見てくれることになったけど、せいらちゃんはトナーを気に入ってしまったらしく離そうとしない。
今日でなければしばらく預けていても良かったのだけど、さすがに今日は困ってしまう。
「せいらちゃん。とっておきのマジックを見せてあげるから、そしたらトナーを返してくれる?」
「マジック?」
「うん、とっておきの魔法」
せいらちゃんは魔法という言葉に瞳をキラキラさせたけど、すぐにハッとしてどんな魔法?と聞いてきた。
「じゃあ、今から雪を降らすっていうのはどう?」
「ゆき?」
「そう。今は晴れてるけど、雪を降らしてあげる」
私の言葉に迷子センターの人が胡散臭げな視線を向けてきてることに気づいて苦笑する。
別に、誤魔化そうとしてる訳では無いのだ。
「せいらちゃんは十数えること出来る?」
「できるよ!」
「じゃあ一緒に一から十まで数えよう?」
「わかった!」
「じゃあせーの!いーち!」
「「にー!」」
私の声にせいらちゃんの可愛らしい声が重なったかと思えば三のカウントからは迷子センターのお姉さんの声も重なる。
四、五、六とカウントを続けていると周りの人の視線が私たち三人に集まる。
少しだけ失敗したかもしれないなぁと思いながら、こうなってしまえば引き返すということは出来ない。
七からは更に人の声が重なって、ちょっとしたイベントみたいだ。八、九。
『じゅう!!』
その場にいる人を巻き込んだカウントに合わせて、小さく私だけが知る言葉をつぶやく。
何も起きないことに周りの人が顔を見合せたその時。一人、また一人と冷たいものに襲われる。
「え!?」
「嘘!」
周りが少しだけ驚く中せいらちゃんは空を見上げて雪、と呟いた。その言葉を合図に雪はさらに数を増やす。
「おねーちゃん凄い……!」
「ふふっありがとう。トナーを返してくれる?」
私の言葉にハッとしたせいらちゃんは返したくないといいたげにトナーを強く抱き締めたけど、やがてゆっくりとトナーを私に渡してくれた。
「ありがとう」
「うん……」
誰が見てもわかるほど肩を下げたせいらちゃんになんて声をかければいいのか迷ったけど、その迷いはすぐに晴れた。
「いい子なせいらちゃんの事をお母さんが迎えに来てくれたみたいだよ?」
「え!?」
せいらちゃんが振り向くと、走ってきていた女性はせいらちゃんの名前を呼んだ。
その声にせいらちゃんは泣き出し、お母さんの胸に飛び込む。
ただの迷子なのだけど、ちょっとした感動シーンのように見えるのが不思議だ。
バイバーイと元気よく手を振りながら帰っていく姿を迷子センターのお姉さんと一緒に見送って、出しっぱなしになっていたトナカイのぬいぐるみをトートバッグに入れようとすると、許さないからねという声が聞こえて思わず苦笑する。
時計を確認するとホワイトイルミネーションが終わるのはあと一時間。まだ時間はあるけどそろそろ行動してもいいだろうと考えて、迷子センターのお姉さんから離れ、ひっそりとタワーの関係者入口へと入り込む。
周囲を見渡して誰もいないことを確認しているとトートバッグが激しく揺れて、気がつけばトナーはトートバッグから抜け出していた。
「もうっ僕に子供のご機嫌取りをさせないでよ」
「トナーも子供好きでしょう?」
「子供は好きだけどぬいぐるみのふりをするのは苦痛なの」
「だって放って置けなかったんだもん」
「それはそうだろうけどさ」
トナーと私は話をしながらタワーの一番上へと足を進める。この階段を上るのは一年ぶりだけど、毎年の事だ。
「……せいらちゃんが気づく日は来るかな」
「サンタは誰かの思いやりでできてるってこと?」
「うん」
「どうだろうね」
そんなやり取りをしながら階段を登り続けているとホワイトイルミネーションは終了となりますというアナウンスが耳に入った。
「ところであんなに大勢の前で雪降らせてよかったの?」
「まぁ、なんとかなるんじゃないかな?」
「のえる、何も考えてないでしょ」
「えへへー。まぁ、雪はどうせ降らすんだもん、大丈夫だよ」
ホワイトクリスマスだといって、クリスマスに雪が振ることを喜ぶ人は多くいるけど、雪が降ることに意味があることを知っている人はあまりいない。
雪は、雪の結晶は再生と浄化。
世界が毎日イルミネーションのように光り輝いて、綺麗であればいいけど、残念なことにそんなことは無いから、暗く淀んだ部分を浄化できるように雪を降らせる。
それでも、残ってしまう部分はやっぱりあって。
だからこそ、願わずにはいられない。
どうか、多くの人が笑顔で過ごせますように、と。
タワーの一番上まで登って下を眺めると皆を楽しませていたホワイトイルミネーションが終わったことによって、多くの人が帰宅へと足を進めている。
皆が帰宅をしてシンデレラの魔法が解ける時。
公園の中央に飾られたいちばん大きなツリーが5秒間だけ、誰の手も借りずに輝き出す。
その光と共に蘇るのは私とトナーの本来の力。
といっても私は服が変わるだけだ。
大きく変わるのはトナー。
ぬいぐるみサイズからソリを引けるほど大きくなったトナーは一度蹄を鳴らして、空を仰ぎ見ると口を開く。
「準備はいい?のえる」
「もちろん。行こう!」
赤色のスカートとケープはこの日だけの特別な服。この服を着て、私とトナーは鈴を鳴らしながら雪夜の空をかける。
十二月二十五日。この世界に住む全ての人が、少しでも笑顔で過ごせるように。平和を願って。
夜空に響くのは願いの音 藍葉詩依 @aihashii
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