第6話 11月、忘れられない昼下がり

 幸いなことに新吉は軽傷で済み、登戸のスケベ椅子職人のおかげで正気に戻った。

「チクショー、なんでこっちに戻っちまったんだ。さっきまでいた自由な世界に戻らせてくれよ」

 我に返った新吉の最初の一声である。


「ワシみたいなジーサンになってボケたらまた戻れるかもしれんから長生きしなはれ」とスケベ椅子職人は慰めた。

 彼は別れ際に、新吉の背中に護符みたいなのを貼った。


 新吉はお礼を言って、老人と別れた。


 橋のたもとの彼のすみかから出ると、空一面に日光を遮るゆで卵の薄膜じみた雲が広がっていて、建物や木々、車や行き交う人々に陰鬱な影を落としていた。


 新吉は吹きつける氷の北風に身を震わせながら、枯れ芝と土の川沿いを歩いた。


 川を埋めつくす大量のスケベ椅子が後ろから流れてきた。ぜんぶ氷でできていて、ぶつかり合うたびに、小さく優雅な、カ行前半の音を鳴らして、互いにじゃれあいながらゆっくり新吉を追い抜かしていった。


「ただいま与七! ギャー」

 いま、新吉はマンション屋上に与七を尋ねようとベランダから壁をよじ上り、どうやら貯水槽の外に出ているらしい与七を驚かそうとワッと顔を覗かせたところだった。


 新吉が目にしたのは、新吉の影武者代わりの垢人形にまたがり、愛欲を満たしている与七の姿だった。

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