第8話 結ばれそうで結ばれない2人

 新吉は今日も貯水タンクの上を陣取り、説得を続けていた。

 すると屋上と最上階を繋ぐハッチが開き、嘉平と八重子が姿を見せた。


 彼らは新吉が事故ったとき、助けてくれた恩人である。


「その過程で芽生えたロマンスを見せびらかしに来たんだ」と嘉平は八重子と繋いだ手を高く上げて見せつけて満足げに帰っていった。

あの2人は最近辛いことがあるたびに、こうして新吉を生贄に元気を得るのが習慣となっていた。


 新吉は1人、立ち尽くした。

 木枯らしが一向に寒くないのは内側で妬みの炎が空焚きの鍋のように身を焦がすからか。


「青空が見たい」と青空の下でぼやいた。


 独り言をぼやくようになったら人間もうオシマイである。


 だがこれは例外だ。まるで誰かに操られているよう。


 見ると与七が貯水槽の上から顔をだし、ちょうど空を見上げたとこ。頭の皿がない。新吉に皿を乗せて操っているのだ。口が勝手に動いて、与七の主張が代弁される。


「俺ハ新吉ガ好キデ、新吉はアノ女ガ好キダ。ツマリ‥」

 つまり、八重子に皿を乗せて与七が操り、外見は八重子、中身は与七の存在となれば新吉も与七もハッピーじゃん、というわけだ。


「ドウセアノ女デ好ミナノハ外見ダケダロ」


「でもそれならおれがお前を好きになれたほうがみんなハッピーだぜ」


 以上の会話を、頭の皿をつけたり外したり、新吉は一人二役でこなした。


 新吉は親が留守中の自室に与七を招き入れ、愛を結ぼうと試みたが、思春期の力をもってしても失敗が続いた。だって河童だもん。


 窓から青白く冷たい光線がさしこみ、電気ストーブの赤い灯が空しく灯る6畳の室内。空虚な試みを繰り返す日々に疲れた新吉と与七は布団に並んで寝ていた。

何か聞こえる。すぐ隣の与七が声を殺してすすり泣いているのだ。

このとき初めて新吉は、愛の営みが失敗するたびに与七を傷つけていたことに思い至った。

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