第4話 正気もときには足枷に
「あれってもしかしてアマビエじゃない?」
母は息子に継いだ自慢の怪力で貯水槽のフタをひょいとつまみあげ、与七を認めるとさして驚きもせず呟いた。
「そうだよ。このコロナ禍を救ってくれる救世主だよ」
新吉は母に合わせた。
そう、この物語の舞台は2020年、コロナ禍真っ只中のことなのだ。
そういうわけで母は、与七の飼育という秘密を暗黙と誤解とともに息子に承認し、おかげで新吉は胸をなでおろした。
時は流れて2023年。
高校生になった新吉は、ご多分に漏れずティーンの悩みに心を蝕まれていた。
今日も貯水槽のフタを開け、与七に助けを求める。
「八重子ちゃん、知らねえうちに彼氏つくってやんの! 信頼できる筋によると、その糞虫は、今日の放課後に八重子ちゃんの操を奪おうと半月前から虎視眈々とプランを練ってたんだってよ。つまり今この瞬間にも操ちゃんの八重子が奪われてるかもしれねえんだ! 正気が憎いぜ。そこで思い出したんだ。確かお前、メスだったよな。同じ穴ならお前にも・・・」
新吉に最後まで言わせず、与七が珍しいことに貯水タンクを上り、にょっきり顔を出した。風を浴びるのはどれくらいぶりなんだろう。
反撃を恐れて後ずさる新吉をよそに、与七は秋の澄んだ空の下、輪郭のクッキリ映えた街並みを一望するや、頭の皿を外してどこぞへとブン投げた。
「おい、一体なにしようってんだい?」
という間に皿が戻ってきた。与七は新吉に安心を促すように肩を二度、ポンポンと叩いて、無言で貯水槽の中へと戻っていった。
一体なにをしたんだろう?
新吉の疑問は翌日、学校の教室で晴れた。
「オイ、新吉。聞いたかよ。なんだ、まだ聞いてねえって面だな。教えてやんよ。八重子ちゃんの彼氏の糞虫(苗字)、昨日の放課後に計画どおりにホテルに八重子ちゃんを連れ込んだんよ。ところがいざファックかまそうとしたら、どこからか針のいっぱいついた回転皿が飛んできて彼氏のポコチンを再起不能なまでに串刺しにして消えてったんだってよ。よかったな、八重子ちゃんの操はまだ守られてんぞ・・・オイ、新吉、どうした」クラスメイトの嘉平が新吉の肩を揺さぶった。
新吉は八重子の貞操が破られたであろう想像上のショックのあまり、今朝の起床時からずっと我を失っていたのだ。
涎を垂らし、白目をむいて痙攣している。どうやって通学してきたんだコイツ。
「新吉、せめて週末の先進国限定ブーメラン大会日本予選までには正気に戻れよ。お前が頼りなんだから」
そう言いながら今週末にも日本は世界的に先進国認定を解かれるかもしれない、との不安がよぎる。嘉平は芋ヅル式に不安を生み出す達人なのだ。
一方、新吉は錯乱のあまり、教室の後ろを軽やかに飛んでいくティッシュの切れ端を八重子の処女膜と勘違いして追いかけ始めた。
「アチャー、どうすれば正気に戻るかな」見送る嘉平の視線の先には、廊下を蛇のように身をくねらせ、ティッシュの切れ端を追う新吉の姿。
「あの症状を治せるのはただ一人。天竺徳兵衛が持ち帰った秘術を受け継ぐ者だけだね」
振り返ると八重子ではないか。塩せんべいの袋を片手にむしゃむしゃやっている。一枚食べるごとに大げさに指をしゃぶる様は嘉平にコイツ誘ってんの? との誤解を生じさせたが、義理堅い嘉平はぐっと我慢する。
「あれ」と嘉平は窓の外を指した。指先の延長には、校門をヒルのように這い上る新吉の姿。「あんたへの純愛の成れの果てなんだぜ。だからといってあんたを責める気はないが」
「秘術を受け継いだ人物というのはアクセル・ローズなんだけど会うのは難儀よね。実はもう一人、秘術を受け継いだ人がいて
その名は登戸のスケベ椅子職人・ヘシメンテ=プカイツカイ」
「よし、その人に会いに行こう!」嘉平は八重子の腕をとったがスケベとビンタされた。
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